第37話 誓いと裏切り
戦線は混乱が絶えず、飢饉が深刻化しているなか、「第二の革命」に向けた準備は着々と進んでいた。かつての仲間たちが各地で兵や民衆を糾合しようと動き出す一方、軍を率いるガブリエルもまた、かつてない苦悩に苛まれていた。
長引く外征は前線崩壊の危機をはらみ、兵士たちの疲労と不満は限界に達しつつある。彼は「主君への誓い」を貫くか、「第二の革命」に加わるか――どちらかしか道が残されていないように思えてきたのだ。
前線は敵国連合の圧迫で沈みきった空気が漂い、ガブリエルのもとには毎日のように兵士たちの嘆きが届く。
「こんな大統領のために戦って、いったいどんな未来があるのか。家族も飢えているのに……」
かつてなら「大統領閣下を信じろ」と答えるはずだが、今の彼はその言葉が虚しく響くのを止められない。
(騎士としての誇りは、もう失いかけているのか。兵を犠牲にし、ろくな戦果も得られないまま戦線を広げるだけ……本当にこのままでいいのか)
王政を倒した当時、ガブリエルはパルメリアと共に理想を掲げ、彼女と民を守るために剣を抜いた。だが今、彼女は強引な独裁の末に外征へ踏み込み、粛清と圧政で国内を荒廃へ追いやっている。その姿は、もはや「守るべき主」とは思えない瞬間が増えていた。
保安局は彼の周囲を厳重に監視している。ガブリエルが少しでも裏切りの兆しを見せれば、即座に粛清されかねない。兵たちにも密告が横行し、誰を信用すればいいのか判別が難しい。
それでも、彼は司令官として表向きパルメリアの命令に従い続け、隣国への侵攻を遂行し、兵を前線へ送り出している。
(もし裏切れば、部下も家族も粛清の危険にさらされる。だが従うことは、さらに民と兵士を地獄へ導く行為にほかならない……)
そんな葛藤を抱えながら、ガブリエルは司令部で報告書に署名する。そこには続く敗報や兵たちの死傷数、物資不足に対する悲鳴が並び、侵略で得られるはずの「勝利」など、どこにも見当たらない。
やがて軍内部にも「第二の革命」の噂が広まり、自分を慕う若い将校や騎士たちがささやくようになる。
「もし本当に革命が起きるのなら、司令官も……」
明言はしないものの、部下たちの視線には微かな期待が宿る。司令官が動けば、多くの兵がその後を追う――そんな確信にも似た思いがにじんでいた。
(彼らが信じてくれているのなら、独裁を止めることはできるのかもしれない。だが……パルメリア様を裏切るのは、誓いを捨てるに等しい。どうすれば……)
それがガブリエルの最後の逡巡だった。
王政を倒したころのパルメリアを覚えているからこそ、これまで従ってきた。だが今の彼女は粛清と戦争によって民を追いつめ、他の意見を一切聞かない孤独な支配者となり果てている。忠誠の意味さえ見失いかけているのが、彼を苦しめる原因だった。
実際、保安局はガブリエルを最も警戒する人物の一人と見なしていた。これほどの実力と人望を持つ司令官が反逆すれば、軍が大きく揺らぎ、「第二の革命」が一気に成功しかねないからだ。
そのため、彼の周囲には常に密偵が配置され、わずかな離反の兆しも見逃さないよう目を光らせている。
ユリウスたち蜂起グループは、今すぐガブリエルに頼るのではなく、部下や下級将校を通じて内側から少しずつ動かそうとしていた。十分に下地を固めた段階で、彼が一気に動けば保安局も止めきれないという算段である。
実際、ガブリエルの部下の中にはすでに内通し始めた者がおり、「司令官も限界だ」と極秘で知らせてくる者もいる。レイナーはその情報を受け、「彼を失えば革命は挫折する。味方に引き込めれば勝機がある」と判断し、資金や物資の援助をさらに強化する考えを示す。
こうして、かつての仲間や抵抗勢力が着実に蜂起の準備を整える一方、ガブリエルは未だ自らの答えを出せないまま苦しんでいた。
戦線の崩壊は時間の問題、保安局の監視はいっそう強まる。部下は彼に希望を託し、かつての仲間たちは司令官の動きを待っている。やがて彼が「主君への誓い」を捨てるかどうか――それが「第二の革命」の成否を大きく左右するのは、もはや疑いようがなかった。




