第46話 革命の終焉
首都広場。粗末な板張りの処刑台がそびえ立ち、朝の薄い光がそれを不気味に照らしている……
かつて王政を倒した「革命の英雄」が、今は独裁者として歴史の裁きを受ける瞬間が迫っていた。
パルメリア・コレットは、首に縄をかけられながらも、わずかに口元を歪め、静かな笑みを浮かべていた。
広場を埋め尽くす民衆の叫びがこだまする。
「処刑しろ!」
「この手で裁きたい!」
――歓声と怒号、悲鳴とすすり泣きが混じり合い、激情と混沌の渦が広場を覆い尽くしている。
しかし、彼女はその全てを意に介さず、ただ静かに前を見据えていた。
(――ああ、これで本当に終わるのね。私の革命も、私自身も……全てが、ここで幕を下ろす)
かつてこの広場で、人々は王政の終焉を祝い、自由と平等の理想に燃えていた。だが、今――彼らは独裁を終わらせるために集まり、かつての英雄の死を求めている。
革命を成し遂げた時と、独裁を終わらせる今。その光景のあまりの対比に、パルメリアはふっと小さく息を吐く。
(……歴史の皮肉ね。私が革命の先頭に立った時、誰がこの結末を予想したかしら? あの時、私は確かにこの国を救おうとしたのに)
空を見上げる。雲間から差し込む朝日が、冷たい空気の中にぼんやりとにじんでいた。
あの頃、王政を倒した時と同じ朝日――だが、あの時と違うのは、もう誰も彼女と共にそれを見上げる者がいないことだった。
(私がこの国を守ろうとしたはずだった。でも、気づけば私は自らの手でこの国を壊し、血に染まった支配の中に立っていた。ふふ……前の世界の記憶なんて、もはや遠い幻にしか思えないけれど。転生してまで生きた意味は、いったいどこにあったのかしら?)
そう思いながらも、パルメリアは淡々と受け入れるように微笑む。
処刑台の上、彼女の最期の刻が静かに近づいていた――。
処刑台から少し離れた柵の向こうに立つ新政府の要人たち――レイナー、ユリウス、クラリス、そしてガブリエルが立ち尽くしていた。それぞれの表情には、苦悩と哀切が刻まれている。
彼らが求めた未来は、こんな結末だったのか。
革命を掲げたあの時、誰がこの瞬間を想像できただろうか――。
「……これより、パルメリア・コレットへの死刑を執行する」
執行人の声が響くと、広場はざわめき、民衆の中には泣き崩れる者もいた。憎しみだけではない、悲しみや未練、さまざまな感情が交錯している。
(これが私の革命の果て……だったら、最後までこの笑みを崩さずに終えてみせるわ)
執行人が最終確認を行う。広場を包む静寂は、張り詰めた空気とともに全てを支配していた。
その時、パルメリアはふっと笑った。
それはかつての「悪役令嬢」が浮かべた、高慢な微笑にも似ていた。しかし、それは嘲笑ではない。ただ、全てを悟った者が見せる、穏やかで、少し寂しげな微笑だった。
「ふふっ、これが私のシナリオの結末なのね……。血に染まった革命を求めたのは私、そしてその代償もまた私が受ける。……まあ、いいわ。最後まで、この道を選び抜いたことだけは、誇ってみせる――さあ、やりなさい……!」
その言葉は、誰に届いたのか。
レイナーは拳を握りしめ、ユリウスは歯を食いしばる。クラリスは瞳を伏せて震え、ガブリエルは拳を握り締め、もはや立っているのがやっとのようだった。
(……この先、自分が生きる意味などあるのだろうか。騎士道も、誓いも、全て幻だったのか……)
「……パルメリア」
レイナーがかすれた声でつぶやく。
ユリウスが何かを言おうとしたが、声にならない。
ガブリエルは、震える手を伸ばしそうになった。しかし、彼はただ見ていることしかできなかった。
守ると誓った主君を、今、この目で見送ることしかできない。その絶望に、彼は膝が崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。
執行人の手がレバーにかかる。
広場の群衆が息をのむ。
太鼓の音が高らかに響き渡る。
次の瞬間、床が開き、パルメリアの体が宙に浮く。
衝撃が走る――しかし、彼女の微笑みは、最後まで崩れなかった。
その姿を目にした時、広場に衝撃的な沈黙が落ちる。
「……終わった」
誰ともなく、そうつぶやいた。
怒号も、歓喜も、悲鳴も、全てが一瞬にして凍りつく。
それは、あまりにも静かで、あまりにも重い沈黙だった。
レイナーは堪えきれずに顔を伏せ、「ごめん……」とつぶやいて目を閉じる。ユリウスは両肩を落とし、力なく天を仰いだ。クラリスの頬には大粒の涙がこぼれ落ち、声にならない嗚咽が止まらない。
ガブリエルはただ膝をつき、かきむしるように地面を掴む。誓った騎士道も、守るはずだった主君も、全て失われた今、自分に何の意味があるのか――深い絶望の淵にのまれていた。
(これで、全てが終わる……)
パルメリアがいなくなった世界は、何を選び、何を築いていくのか――
それは、彼女を見送った者たちの手に委ねられた。
――こうして、かつて「悪役令嬢」として転生し、王政を倒す革命の先頭を走ったパルメリアは、最終的に独裁者として処刑台に消えた。最後の瞬間に浮かべた静かな微笑と、全てを受け入れるような言葉が、国中に不安定な余韻を残す。
彼女が背負ってきた血と暴力の歴史が、今後もこの国を支配していくのかもしれない。パルメリアの最期は、確かに一つの終焉ではあったが、それが新たな混乱と暗闇の始まりを意味しているように感じられた。
王政から革命へ、そして独裁から再び「第二の革命」へ――この国の運命は波打つように揺れ続けたが、今こそ血の幕が下りる。暗転とともに、パルメリアという名の独裁者の姿は終焉を迎え、物語は大きな衝撃を残しながら閉じられるのであった。