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ケルベロス


山梨県 国防省バイオエレクトロニクス研究所 会議室

 30畳ほどの会議室の中央にはふたり用のテーブルが3つやや弧を描くように配置され、中央のテーブルに国防省バイオエレクトロニクス研究所所長 野嶋高雄、右のテーブルに州立マルスタット大学動物行動解析学教室準教授 大久保(いつき)、そして左のテーブルには速水香織と上田李依が席に着いていた。

 テーブルの先には2つの大きなモニターがおかれ、ひとつには統合軍参謀本部本部長 大川平蔵が、もう一つには国防省統合軍大佐 篠原大輔が映っている。当然、大川と篠原のいる参謀本部の会議室には研究所の4人の映像が流れていた。

 「では、まず、大久保君から先日の訓練所に出現したケルベロスについて報告してもらいます」

 所長の野嶋はそう言うと、大久保に目で合図を送った。

 大久保が自分のタブレット端末をタッチすると各自の端末に資料が表示され、それに合わせて話を始めた。

 「先日のケルベロスに関しては出現場所が軍の訓練所ということで、設置カメラによって多くの記録が残っておりました。それをもとに行動学的な見地から解析を行ったところ、5%の機動性の増加が見られました」

 「え?!」

 新聞記事を思い出して、上田は思わず声を出してしまった。

 すぐに脚に痛みが走った。速水が蹴飛ばしたのだった。

 「しかし、記録に残っているパイロットの会話および戦闘の様子から、パイロットはケルベロスの機動性がそれ以上に増している印象を受けたようです」

 「あ、ここで少々追加させていただきます」

 篠原大輔だった。

 「今回の戦闘を行った5名のパイロットは先の九州戦で実戦を経験しており、ケルベロスとの戦闘回数も多く、その受けた印象はかなり現実的なものだと思われます。失礼しました、続けてください」

 モニターの篠原が頭を下げると、大久保が続けた。

 「では、実際には機動性があがっていないのに、何故あがったと感じたのか。これはケルベロスとNCBMの双方の動きに関係があるということです」

 各自の端末にはケルベロスに向かってライフルを撃つNCBMの映像がスローで繰り返し流れていた。

 「この映像を見ると、ケルベロスが速い動きで避けているように見えますが、実際には射撃よりもわずかに先に動き出しています」

 「動きを読んでいるようにも見える」

 端末を凝視していた野嶋が視線を外し腕を組んだ。

 「そうです。NCBMの行動を先読みしている可能性が高い。まるですべての動きがわかっているかのように・・・。NCBMの動きの多くはプログラムされたAIのアシストを受けていますので、荷重の移動のようなちょっとした最初の動きから次に続く全体の行動パターンを読むことは不可能ではありません」

 「機動性があがっていないのに動きが速く感じるのは、まさしくその可能性が高いと言うことか」

 そう言った篠原の表情が曇った。

 「過去のデータを見ると、時々このような機動性の高い個体が見られます。魔のクリスマスと言われたオーストラリアの戦いでも、戦闘途中からケルベロスの動きが速くなっているとの報告があったと言われています。おそらくこれも、動きの速さではなく先読みの可能性があります」

 上田は今までこういった会議が苦手で、いつも眠くなりその眠気をごまかすのが大変だった。しかし、今回の会議では全く眠気がやって来ず、集中して大久保の話を聞いていた。

 「他の個体と異なるこの能力が、遺伝子のバリアント(多様性)のようなものなのか、それとも学習によるものなのか。今のところは全くわかりません。しかし、多くは戦闘中にその能力が覚醒していることから、何か個体間で伝達しているのではないかと。つまり、もしも一つの個体の経験を瞬時に別の個体に伝える方法を持っていたとしたら、これはとてつもない脅威になる可能性があります。たとえば...」

 大久保は少し考え込んで、考えの一つとして聞いてくださいと付け加えたのち話を続けた。

 「ケルベロスが何かしらの言語を持っていたとしても、すべての行動パターンを短時間で正確に伝えることは出来ないでしょう。最も確実な方法は、経験をデータのように一瞬に転送する方法です。奴らが消えて無くなるのは、エネルギー保存則から考えても納得できません。ではそれはどこに行ったのか?戦闘の経験に限らず、奴らが持っていたもの全てが消えるのではなく移動させていると考えると納得できるのではないでしょうか。」

 大久保は少し笑いながらさらに続けた。

 「そこまで確証がある訳ではありませんので、冗談半分で聞いていただいてかまいません」

 それでも大久保は自分の考えを十分に伝えたことに安堵した。

 「あながち冗談としては考えにくいな」

 本部長の大川は独り言のように言うと、椅子の背に体を沈めた。

 「量産型のNCBMでは、今後対応は難しいのか?」

 「新型のAIチップとプログラムの改良によって、40%ほど処理能力は上がると思われますが、先読みされないように行動のきっかけとなる動作をランダムにプログラムするということは不可能です」

 篠原の質問が自分に向けたものだとわかった速水はすぐに反応した。さらに大川が続ける。

 「それはいいだろう。量産型はあくまでも通常のケルベロスの相手が出来ればいい」

 その時、大川、篠原側でアラートがなっているのがモニターを通して伝わってきた。ふたりの端末にはその情報が割り込んできたようで、しばらく見つめていた。

 そして、篠原が大川を見て大川がうなずくと、視線をカメラに向けた。

 「大久保、広島の山中に複数で行動するケルベロスが確認された。行くか?」

 未だケルベロスの生態は十分研究されていない。そのため民間に危害が加わるような緊急時以外は生態のデータを取ることが優先されていた。ケルベロスの生態研究の責任者の大久保は、このような機会があれば何よりも優先させてあちこち飛び回っていた。

 大久保が野嶋を見ると、大きくうなずいた。

 「複数で行動なんて珍しいな。当然行かせてもらう」

 大久保はテーブルに広げてあった資料などをまとめ始めた。

 「VTOLを向かわせる。屋上で待機していてくれ。緊急時以外は大久保が到着するまで手を出すなと伝えておく」

 「すまない」

 大久保はモニターに映る篠原に向かって言ったあと、同席の3人にお辞儀をすると急いで会議室を出て行った。

 「で、先ほどの続きだが」

 大川は眼鏡に指を当て位置を直すと、椅子から背を起こした。

 「量産型のNCBM...、実際にはBMの改良型になるが、これはあくまでも量産型NCBMということにしておいてほしい。操縦者の汎用性を考えると、あくまでもAIでアシストすることが前提となるので仕方のないことだが、まぁ、建前上ということだ」

 そう言いながら大川は少し笑ったが、上田はモニター越しに目が合ったような気がしてとっさにうつむいた。その時、となりの速水が笑ったような気がした。

 「量産型はこのまま製造ラインにのり、完成後直ちに部隊編成を行う予定だ」

 そこまで言って大川は篠原を見た。篠原はうなずくと端末に少し視線を移し話を始めた。

 「量産型NCBM部隊の指揮は、わたしの部下である笹村信幸少佐に行ってもらいます。細かな編成に関しては一任していますが、後日リストがあがってくるはずです。実際に運用が始まった後、問題がなければ、量産型の製造データは製造が可能な各国に提供予定です。製造が軌道に乗れば十分な戦力になるはずです。まぁ、ケルベロスの能力が今のままという前提ですが」

 「通常のケルベロスに対して通常の戦闘を行うことが出来れば、政府も満足するはずだ」

 大川が話をつなげた。

 「これでやっと集中出来ます。」

 野嶋は一瞬ほっとした表情を見せたが、すぐに引き締め話を続けた。

 「しかし、偶然とは言え、今回の件で大きく前進出来ました。ひとりめはこのまま行けそうです」

 「そうだな。ふたりめのめどは?」

 大川はテーブルにやや上半身を乗り出し両肘を乗せると顔の前で指を組んだ。

 「それは上田から」

 すかさず速水が応えると、上田を見た。上田は少し慌てた様子で自分のタブレットに触れると深呼吸をして話し始めた。

 「セカンドパイロット候補のデータです。2名います。ひとりめは、氏名市ノ瀬育海(はぐみ)、16歳、女性、学生、適正スコア5、まだシミュレーターの段階ですが、接続率80%、操作率80%となっています。ふたりめは、氏名水瀬(みなせ)(けい)15歳、女性、学生、適正スコア5、同じくシミュレーターですが、接続率80%、操作率75%です」

 上田はそこまで言って頭を下げた。

 「ファーストパイロットの初期状態は、接続率が100%、操作率が1%でしたが、その後徐々に操作率が上昇してきました。これは、歩けなかった赤子が歩けるようになる発達の過程と同様だと考えられます。しかし、セカンドパイロット候補のケースは初期の段階からこの結果で、まだ不明な点が多い状態です」

 上田の後、速水が付け加えた。

 大川はしばらく考えたのち。

 「上田君はこの結果をどう考えるかね?」

 報告が終わってほっとしている上田に質問を投げた。

 上田は急な展開に焦りながら速水を見ると、速水は軽くうなずきながら小さな声で『思っていることをいいなさい』と言った。

 上田は少し下を向いた後、顔を上げた。

 「あ、あの、接続率も操作率もそこが上限との考えもありますが、あたしはマシンとの相性ではないかと」

 上田は素直に思っていることを言ったのだが、それに対してきっと笑われるだろうと思った。しかし、笑われるどころか誰も声を発せず静まり返ってしまった。

 顔を下げたまま上田はちらりと横の速水を見た。速水は澄ました顔をしている。

 「もう少し小難しいことを言うかと思ったが、相性か...、面白い考え方だ」

 そう言う大川の表情は真剣だった。

 「野嶋君はどう思う?」

 大川が先に野嶋の意見を聞いていたら、上田は自分の考えを述べることはしなかっただろう。

 「上田君にしろ速水君にしろ、我々が思いつかないようなことを言ってくれますが、まぁ、これが案外的を得ていることもままあります。相性を科学的な表現として使うにはあまりに抽象的すぎますが、NCBMのシステムの成り立ちを考えるとあながち馬鹿には出来ないのではないかと思います」

 「ということは、相性が悪ければ最終段階で振り出しに戻る、こともあるか」

 大川は椅子の背にもたれかかると腕を組み、天井を見上げた。

 しばらくの沈黙のあと、口を開いたのは速水だった。

 「でも、わかり合うことも可能なはずです」

 速水のどこか自信ありげな言葉を聞いた大川は、見上げる天井の先に光が見えたような気がした。

 『彼女たちのような柔軟な発想が、未来を開くきっかけを創るのかもしれない』




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