アシスト
2085年7月 滋賀県山間部 統合軍NCBM訓練施設食堂
昼食の時間を過ぎた食堂は閑散としていて、100席ほどあるテーブルで食事をしているのはほんの数名だった。
カウンターでとんかつ定食の載ったトレーを受け取った古川徹は、どこに座ろうかと食堂を見回すと、ひとりで食事をしている上田李依に気付いた。少し考えた古川は、意を決したように上田のテーブルに向かった。
「ご一緒してよろしいですか?」
古川の声に驚いて顔を上げた上田だったが、すぐににこっと微笑むと、『どうぞ』と応えた。
「今日はおひとりなんですか?」
上田が不思議そうに言った。
いつもは選抜隊5人で行動しているので、そのメンバーがひとりでいるということが珍しかった。
「ああ、先日の件での報告書に手間取ってしまって、自分だけ遅れた昼食です」
「あたしは始末書でした」
上田はがっくりしたポーズをとると、サラダの最後のプチトマトをフォークで刺し口に運んだ。
「でも、あれは仕方ないでしょう。ドローンのシステムエラーな訳だし」
「まぁ、一応、誰かが責任をとらないといけませんから」
上田は、あははと笑ってみせた。
「そう言えば、NCBMのちぎれた腕と足がもう元に戻っていましたが、すごいですね」
「正常なところで切断してパーツごと移植しますから、割と簡単ですね。還流液さえ接続すればあとは勝手につながってくれます。でも、パーツの培養には時間がかかるので、あまり壊さないでくださいね」
上田はそう言いながら笑っているが、古川にとっては勝手につながっていくということが、何か得体の知れないもののようで気味が悪かった。
「あの高校生、大丈夫ですか?」
古川は、本題に入った。
「梅原君は今日退院して、今自室にいます。どこにも異常はなかったようです。結構けろっとしてますよ。まぁ、ゲームの感覚なのかなぁ」
「それにしてもよく耐えましたね」
「その点は評価してあげてくださいね」
「でも、アシストが途中で切れなくてよかったですね」
古川は話の調子を変えずに続けた。
「アシストはサブのシステムと互いにバックアップしてるので、万が一機体が動かなくなっても絶対に切れないですよ」
「では、今回の件では、最初から切ってあったと」
トレーのコーヒーに手を伸ばそうとした上田の動きが止まった。しかし、すぐにカップをとるとゆっくりと一口飲んだ。
「ご覧になったのですね」
上田はカップをトレーに戻すと古川の顔を見た。
「ずっとアシストなしで乗っていたのですか?」
上田は慌てることもなく、少し考えている様子だった。古川はそんな上田を見ながら、どんな答えが返ってくるか待つことにした。
少しして、上田はいつもの笑顔を見せると、はっきりとした口調で話し始めた。
「古川中尉、申し訳ありませんが、あたしにはその件に関してお話をする権限がありません。ごめんなさい」
上田がしばらく考え込んだのは、先のことを思うともう話してもいいのではないかと思ったからだった。しかし、事実を話すにしてもそれは自分の口からではない方がいい、上田はそう結論づけた。
古川はそんな上田の返事を聞いて、『正直な子だ』と思った。何かごまかすような言葉を言ったらさらに突っ込んでやろうと考えていたが、これ以上聞くのはよそうと思った。
「食事、冷えちゃいますよ」
上田は本当に心配して古川に言った。古川はまだ一口も手をつけていなかった。
「ほんとだ、あはは」
古川はそう言って笑った。
「梅原君は両親がいないようなものなので、少し気にかけていただけるとうれしいです。ちょっと引きこもり気味ですけど、いい子ですよ」
この上田の言葉に、古川はそれ以外の意味はないと思った。
「さて、あたしはこれから研究所に戻らないといけないので、失礼します。今日、新しい子が来るんですよ。近々紹介しますね」
上田は笑いながら立ち上がると、食べ終わったトレーを持って返却カウンターへと向かった。
「気をつけて」
古川はしばらく上田の後ろ姿を目で追っていたが、急に空腹を感じたので、目の前の冷えたカツの一切れを口にほおばった。しかし、何かとてつもない計画が動き出しているのではないかと思うと、そのまま食事に集中することは出来なかった。