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第9話 強権の影

 非常事態宣言からひと月が過ぎた。

 首都に漂う空気は依然として重苦しく、「パルメリア・コレットがさらに強権的な方針を打ち出すのではないか」という噂が、街の至るところでささやかれていた。まるで人々の心の中にくすぶる火種が絶えず存在しているかのように、住民たちは互いを警戒する視線を交わし、ささやき合っては足早にその場を離れていく。


(こんなにも多くの人が私を警戒している。それでも、私はもう立ち止まることはできない――)


 パルメリアは、相次いで複数の「大統領令」を発布した。本来であれば、国家の基本方針や法律の整備は議会での慎重な審議を経て決定されるべきものだ。しかし彼女は「緊急時の強力な指導力」を掲げ、議会を介さずに即時の命令を次々と施行していく。

 たとえば、軍の増員や再編に関する権限を大統領が全面的に掌握するという命令。そして、旧貴族の残党や反体制派に対する財産差し押さえ権を治安機関に委任する命令。これらの措置は、いずれもパルメリア個人の権限が急速に拡大していることを露わにしていた。


「全ては『国を守るため』に必要な措置です」


 そう語る彼女の言葉は、一部では正論と受け取られる一方で、「個人独裁の布石だ」と懸念する声も少なくなかった。特に地方や首都近郊で直接的な影響を受ける住民たちは、不安を抱きながらも、それを口に出すことすら(はばか)られる空気に怯えていた。

 万が一、下手に批判すれば「国賊」の烙印を押され、粛清されるかもしれない――そんな緊張感が人々の間に広がり始めていた。


「また大統領令か……私たちは一体、何のためにいるんだ?」


 薄暗い議会の控室で、中年の議員が嘆息混じりにつぶやいた。「自由な議会制を実現する」と掲げ、王政打倒のために尽力してきた彼らだったが、今ではその発言力が失われていくのをただ見つめるしかなかった。

 議会では一応、法案審議が行われているものの、パルメリアが次々と発布する大統領令には、議員たちの意思がほとんど反映されていない。ときおり、誰かが反論しようと試みても、「国を守る意志がない」「反逆者だ」などと批判され、次第に反対する声はかき消されてしまう。


「下手に反論すれば、次は自分が裏切り者呼ばわりされるかもしれない……」


 低くつぶやいた議員の言葉に、周囲の者たちも静かにうなずいた。革命の理想はどこへ消えてしまったのか――そう嘆く者は多かったが、誰も声を上げる勇気を持てない現実がそこにはあった。


 そんななか、ある日、比較的穏健な意見を持つ高齢の議員が、大統領令に異を唱えた。王政打倒に貢献した実績を持ち、議会内での尊敬も厚い人物だった。

 だが彼が意見を述べ終えると、パルメリアを支持する派閥の議員たちが一斉に声を荒げ、「国を損ねる裏切り者」と激しい罵声を浴びせ始めた。やがて治安機関の兵士が現れ、その議員を控室へ連れ去ると、他の議員たちは息をのんで見守るだけだった。


「……これじゃあ、王政と何が違うんだ」


 控室に落ちた(かす)かな声。しかし、その場にいた者たちは恐怖に押し黙るしかなかった。誰もが「次は自分かもしれない」と(おび)え、意見を述べることをためらうようになっていた。


 その話を耳にしたレイナーは、外務の仕事を一旦切り上げ、急ぎパルメリアの執務室を訪れた。憔悴(しょうすい)した表情で彼女を見つめ、問い詰めるように口を開く。


「議会で少し反対意見を述べただけの人が国賊扱いだなんて……こんな話を聞けば、誰だって怖くて黙ってしまうよ。それが君の望む形なのか?」


 彼の声には切実な思いがにじんでいた。

 パルメリアは机に積まれた新たな大統領令の草案に目を落とし、少しだけ眉を寄せる。


「私は議会を無視したいわけじゃない。でも、あそこでは時間がかかりすぎる。地方では今も小競り合いや蜂起(ほうき)が続いている。早く手を打たなければ、被害がもっと広がってしまうわ」


「……そうかもしれない。でも、このまま強権を続ければ、国民は君を恐れて黙り込む。議会だけじゃなく、民衆も発言の場を失っていくんだよ」


 レイナーの懸念に、パルメリアは小さく息を吐く。

 彼女もまた、これが「健全」な状態ではないと心のどこかで理解している。だが、一度力を行使し始めてしまった以上、中途半端に緩めればかえって混乱を招くと感じていた。


「……無策で放置すれば、無用な血がもっと流れるわ。私はこの国を守る責務がある。王政を倒した時に、そう誓ったの。だから、今は一歩も引けない」


「わかったよ。僕が何を言っても変わらないんだね……」


 レイナーはぽつりとつぶやき、諦めたように視線を落とす。

 一方で、パルメリアは再び草案に目を戻し、ペンを走らせ始める。


 その頃、内務を担当するユリウスも苦悩を抱えていた。革命派のリーダーとして民衆を率いた彼にとって、議会が形骸化している現状は「革命の理念」そのものを裏切る行為に映る。しかし、今彼女に逆らえば、反逆と見なされ粛清される恐れさえあった。彼女への信頼と、自らの理念との間で揺れる苦悩の日々が続いていた。


 その後も大統領令の発布は止まることを知らず、反対派への取り締まりはさらに苛烈になっていった。やがて、旧貴族だけでなく、新政府の方針を疑問視する者たちまでが「国賊」とされ、逮捕や財産没収の対象となり始める。

 こうして「何も言えない」という空気が国中に広がり、革命の理想を掲げた議会は、無力な存在へと変わり果てていった。


 夜遅く、パルメリアは一人執務室に残り、新たな大統領令の草案にサインをする。繰り返す作業の中で微かに感じる良心の痛みを、見て見ぬふりをするしかなかった。


「……これで国が保たれるなら、私はどれだけ恨まれても構わない。――革命を成功させた責任があるのだから」


 つぶやきながら、彼女のペンは止まらない。

 こうしてパルメリアの権力はますます強固なものとなり、議会は事実上、存在意義を失った。反対派は沈黙し、民衆は声を上げることを恐れ、「革命の理想」は今や過去の残影となりつつあった。


 ――そしてこれは、「強権支配」が加速していく序章にすぎない。人々の目が厳しく光る一方で、表立った批判を許さぬ空気が国を覆い始める。

 揺れる情勢のなか、パルメリアは大統領という絶対的地位に君臨し、さらなる決断を重ねていく。彼女自身も、「いつか止まれなくなるかもしれない」と、心のどこかで感じながら――。

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