~報瀬編~ 夢
2084年5月 山梨県 統合軍山梨病院
統合軍山梨病院は、もともとは軍関係者のための総合病院だったが、地元の要望もあり、今では地域の総合病院としての機能を果たしていた。
周囲を緑に囲まれた環境に白い5階建ての建物が3棟あり、その北側には小高い丘の上にあるバイオエレクトロニクス研究所を木々の間から見ることができた。
3棟目の5階の一室に野嶋報瀬は入院していた。
午後の時間に速水が面会に行くと、報瀬は柔らかな日差しの中で背上げされたベッドに寝ていた。
少し前から報瀬の両腕はほとんど動かせなくなっていた。自分一人で生活出来なくなったことによって、入院せざるを得なかった。
「いい天気だね。日差し大丈夫?」
「うん、気持ちいいくらい」
速水はベッド近くの丸椅子に座った。
「お仕事大変なんでしょ」
報瀬は顔を速水に向けた。
「まぁね」
「とうさん、忙しそうだったよ」
「来たの?」
「うん。昨日の朝早くにちょっとだけ。その時に、とうさんのロボットに乗りたいって言ったら怒られちゃった」
BM-001の情報開示によって、その存在を隠す必要はなくなっていた。
「怒んなくてもいいのにね」
報瀬はふてくされた表情をした。
「そりゃ、怒るでしょ。自分の娘を人体実験になんて使えないもん」
速水は『しまった』と思ったが、報瀬はそれを聞き逃さなかった。
「人体実験なら乗れるの?」
「あ、ま、例え話だよ」
「人体実験かぁ。あたしにしたら、実験じゃなくって、夢だったり希望だったりするんだけどな」
笑いながら窓の外に目を向けた報瀬を見て、速水はこの子はどこまで知っているんだろうと少し怖くなった。
『野嶋所長は、NCBMのことも話しているのだろうか』
『コクピットの仕組みまでも話していたら、乗れると思ってもおかしくない』
『いや、そんなことまで話すはずがない』
速水の頭は混乱していた。
何れにせよ、身内を実験材料にするなんてことは絶対に出来ない。
しかし、別の考えも浮かんだ。
自分だったらどうなのだろう。もしも自分が報瀬の立場だったなら、そして最後の望みが叶う可能性が少しでもあるとしたら。
NCBMの特性上、コクピットの発信元と受信元が同じものであれば100%の力が出せると考えられていた。しかしそれはコクピットの構造上、生きた状態では不可能なのだ。
死と同時に叶う夢・・・。
『わたしならどうするだろう。研究者としてのわたしなら、答えは決まっているけど』
そんな気持ちがわかっているのか、報瀬は微笑みながら速水の顔を見ていた。
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