新聞記事
2085年7月 山梨県 国防省バイオエレクトロニクス研究所 速水香織のオフィス
「従来の2倍以上の機動性を持つケルベロスが滋賀の山中に出現した。国防省は新型の量産型NCBMを出動させ、周囲に被害が及ぶ前にこれを撃破した」
上田李依は速水香織のオフィスのソファーに座り、新聞の記事を読み上げた。上田の向かいには速水が時折時計を気にしながら朝のコーヒーを飲んでいる。
「ん~、なんか、気に入らないな。この記事」
「どーして?事実でしょ」
「そーですけど、あまりにあっさりし過ぎというか、ソースはどこなんだろ」
「ソースは国防省のはずだよ。昨日だったか、篠原さんから所長に確認の連絡があったみたいだから」
「確認の連絡?」
「量産型NCBMが倒したってことになってるから、そこが重要」
「6機も潰して?」
「でも、いい記事よね。政府も国防省も国民に対していい顔が出来るでしょ。それに、所長は『これでまた予算が取れる』って言ってたよ」
「そんな、パイロットが死んでるのに」
「あ、そのことに梅原君は?」
「大丈夫ですか?って聞いてきたので、NCBMのコクピットは頑丈だからって...。それ以上は聞いて来なかったですけど」
「ケルベロスはともかく、人の死は、ねぇ...」
「.....」
上田は亡くなったパイロットの顔を思い浮かべた。特別親しくしていたわけではなかったが、それでもほぼ毎日のように訓練所で顔を合わせていた人が突然いなくなるのは、それなりにショッキングなことだった。
上田はこの研究所に来て研究が楽しかった。しかし、自分が関わっているものが兵器である以上、これからも同様なことが起こるのだろうかと考えたら悲しくなった。
「あ、そろそろ時間。行こうか」
速水の言葉に、上田は気持ちを切り替えなきゃと深呼吸をした。
「そうだ。セカンドパイロットの報告はどうします?」
「まだ十分なデータがないから、聞かれたらでいいと思うけど、念のため資料は持っていって」
「はい」
上田は自分の端末に資料がコピーされていることを確認するとソファーから立ち上がった。