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第7話 非常事態宣言

 春先の朝。肌を刺すような冷たい雨がしとしとと降り続け、灰色の空が街を覆っていた。

 パルメリアは執務室に駆け込んできた官吏の報告を聞き、険しい表情を浮かべていた。首都近郊の集落で、大規模な衝突が今にも起きそうだというのだ。旧貴族に繋がる集団が夜陰に乗じて大量の武器を持ち込み、対する農民たちが身を守るために騒ぎ始めており、一触即発の状況だという。


(やはり……地方の火種を力で押さえ込んだだけでは、根本的な問題は解決されていなかったということなのね)


 官吏は手元の書類を広げながら続けた。


「最近、地方だけでなく首都周辺でも怪しい動きが目立ちます。旧貴族の残党が資金を集め、私兵を雇ったとの噂もあります。その影響で、農民たちが不安と疑心を募らせているようです。このままでは火の粉が首都にも降りかかる恐れがあります」


 パルメリアは唇を噛み締めた。地方での強硬策により一時的な沈静化はもたらされたものの、旧貴族派の暗躍と農民たちの不満は根深いままだ。兵士たちは各地で疲弊し、交代要員も足りない状況では、すぐに対応できる戦力を揃えるのも難しい。


「……首都周辺にここまで混乱が広がっているなら、本当に内乱が起きても不思議ではないわね」


 彼女の小さなつぶやきには、差し迫る危機を察する緊張感がにじんでいた。王政を倒し、新たな時代を築くはずだった革命。しかし、それが生んだ「力づくのやり方」への反発は日に日に強まっていた。だが、現状ではどれだけ批判されても動かねばならないと、パルメリアは心を決める。


 間を置かずに臨時議会が召集され、要職にある議員たちが集まった。もともと革命後の混乱を収めるために設けられた暫定議会だったが、近頃は議員同士の意見が大きく対立していた。

 パルメリアは現状を淡々と報告し、「首都近郊が燃え上がれば、全土に波及しかねない」と警鐘を鳴らした。


 その場で、議員たちの間から次々と声が上がる。


「大統領閣下、これ以上の強硬策は民心を遠ざけるばかりです!」

「食糧支援や生活再建の道筋を示さなければ、民衆の不満は解消されないのでは?」


 飛び交う意見を前に、パルメリアは深呼吸をし、静かに言葉を放つ。


「――今の状況では、首都に攻め込まれる前に、非常事態を宣言して治安を最優先に固めるべきだと考えます。確かに部隊の疲弊は避けられませんが、それでも首都を守る準備を急がなければ、全てが手遅れになります」


 その提案に議場は一気に騒然となった。革命直後の国が「非常事態宣言」という強大な権限を発動することに、不安を覚えない者はいない。だが、武装集団が近くまで迫っている以上、対策を取らなければならないのは明らかだった。


「非常事態? ついこの間まで専制を糾弾していた私たちが、また強権に走るというのか?」

「農民を威圧するだけでは、火に油を注ぐようなものではないのか?」


 意見はまとまらず、議員たちの声が錯綜する。だが、パルメリアの決意はすでに固まっていた。


「私だって、強権を振るうことが望ましいとは思っていません。けれど、敵の拠点が首都周辺に増えていけば、内側から国が崩れてしまうかもしれない。――私たちにはもう時間がないのです!」


 彼女の声には切迫感がにじんでいた。議員たちの間で議論が続くなか、パルメリアは議場を後にし、執務室に戻る。そして主要な官吏や警備隊の指揮官たちを呼び集め、力強い口調で命令を下す。


「議会の同意を待つ余裕はありません。大統領として命じます。首都およびその周辺に非常事態宣言を発令し、即座に治安維持体制を強化してください。武器の検問や監視を徹底し、地方から帰還した部隊も再編して首都防衛に回すこと――急ぎましょう」


 官吏たちは驚きを隠せない様子だったが、彼女の命令に従い行動を開始する。短い指示のやり取りの中にも、強権発動への恐れが見え隠れしていた。だが、パルメリアは迷うことなくペンを取り、宣言文の草案にサインをする。


(これで民衆からの反発はさらに強まるかもしれない。でも、やらなければ本当に全てが終わる……)


 胸の痛みを押し殺しながら、彼女は自分を奮い立たせる。どれだけ批判されても、この国が瓦解するのだけは絶対に避けなければならない。


 こうして非常事態宣言は発令され、首都には警備隊が配置され、検問所が立ち並ぶこととなった。

 その日のうちに街には噂が広がる。「結局、新政権も王政と同じだ」「農民を助けるどころか力で抑えつけるなんて」――民衆の間には不安と疑念が広がり、かつての熱狂は消え去りつつあった。

 レイナーは早くも周辺諸国への影響を懸念し、ユリウスは「どこまで力に頼る気だ」と苦々しい表情を浮かべる。だが、彼らもまた、首都が崩壊すれば国そのものが終わることを理解しているため、パルメリアを強く責めることはできなかった。


 夜になり、パルメリアは執務室で書類を閉じ、窓辺に立つ。冷たい雨が降り続く街は、静けさに包まれている。


「嫌われても仕方ない。――でも、何もしなかったらもっと多くの人が犠牲になっていたかもしれない。私は……この国を守るために生きてきたんだから」


 湧き上がる迷いや戸惑いを押し殺すように、パルメリアは小さく自分を奮い立たせる。


(前世ではこんな大きな決断を迫られることはなかった。でも今は、大勢の命がかかっている。……やむを得ないことだと、信じるしかない)


 翌朝、首都の大通りでは検問が始まり、市民の間には緊張が漂っていた。荷車を引く商人たちは長時間待たされ、不満が募っている。表向きは「秩序維持」を掲げた非常事態宣言だが、その影には抑圧と監視の影響が色濃く見える。


 こうして国全体に重苦しい空気が漂い始めたなか、パルメリアの選択が正しかったのかどうかを知る者はまだいない。

 それでも、彼女はこの道を進むしかなかった――たとえその先に何が待っていようとも。

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