第47話 残された傷跡
処刑台でパルメリアが命を落としてから一夜が明け――穏やかな朝日が首都の瓦礫や焦げ跡を照らし出していた。かつて「第二の革命」を先導したレイナー、ユリウス、クラリスらを中心とする暫定政府が発足し、国家再建への最初の一歩を踏み出そうとしている。だが、人々の心には疲労感や虚脱感、そしていまだ収まらない混乱が渦巻いていた。
狂気じみた独裁が崩れ去ったとはいえ、王政時代から続く不信や、革命による流血の爪痕はあまりに深い。
そんななか、レイナーは飢餓にあえぐ農村や崩壊した都市の支援に奔走している。いつ寝ているのかわからないほど駆け回り、医療や食糧の物資をかき集め、新たな国際関係を模索していた。けれど、彼の瞳には深い苦悩がにじむ。
「パルメリアが逝って、やっと独裁は終わった。でも……本当に、これで良かったのかな。もっと穏やかな道が、どこかにあったはずなのに……。あの時、あの瞬間に、もし僕が――」
言葉の端が震え、レイナーは自分の無力さを噛みしめる。彼女を止められなかった後悔が、夜ごと心を切り裂いていた。
一方、ユリウスは各地の代表者を集めて暫定的な議会を立ち上げようと動いている。革命派として王政を倒したあの頃、彼は「民衆が真に声を上げられる場」をつくりたいと強く願っていた。
「もう二度と、権力だけが我が物顔で振るわれる国にはしない……。今回こそ、民が自らの意思を言葉にできる場所を――」
唇を噛み、瞳を伏せながら、ユリウスは自分に言い聞かせるように誓う。王政を倒したはずが、いつの間にか同じ悲劇を繰り返してしまったその事実が、胸の奥を灼くように痛めつけるのだ。
そしてクラリスは、破壊された研究施設や学校を立て直し、医療を再整備することに尽力していた。もう二度と自分の技術や知識が「粛清」や「兵器開発」に利用されないよう、強い警戒と覚悟をもって取り組んでいる。
「子どもたちが安心して学べる場所を、一日でも早く取り戻さないと……。もし、彼女があの時、正しい方向へ改革を進めてくれたなら……こんな血塗れの未来には……」
声を震わせ、クラリスはあの頃の友を思い出す。彼女の眼差しには、取り戻せないものへの切なさと、わずかな望みが複雑に交錯していた。
独裁という大きな闇が消えた後も、彼らの胸には深い傷と後悔が残る。かつての盟友を失ってまで勝ち取った「新しい始まり」が、本当に正しいものなのか――まだ誰にもわからない。ただ、もう二度と同じ過ちを繰り返さないよう、彼らはそれぞれのやり方で懸命に動いていた。
こうして暫定政府は動き始めたが、街にはまだ荒廃の跡が色濃く残る。徴発で荒れ果てた農村、親を失った孤児たち、焼け落ちたままの街区――あらゆる場所で悲嘆と絶望が渦を巻く。
さらに、パルメリアへの評価は真っ二つに割れている。彼女を「悪魔」と断じる声がある一方で、「王政を倒した英雄をこんな形で葬るのか」と嘆く声も絶えない。過去に恩を受けた者たちが複雑な感情を抱えているため、国論がまとまらないのだ。
「ええい、あの女は多くの血を流した独裁者だろう!」
「いや、かつて王政の圧政から民を救ったのは彼女だ……」
そんな言い争いが起きるたび、暫定政府の要人たちは苦い顔をする。歴史に名を刻むはずの「英雄」が、こうして独裁者として処刑された事実は、国全体に深い亀裂とやりきれない虚無を残していた。
なかでもガブリエルは、パルメリアの処刑を目の当たりにしたその後、心ここにあらずといった様子で、ただ毎日をやり過ごしている。旧国防軍の司令官として、粛清や侵略に加担した罪悪感が重くのしかかり、彼は周囲からの期待を拒むように姿を消すことが増えた。
ただ、「騎士道を取り戻す」として負傷兵や遺族の救済には奔走するが、その横顔はどこか危うい。彼を知る者たちは皆、彼が深い絶望に囚われているのを感じ取っていた。
(――私はパルメリア様を守れなかった。それどころか、この手が彼女の独裁を支えていたのかもしれない……。こんな私に、生きる価値などあるのだろうか)
ガブリエルは夜ごとに街の一角を彷徨い、やがて静かな小屋の中でひっそりと息を絶ったという。騎士道を誓いながら、独裁に加担した矛盾と、主君を救えなかった自責が、最後まで彼の心を蝕んだのだろう。
その知らせが暫定政府に届いた時、レイナーやユリウスは痛ましい沈黙に包まれ、クラリスは嗚咽を漏らしたという。もう一人の大切な仲間が、また血塗られた歴史の闇へ沈んでいく――その痛みが、彼らの胸を締めつけてやまなかった。
一方、国外に追放されていた元王太子ロデリックの耳にも、パルメリアの処刑の報せが届いたという。
彼はそれを聞いた瞬間、かつて彼女と理想を語り合った日々が鮮明によみがえり、言葉を失ったままその場に膝をついた。その背には、深い悲しみに沈む影だけが揺れていたそうだ。
やがてロデリックは人目を避けるように姿を消し、二度と公の舞台に戻ることはなかった。その後、どこへ行き、どんな人生を歩んだのかは誰も知らない。ただ、彼が抱え続けた喪失と虚しさだけが、遠い異国の風に溶けて消えていった――。
こうして「独裁者」がいなくなっても、国の混乱は続く。荒廃した経済や外交問題、民衆の意見の対立――あまりにも多くの課題が山積みだった。
それでもレイナーやユリウス、クラリスは、ガブリエルの死を胸に刻みながら「二度と血塗られた支配を繰り返さない」と誓い合い、再建に向けた努力を始める。だが、パルメリアの評価が二分される以上、いつまた新たな火種が生まれるかもわからない。
暫定政府は「復興委員会」や「臨時議会」を立ち上げ、まずは飢餓対策と外交安定を最優先とする方針を打ち出した。
レイナーは周辺諸国と和平を築こうと奔走し、ユリウスは民衆参加型の政治制度を模索する。クラリスは教育・医療の復興を進め、人々の暮らしを支えるために研究と支援を惜しまなかった。
「いつか、この国が本当の自由を掴み取れる日を信じて――もう二度と誰かの支配に縛られない、そんな世界を私たちは作るんだ」
彼らの努力がいつ実を結ぶのか――それは誰にもわからない。
パルメリアが散ったあとも、人々は報われぬ悔恨や憎悪を胸に宿し、再び暴力へ走る可能性は拭えない。
だが、独裁と粛清の痛みを知る彼らの中には、「同じ道を繰り返さない」という揺るぎない決意がある。
大きな希望と、深い悲しみ――その全てを背負ったまま、彼らは新しい時代へ足を進めるほかないのだ。
――こうして、凄惨を極めた「第二の革命」は、独裁者の処刑とともに幕を下ろした。
しかし、その末に残されたのは、束の間の勝利と、取り返しようのない喪失の痛みだけだった。
それでも、この荒れ果てた大地を立て直すため、彼らは決して立ち止まらない。
王政も独裁も越えた今、どれほど深い絶望を背負おうと、もう後戻りなどできないのだ。
真の自由と再生への道は、まだ霧の向こうにあるのかもしれない。
だが――彼らは信じ続ける。
二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、血と涙で刻まれた轍を踏みしめながら、いつか必ず光が射すと――。
その先にこそ、本当の明日があると――。
それこそが、「革命の果て」に、明日を信じ続ける者たちの揺るぎない意志だった。




