第30話 外交の限界
短期的な「戦勝」を国内で喧伝し、さらに軍事拡張を進めようとするパルメリア。しかし、周辺諸国からはその姿勢を「危険な侵略」とみなされ、「共和国包囲網」の結成が急速に進んでいた。これを肌で感じ取るレイナーは、外交担当として停戦や和平協定を模索するものの、彼女の独裁と狂信に近い方針はびくともしない。
(このままでは、本当に国が破滅する。どうして彼女は、これほど聞く耳を持たないんだ……)
最初の侵攻で得られた軍事的な勝利は、かえって周辺諸国の危機感を高める結果になった。王侯貴族による支配を嫌う国々さえ、「あの共和国はもはや革命の理想など関係のない専制国家だ」と捉え、防衛だけでなく積極的な対抗策を検討する段階へと進んでいる。
レイナーは懸命に動き、外交使節を呼び寄せたり、外国へ直接交渉に出向こうとしたりと奔走しているが、まともに耳を傾ける国はない。ある国の使節は言う。
「まずは侵攻をやめ、内部の粛清を控えなければ交渉の余地はない。大統領には、暴力以外の道が見えていないのではないか」
その言葉をパルメリアのもとへ持ち帰っても、彼女は全く受け入れない。レイナーが「連合軍が動き出せば、戦火はさらに拡大する」と説いても、執務室の中でパルメリアは冷淡な表情を崩さず答える。
「彼らが屈服するまで戦うしかない。弱気を見せたら、今度はこちらが蹂躙されるだけよ。そうなれば、大勢の民が死ぬわ。だったら先に圧倒するしかないの」
かつて革命の際には「民のために生きる」と誓ったはずの彼女も、今は「国を守るためなら何でも犠牲にする」という決意に染まっている。レイナーはそれを前にして絶望をこらえるしかない。強く反論すれば、今度は彼自身が保安局から「裏切り者」と疑われかねないからだ。
(頼む、止まってくれ……周辺諸国の結束が進めば、この国は完全に孤立する。大国たちが本気で防衛態勢を敷いているのに、どうしてわからない?)
レイナーの胸には焦りが渦巻く。隣国どころか、大国までもが「旧王国以上に厄介な侵略者」として共和国を避け、すでに複数の国で「対共和国」を掲げる条約や連合が成立し始めている。外交チャンネルは軒並み閉ざされ、大国との武力衝突の可能性が日ごとに高まる一方だ。
一方、国内では「戦果」の宣伝に盛り上がるプロパガンダを背景に、軍拡と徴兵、重税が進む。勝利を叫びつつも、国民の一部はその負担に苦しみ、王政を倒して得た自由や平等はいったいどこへ消えたのか――しかし、保安局を恐れて口をつぐむしかない。
夜も遅い大統領府の廊下。執務室から出てきたばかりのレイナーは壁にもたれ、重い息をつく。王政の腐敗を打ち破った末が、こんな対外戦争になるとは想像もしなかった。もっと穏やかな外交関係を築けると、かつては信じていたのに。
(いったい何のために革命に加わった? パルメリアを支えているつもりが、いつの間にか世界を敵に回すことに手を貸している……。もう、本当にどうしようもないのか)
「破滅」が目前に迫る足音を感じながらも、レイナーにはどうすることもできない。周辺諸国の連携が進めば、いずれ大規模な連合軍が動くのは明白だ。それでもパルメリアは「必ず勝つ」と公言し、軍を鼓舞し続ける。
停戦を唱える声は届かず、国外ではさらに大きな闘いの準備が進行し、国内では勝利への陶酔を煽るプロパガンダがエスカレートする。何もかもが破滅へ向かう道をまっしぐらに走っているように見えても、保安局の存在が誰の口をも塞ぐのだ。
(どうしたら、彼女を止められる……? それが無理なら、せめて自分にできることは……)
レイナーは薄暗い廊下を見つめ、力なく唇を噛む。パルメリアが突き進むかぎり、共和国は孤立を深め、世界と全面衝突の道へ突き進むしかない。彼の足音だけが、静まりかえった夜の府内に虚しく響き渡っていた。
――こうして、外交担当であるレイナーの苦悩は深まるばかり。周辺諸国が結束して大きな連合を作り上げようとするなか、パルメリアはただひとり突き進み、世界との対決を選び取ろうとしている。彼の目には、逃れられない破滅の影が、もうすぐ目の前に迫っているように思えてならなかった。




