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ダミードローン


2085年7月 滋賀県山間部 統合軍NCBM訓練施設

 食堂では古川中尉以下統合軍NCBM選抜隊の5人が、一つのテーブルで談笑をしつつ朝食を食べていた。

 少し離れたテーブルには梅原賢太郎がいたが、選抜隊の笑い声を全く気にする様子もなく視線を下げたままサラダを口に運んでいた。

 この状態は、梅原が山梨の研究所からこの施設にやってきてすでに1ヶ月以上経とうとしているのにかわることはなく、両者の関係を物語っていた。

 そのきっかけは、梅原が施設にやってきた初日のことだった。

 「おこちゃまと一緒かぁ」

 梅原は施設の廊下で選抜隊から出たその言葉を聞いた。それは思わず口に出たとか、たまたま聞いてしまったとかのたぐいのものではなく、はっきりとわかるように梅原に向けたものだった。

 梅原は、からかわれていると思ったが、不思議と怒りは出て来なかった。当たり前だ。こんなところに未成年がいるのはおかしい。仕事として働いている大人の世界に自分のようなものがやってくれば、遊びでやっているのかと思われても仕方のないことだと思った。

 それ以来、選抜隊を出来るだけ避けてきた。幸いなことに、選抜隊とはほとんど別行動だったので、会話をする必要もなかった。

 そもそも山梨の研究所でのシミュレーターの件で、梅原はそれ以上先に進むことはないだろうと安心したが、実際は実機に乗るためにこの施設に送り込まれてしまった。シミュレーターが出来ないのにどうして実機に乗せるのだろうと納得がいかなかった。

 それでも毎日NCBMに乗っていると、不思議なものである程度は動かせるようになっていた。しかし、選抜隊との技術差は大きく、やはり自分は実戦を考えたパイロットの養成なんかではなく、あくまでも実験体なんだと梅原は思った。選抜隊はいずれ実戦に出て行く。自分はそこに行くことはない。今を我慢すればいいのだ。

 梅原が最後のリンゴジュースを飲み終えたところで、上田李依が食堂に入ってきた。上田もデータ収集とのことで研究所からこの施設へ出向していた。

 「おはよーございまーす。ちょっと皆さんいいですか」

 元気のよい声に反応して、梅原も選抜隊の5人も一斉に上田を見た。

 「まず、選抜隊の皆さんは、昨日ですべてのタスクが終了しましたので、次の命令まで待機とのことです」

 上田は選抜隊に向かって言い終わると、今度は梅原を見た。

 「梅原君は今日はダミーを使った戦闘訓練です。9時スタートですので、15分前までに搭乗して待機していてください。以上です」

 言い終わるといつものように笑顔を見せる上田に梅原はうなずいた。

 「おじさんたちも見学させてもらうよ、少年」

 選抜隊のひとりがからかうように言うと、すぐに上田が反応した。

 「そこ、少年をいじめないでください」

 

 実機の訓練場は山に囲まれた小さな集落があった場所だった。その周囲の広大な土地が立ち入り禁止区域になっている。

 集落の外れに三階建の管理棟があり、その1室のコントロールルームでは壁一面に取り付けられたたくさんのモニターが集落跡を隅々まで映し出していた。またその管理棟横には大きな格納庫があり、それぞれのパイロットに割り当てられたNCBMが収納されている。

 コントロールルームでは訓練所の数人の専任スタッフがモニターを見ながら訓練に使う大型ダミードローンのセッティングを行っていた。

 「梅原君、準備はいいかな?」

 コントロールパネル中央のオペレーター席に陣取った上田は、パネルに設置されたモニターに向かって言った。

 「はい」

 モニターに映る梅原はヘルメットを着用しておりその表情は見えないが、はっきりとわかる動きでうなずいた。

 コントロールルームの隅にある簡易的な長椅子では、古川隊長を含む選抜隊の5人が映画でも観るような様子で梅原のNCBMが映るモニターを眺めていた。

 「モニターに表示された位置に移動して」

 上田の指示に従って、梅原のNCBMはゆっくりと歩き出した。

 「あれ?」

 システムのチェックをしているスタッフのひとりがモニターを見ながら首を傾げた。

 「どうしました?」

 「ダミーコントロールの読み込み中にエラーがでました。いま、再起動してます」

 その間に梅原のNCBMは指定の位置に到着した。

 「再起動完了。申し訳ありませんでした」

 「データの記録は大丈夫ですか?」

 上田は別のスタッフを見た。

 「はい。正常に記録しています」

 「では、始めます」

 集落跡に警告音が響く。

 「梅原君、正面から大型ドローンが低空で出てきます。所々で模擬弾を発射するので、それを避けてください。迎撃用の武器は所持していないので今回は避けるだけです。いい?」

 「わかりました」

 梅原はうなずいた。

 「レベル1開始!」

 「レベル1開始!」

 スタッフが復唱しキーボードを叩いた。

 「レベル1かぁ」

 選抜隊のひとりが言うと、その周囲で笑いが出た。

 訓練用のドローンの行動パターンはレベル1から10まであり、レベルが上がるごとにドローンの動きや攻撃の速度、頻度が上がるようになっていた。実戦可能レベルが6以上とされていて、選抜隊のパイロットは全員レベル8をクリアしていたので、レベル1と聞いて選抜隊の気が抜けたのも仕方のないことかもしれなかった。

 正面のモニターの一つが管理棟の対面の奥にある格納庫を映しており、その屋根が大きく開くと直径が7メートルほどの大型ダミードローンがゆっくりと浮上してきた。他のモニターは梅原のNCBMをいろいろな角度から映している。

 ダミードローンが急速に梅原のNCBMとの距離を詰めてくる。同時に梅原も動き出した。こういう時は止まっていてはいけない。絶えず移動しながら相手の動きを読むのだ。

 ダミードローンが模擬弾を発射した。レベル1ではかなり弾速が抑えてあるので、梅原は難なく避けることが出来た。もしも目の前を虫がこの速度で飛んでいたら、簡単に手でつかむことが出来るだろう。

 すぐに次の攻撃がやってくる。2連続から3連続の射撃。梅原は少しも動きを止めなかったが、ダミードローンは梅原の動きを予測して打ち込んでくる。

 1発がNCBMの足をかすめ機体が一瞬よろけたが、なんとか体勢を立て直し次の攻撃を避けた。

 「まぁ、立つことも出来なかった時と比べたらお上手になったよね」

 また選抜隊のひとりが笑いながら言うと、他のメンバーもオーバーに相づちを打った。しかし、隊長の古川は、そんな言葉には反応せずモニターを真剣な様子で見ていた。

 『確かにうまくはなったが、しかし、パイロットとして使うには無謀すぎる。どうしてここまでこの高校生にこだわるのか?どんな目的があるというのだ』

 「あれ?ダミードローンのレベルあげました?」

 スタッフが上田に確認をとった。

 「レベル1で固定のはずですよね」

 上田はそう言いながらダミードローンの状態を示すモニターを見た。

 すると上田の表情が急にこわばった。

 「レベル5? いや、7.8、10まであがってる。だめ、強制終了して!」

 スタッフはすぐに反応してキーボードを叩き始めた。

 選抜隊を含めた全員がダミードローンの動きが変わったことに気付いていた。

 ダミードローンの動きはテストを始めた時と比べて格段に速くなり、攻撃回数、弾速もアップしていた。

 モニターに映るNCBMは何度もよろけながら、必死に攻撃を避けていた。

 「なに?こんなイベント的な仕様?」

 選抜隊から戸惑いの声がでる。

 「だめです。強制終了受け付けません」

 上田もキーボードを叩き、強制終了のプログラムを打ち込むが、何度やってもダミードローンは受け付けなかった。

 ヘッドセットから聞こえる梅原の呼吸が激しくなっていく。

 「弾倉あとどれだけ残っています?」

 「5発です」

 模擬弾なので、当たっても大きな爆発はしない。しかし、大型のダミードローンから発射される模擬弾は質量が大きい。さらに弾速が上がっているので、装甲の弱いところに当たればかなりのダメージを負う可能性があった。

 「梅原君、トラブル発生。ダミードローンの制御が出来ないの。あと、5発避けて!」

 上田はあえてダミードローンの攻撃力が上がっていることは梅原に伝えなかった。

 「ダミーを落とせばいいんだな」

 やり取りを聞いていた古川は、そう言い立ち上がるとすぐにコントロールルームを出た。残りの選抜隊もあとに続く。

 上田は梅原の機体にライフルを装備させなかったことを後悔しながら制御系のモニターを見た。

 「接続率100%、操作率60%...。ここが限界...」

 「古川中尉の機体出ます」

 梅原は機体にかすりながらも2発避けていた。しかしレベル10のダミードローンのAIは確実に梅原の動きを学習し、先手をうって攻撃してくる。

 ヘッドセットから梅原の苦痛に喘ぐ声が聞こえる。

 「うわ!」 

 梅原が叫んだ。

 ダミードローンの放った模擬弾が左腕の肘関節の装甲の隙間を貫きその衝撃でNCBMは地面に叩き付けられた。

 腕は関節部分でちぎれ、一瞬白い還流液が噴き出すが、ロックバルブの作動によりすぐに収まった。

 「なんとかならないの!」

 上田は周囲のスタッフを見るが、その言葉を聞くまでもなくスタッフは必死にキーボードを叩き、あらゆる解除コードを送っていた。

 「だめ、コクピットは撃たないで!」 

 上田の悲痛な声がコントロールルーム内に響く。

 発射された模擬弾は確実にコクピットを狙っていた。

 ドウッ!

 再び還流液が噴き出す。梅原は一瞬バーニアを吹かして、コクピットに当たるはずだった模擬弾を避けていたが、代わりに右足が吹き飛んでいた。

 ダミードローンは距離を詰め、動きのとれないNCBMに覆いかぶさるような姿勢をとった。この距離ではもう避けることは出来ない。

 閃光。

 一瞬、コントロールルームのモニターがホワイトアウトした。それと同時に爆発音が訓練場に響き渡る。

 コクピット内の梅原の様子を映していたモニターは、故障したのかノイズが流れるだけだ。上田は制御モニターに目をやった。データは送られてきている。少なくともコクピットは生きてる。

 「目標ダミードローン撃破完了」

 古川の声がヘッドセットから聞こえた。

 「今から救助に向かう」

 モニターが回復すると、破壊されたダミードローンの破片を浴びて仰向けになったNCBMの姿が映し出された。相変わらずコクピット内の様子はわからなかった。

 上田はヘッドセットを外すと、パネル横のインターフォンの受話器を取った。

 「訓練場で事故発生です。医療班をお願いします」


 現場に到着した古川は、NCBMを使って梅原のNCBMのコクピット周囲にかぶさったダミードローンの破片を丁寧にどけた。

 コクピットを開けるだけのスペースを確保したところで、古川は自身のNCBMに片膝をつかせるとコクピットを出た。

 梅原のコクピットのゲート横にあるパネルのカバーを開け、外部アクセス用のパスコードを入力する。小さな確認音のあと、きしむ音を出しながら重々しくゲートが開いた。

 「大丈夫か」

 古川はコクピットを覗き込みながら梅原に声をかけると、力の抜けた状態でシートに座る梅原のヘルメットががわずかに動いた。

 古川はコクピットに滑り込むと、梅原のヘルメットを外した。ヘルメットの中は吐瀉物で汚れている。

 ヘルメットのなくなった梅原の顔は血の気が引いて、焦点の定まらない目はどこか他の世界を彷徨っているようだった。

 「大丈夫か?」

 古川はもう一度梅原に声をかけた。

 「こ、こわかった...」

 小さなか弱い声が漏れた。全身が小刻みに震えている。

 「よく頑張ったな」

 古川はもういい加減やめてやってもいいだろうと思った。我々がNCBMに乗ってこの国を守ればいいだけのことだ。子供にこんな意味のないことをさせてはいけない。

 上空でローターの音が強くなってきた。救助班のヘリだった。

 梅原がシートから出やすいようにシート前のモニターを収納しようとした時、古川はモニターの隅で『assist』の文字が赤く点滅していることに気付き、動きが止まった。

 『勝手にアシストが切れることはないはずだが』

 古川はしばらく考えたが、一つの結論を目の前にして背筋に冷たいものを感じた。

 『まさか、これが目的なのか...』

 救護班がやってきたことに気付いた古川は、慌ててモニターを収納するスイッチを押した。

 

 


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