~報瀬編~ 移植開始
2084年10月3日 山梨県 統合軍山梨病院
移植当日、統合軍山梨病院の軍管理病棟内は緊張感漂う中、スタッフが慌ただしく動いていた。
早朝に報瀬の病室にやって来た野嶋は、時間まで報瀬と二人の時間を過ごした。
やがて時間となり病室から出ると、廊下で待っていた水瀬と病院スタッフにはっきりとした口調で告げた。
「始めます」
07:05 報瀬の病室で野嶋自身がプロフォミンの入ったシリンジポンプのスイッチを入れる
病室から手術室へ移動
07:08 体の冷却開始
オーバードーズにより心停止
NLE処理開始
ディスパーぜ-03投与
07:15 側頭部穿孔により頭蓋内および脊髄の一部細胞液回収
各部位末梢神経細胞採取
07:25 マーカーにより新皮質系、辺縁系、および脊髄分離
07:53 移植前処理完了
手術室の扉が静かに開く。
手術室から出てきた報瀬は、手術室に入る前と全く同じに見えた。しかし、もう温もりはなかった。
待っていた野嶋と速水が手を合わせる。
報瀬と一緒に出てきた水瀬も手を合わせた。その後ろで医療スタッフが黙祷をする。
野嶋は報瀬の入ったクーラーボックスを受け取った。
それを見た速水の中に、報瀬と過ごした日々の光景が一気に充満し、その重さに胸が潰されそうになった。
もうあの時は帰ってこない。速水は全てが終わったような気になった。
涙が出た。
しかし、すぐに思いを変えた。
終わったんじゃない、始まるんだと。
『さぁ、夢へのドアを開けよう』
速水は医療スタッフに頭を下げると、野嶋に『先に行っています』と言い一人でその場を後にした。野嶋にはゆっくりして貰えばいい。
しかし、野嶋もゆっくりしているつもりはなかった。これが別れではないのだ。
「後のことはよろしくお願いします」
野嶋もスタッフに深く頭を下げると、すぐに速水の後を追った。それを水瀬が追いかけながら声をかける。
「いいのですか。少しくらいは時間があると思いますが」
「のんびりしてたら、報瀬に怒られそうな気がして」
廊下を進みながら野嶋は笑った。
「軍の車が待っています。こちらが落ち着いたらすぐに向かいます」
「ありがとうございます」
水瀬は歩みを止めると、クーラーボックスを大切そうに抱え足早に去っていく野嶋を見送った。
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