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【プロトタイプ版】悪役令嬢、革命の果てに ~英雄と呼ばれた彼女が、処刑台に立つまで~  作者: ぱる子
第六章:独裁者の末路

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第40話 決起の合図

 夜の(とばり)が静かに首都を包みはじめる頃、暗い路地裏には多くの人影がうごめいていた。広場や大通りの見張りをくぐり抜け、民衆が次々と集まってくる。その合図となったのは、かつて王政を打倒した者たちが放った「第二の革命」の火種――そして今宵(こよい)、その炎がついに大きく燃え上がる時を迎える。


 薄暗い建物の一室。床には地図や書類が散らばり、数名の男女が夜目を忍んで集結している。そこに顔をそろえたのはレイナー、ユリウス、クラリスの三人と、軍や秘密警察の内部から協力を申し出た者たちだ。

 当初はそれぞれ別々に動いていた勢力が、ついに今夜、一斉に反乱を起こす――「第二の革命」を成し遂げるための最終段階が、ここに整いつつある。


 ユリウスが地図の上に手を置き、短く切り出す。


「首都の要所はこの三ヵ所。大統領府、軍司令部、保安局本部。ここを同時に制圧できれば、一気に体制を崩せるはずだ。敵が分散した隙に、街道や倉庫も押さえて混乱を誘う」


 レイナーは黙ってうなずく。手もとの書類には、各地の抵抗グループや協力者の配置が細かく記されており、「今夜こそ決起する」という決意の報せが国中から届いていた。


「戦争や粛清で民衆はもう限界なんだ。パルメリアを止めないと、この国が本当に滅びる」


 続けて、クラリスが医薬品の在庫リストを手に厳しい表情を浮かべる。


「これ以上、血が流れないようにしたいのですが……。それでも、今はもうこの方法しか……」


 パルメリアと共に王政を倒したはずの仲間たちが、今度は彼女を排除する側に回る――その重みに、誰もが沈痛な表情だ。それでも、止まることは許されない。


 ちょうどその時、扉をノックする音が響いた。入ってきたのはガブリエルの配下を名乗る若い兵士。


「……司令官から『準備はできた。あとは合図を待つ』との伝言です。軍の大半が司令官に従う姿勢を示しました。大統領府への進軍も可能になります」


 ユリウスはその報に顔を上げ、わずかに目を細める。


「ガブリエルも……ようやく腹をくくったか。これで軍がパルメリア側に立たなければ、こちらに大きな勝機が生まれる。急いで行動を起こそう」


 レイナーが地図を指し示しながら続ける。


「最優先は大統領府だ。各拠点が同時蜂起(ほうき)すれば、保安局や親衛隊は統制を取れないはず。混乱のうちに大統領を――いや、パルメリアを制圧しなくては」


 クラリスは小声を潜めつつ、「負傷者を受け入れられるよう、医療班をここに配置します」と指先で地図をなぞる。


「ガブリエルが合流すれば大規模な戦闘は避けられるかもしれませんが、どうか油断しないで。相手は独裁を貫いてきたパルメリアと、その親衛隊です」


 役割と合図の最終確認がひと通り済むと、部屋に集まった全員が決意を固める。今立ち上がらねば、国は破綻するしかない――その共通意識が深い悲しみとともに胸を満たす。


 深夜、首都の大通りを警備していた親衛隊の様子はどこか落ち着かない。兵舎や倉庫にも妙な人影が出入りしているとの報が寄せられ、保安局の部隊が出動を始める。ところが、ほどなくして響き渡った爆発音に似た(とどろ)きと、周囲の悲鳴。

 それこそが決起の合図――「第二の革命」に呼応する人々が、首都の各所で一斉に立ち上がったのだ。


 たちまち生まれる騒乱と悲鳴。親衛隊が応戦に乗り出そうとするところへ、ユリウス率いる市民隊が突入し、瞬時に包囲戦の形になる。レイナーの呼びかけで出動した別働隊は保安局の支部を制圧し、武器庫を奪取。クラリスは医療班を指揮し、臨時の救護所を設営して傷ついた人々を収容していた。

 同時刻、ガブリエルの軍司令部も大統領府へ進軍を開始する。多くの兵が司令官に従い、親衛隊を数で圧倒する格好になり、彼らの必死の抵抗も瞬く間に崩れていく。


 あちこちで弾丸が飛び交い、血が流れる痛ましい場面もあるが、戦闘の規模は想像より小さく、パルメリア派は一方的に押し込まれていた。


「司令官! 前線で親衛隊の一部が降伏しました」

「保安局の幹部が逃亡を図っていますが、すでに道は封鎖しました」


 兵士たちからの報告を聞きつつ、ガブリエルは胸を痛めながらも短く指示を下す。


(あれほど守ると誓ったあなたを、こうして倒さなければならないとは……。だが、もう後戻りはできない)


 市街地での戦闘が激化するにつれ、住民たちが次々と蜂起(ほうき)側に加わっていく。隠していた小さな武器や、一瞬の隙を突いた連携で秘密警察を追い出す地区も増え、一夜のうちに首都の多くの区域が「第二の革命」側の掌握下となった。

 かつて王政を崩壊させた時を彷彿(ほうふつ)とさせる激しい叫び声と、血のにじむ苦しみ――それでも「これしかない」と覚悟を決めた人々は肩を寄せ合い、独裁を崩そうと必死に行動している。


 ユリウスは瓦礫(がれき)が積まれた路地で、民衆の先頭に立ち声を張り上げる。


「大統領府は目の前だ! パルメリアを倒して、この国を取り戻そう! むやみに殺戮(さつりく)するんじゃない! 王政の惨状を繰り返したくないから、俺たちは戦っているんだ!」


 後ろに続く人々が「おおっ!」と声を上げ、一斉に走り出す。彼らを(はば)む親衛隊の一団も、すでにガブリエル隊の兵士が背後から包囲し、みるみるうちに戦意を失っていく。


 こうして、わずか数時間ほどで首都の主要街は「第二の革命」軍の手に落ちた。すでに民衆が団結し、軍司令官までもが離反した今となっては、パルメリア派の崩壊は驚くほど早かった。


「これほど……(もろ)いものだったのか」


 レイナーは街角の混乱を目の当たりにしてつぶやく。それでも必死に落ち着いた行動を呼びかけ、逃げ惑う人々を守ろうと奔走(ほんそう)する。クラリスは負傷者を収容し、臨時の救護所で手当てを続けていた。


(どうしてこんなことに……。あの頃よりもずっと痛ましい……)


 やがて夜明けが近づく頃、かつて王政の中枢だった場所――現在の大統領府周辺には、蜂起(ほうき)勢力が続々と集結する。各拠点での戦いを制した部隊が大統領府を包囲し、門の前に立ちはだかる親衛隊も降伏や逃亡を検討する。


「……大統領閣下のために死ぬ意味なんてあるのか?」

「どうする、降伏するか……」


 困惑する親衛隊員たちを前に、ユリウスやガブリエルは沈痛な表情を浮かべる。かつては同じ革命を信じ合った者たちが、今は敵として相対する――誰も望まぬ結末だった。


 ――こうして、一夜にして独裁体制を崩す反乱は成功し、パルメリア派の兵士は大勢が離反する。かつて王政を倒した革命の仲間たちが再度手を取り合い、ガブリエルを含む軍部までが決起に加わることで、独裁政権は一気に瓦解へと向かう。悲惨な状況下で呼応した「第二の革命」の炎は、以前より激しく、そして深い悲哀を宿しながら国を覆いつくすのだった。

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