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第6話 揺れる決意

 レイナーとユリウス、信頼する二人の仲間との衝突を経て、パルメリアは一人で執務室へ戻った。重厚な扉を閉じると、外のざわめきが遠のき、世界から切り離されたかのような静寂が広がる。

 先ほどまでの激しい言葉の応酬が、今なお胸に重くのしかかり、息苦しさを覚える。


(どうして……こんなことになってしまったの?)


 ランプの淡い光が部屋を包み込むが、その温もりは陰鬱な空気に飲み込まれ、執務室は昼間とは思えないほど暗い。机の上には未処理の書類が山のように積まれたまま。パルメリアはその光景を見つめ、深く息を吐いた。

 革命期には、皆が同じ方向を向いていたはずだった。貴族の横暴や王室の腐敗を倒すため、力を合わせて戦った仲間たち。なのに――。


「……どうして、こんなにすれ違うようになってしまったのかしら」


 そのつぶやきは、部屋の静寂に吸い込まれるように消える。

 窓の外を見ると、灰色の雲が重く垂れ込め、いつ雨が降り出してもおかしくない空模様。まるで彼女の心情を映し出しているかのような景色だ。


 パルメリアは椅子に深く腰を下ろし、背もたれに体を預けた。そのまま天井を見上げ、しばらく何も考えられないまま瞳を閉じる。

 レイナーが懸念する外交問題、ユリウスが訴える革命の理念――どちらも正しい。だが、目の前には旧貴族や農民たちによる反乱が広がっており、どれだけ頭を悩ませてもすぐに答えが出るわけではない。


(私は……ただ国を守りたいだけ。旧貴族の残党や農民たちがこのまま暴れ続ければ、どれだけの命が犠牲になるの? 理想だけを掲げても、混乱を止められなければ、国は崩壊してしまう)


 頭ではわかっていても、ユリウスの「民衆に剣を向けるなんて」という言葉が胸に刺さり続ける。彼と共に戦い、希望を胸に革命を成功させた日々を思い返すたび、心が痛む。


「ごめんね、ユリウス……でも、私は止まれない」


 パルメリアは誰にも届かない小さな声でつぶやいた。机上の書類に手を伸ばすと、目に飛び込むのは農民の苦情や各地での反乱鎮圧の経緯ばかり。血生臭い報告が並ぶ文字列に、思わず視線をそらしそうになる。


(本当はもっと対話を重ねるべきなのかもしれない。でも、それで済むなら、もうとっくに解決しているはず……。ああ、前世で会社員をしていた頃は、こんな途方もない問題に直面するなんて、考えもしなかったのに)


 パルメリアは前世から転生した身として、人より多くの知識を持っているはずだった。経済や政治、歴史に学んだ知見もある。けれど、それらを総動員しても目の前の問題を一瞬で解決する「魔法の解答」など存在しない。

 無意識に拳を握りしめながら、心の中で「それでもやるしかない」と繰り返す。


「……大統領閣下?」


 控えめなノック音に続き、秘書の遠慮がちな声が響く。ため息をつきながら扉を開けると、秘書が心配そうな顔で一歩中へ足を踏み入れた。


「ガブリエル様が面会を求めていらっしゃいます。軍の配置計画についてご相談があるとのことですが……お疲れでしたら、少し休まれますか?」


「ありがとう。でも大丈夫。……面会するわ」


 秘書が安堵(あんど)したように小さく頭を下げる。パルメリアは乱れた髪を整えながら立ち上がり、表情を引き締めた。動揺をガブリエルに悟られるわけにはいかない。


(レイナーとユリウスだけじゃない。ガブリエルもクラリスも、官吏や兵士たちも、みんなこの国を思って動いている。私が弱音を吐いている暇なんてない)


 そう自分に言い聞かせ、パルメリアは胸を張って扉の向こうへ向かった。

 廊下では官吏や兵士たちが忙しなく行き交い、足音が響いている。その中を、彼女は毅然(きぜん)とした足取りで進んでいく。


(ユリウスもレイナーも、決して私を責めたいわけじゃない。彼らを失望させるわけにはいかない。もっと冷静に、もっと落ち着いてものごとを見極めなきゃ……私はここで止まれない)


 きっと誰もが苦しんでいる――理想と現実の狭間で揺れているのだ。かつてのような一致団結は難しくとも、彼らを見捨てるわけにはいかない――そう心を固めながら、パルメリアは椅子からゆっくりと立ち上がった。


 背後で静かに閉じられる執務室の扉。その向こうには、未処理の書類と行き場のない嘆きがまだ山積みになっている。それでも彼女は振り返らず、前だけを見据えた。

 響く議会の喧噪を背に、パルメリアは強い意志を胸に宿しながら歩みを進める。


(ごめんね、ユリウス。ごめんね、レイナー。私だって辛い。でも、進むしかないの)


 苦悩を胸に秘めながらも、パルメリアは毅然たる足取りを崩さない。革命後の嵐のような日々が、彼女の心を追い詰めていくのを感じながら、それでも進むことを止められない。

 その歩みが、やがてどんな結末へ辿り着くのか――まだ誰もわからないまま、彼女の影は廊下の奥へと伸びていった。

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