第39話 狂信の笑み
執務室の扉が乱暴に閉じる音が、夜の大統領府に重々しく響き渡った。
床に散乱する書類と、砕けたグラスの破片――まるで底知れぬ怒りと苛立ちを吐き出すかのように、パルメリアは机を乱暴に叩き、乱れた呼吸を繰り返している。
そばには親衛隊の兵や保安局の幹部が控えていたが、彼女が放つ凄まじい殺気に、誰一人声をかけることすらできない。
パルメリアは乱れた髪をかき上げ、震える声で言い放つ。
「……みんな、私を嘲笑っているのね。結局、裏切り者だらけだわ……。ふん、いいわ。今に見ていなさい……!」
その瞳には焦燥と狂おしいほどの決意が宿っている。かつて王政を倒した時に見えた凜々しさは、今や歪んだ独裁の狂信へ変わり果てたかのようだった。
(望んだわけでもないのに転生させられて、こんなにも……こんなにも苦労して革命の先頭に立ってきたのに……どうして誰もついてこないの? どうして私を裏切るの?)
胸の奥には微かな震えが響いているものの、今や彼女を支えているのは狂気じみた執念だけ。その末に手に入れた絶対的な権力を、今さら放棄するつもりなど微塵もなかった。
一人の幹部が意を決して進み出る。
「大統領閣下、どうか落ち着いてください。先日の布告で、国内はすでに徹底した警戒態勢に――」
しかしパルメリアは、その言葉を最後まで聞こうともせず、怒声とともに遮った。
「落ち着け、ですって? この私に指図するつもり? 裏切り者どもが次々と蜂起を企んでいるのがわからないの? 放っておけば、国はまた王政時代に逆戻りだわ。そんなこと、絶対に許さない……!」
床に散らばった書類の一枚には、「第二の革命」を示唆するビラの増加や抵抗運動の報告が書かれている。パルメリアはその文字を見つめ、瞳を見開いたまま拳をきつく握る。
「全部根絶やしにしてやればいいのよ。保安局は何をしているの? 徹底検挙して、疑わしい者は即刻処分しなさい。ふふふっ……容赦なんて必要ないわ……!」
そう言い放った彼女の声は、まるで荒野を焼き尽くす炎のように苛烈でありながら、どこか震えているようにも聞こえた。
周囲はそれを感じ取りながらも、誰一人として逆らえず黙りこむしかない。
パルメリアは荒い呼吸を整えながら、散らばった書類を荒々しく手繰り寄せる。そこには崩壊寸前の戦線や、ガブリエルら軍上層部の「疑わしい動き」の報告が並んでいた。
(焦る必要なんてない……私が負けるはずがない。最後に笑うのはこの私よ……! ふふっ、裏切り者を一掃すれば、革命は完成する……あはっ、あはははっ)
彼女の思考が自分自身を鼓舞するたび、その心に巣くう狂気は大きく燃え上がっていく。
「裏切り者を始末するのよ。徹底的に、容赦なく……! 私を馬鹿にした連中がどうなるか、思い知らせてあげるわ……あははははっ!」
狂気染みた笑いが執務室に響き、部屋の空気が凍りつく。敬礼の姿勢を取る兵や幹部たちは、無言のまま退散するしかなかった。
まるで全員を追い払ったかのように、執務室にはパルメリアだけが取り残される。床に散らばった紙片を踏みしだきながら、彼女は口元に邪悪な笑みを浮かべ、ついに思いを吐き出し始めた。
「ふふふふふっ、そうよ……私が勝つの。誰にも邪魔はさせないんだから……。最後に笑うのは私よ……! あははははははっ!」
だが、その声には微かに震えが混じる。絶対的権力を得たがゆえの孤独、かつての仲間が離れていった現実――それらが彼女の心を深く蝕んでいた。
(どうして……どうしてみんなわかってくれないの……? 私はただ、この国を守りたかっただけなのに……)
――こうして、かつての「英雄」パルメリアは、激しい情緒の乱れをさらけ出しつつ、さらなる粛清を命じ続ける。周囲からは恐れられ、孤立し、誰も彼女を止めることはできない。
しかし、この狂信こそが「第二の革命」を求める者たちの闘志を煽り、やがて避けられぬ激突を呼び寄せる。
夜の大統領府にこだまする彼女の狂笑だけが、その闇を深く刻んでいくのだった。




