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第3話 崩れゆく理想

 朝靄(あさもや)が薄く漂う早朝、パルメリアは首都郊外に急ごしらえで設けられた臨時駐屯地へと足を運んでいた。古びたテントが点在するその場所は、革命後に編成された「共和国警備隊」の一部が詰めている拠点だ。彼女は、先日伝えられた地方での騒乱に対応するため、指揮官や兵士たちに直接指示を出すつもりだった。


(……こんな形で軍を指揮する日が来るなんて、前世の私には想像もできなかった。でも、今は迷っている暇なんてない)


 周囲を見渡すと、兵士たちの装備や服装はまちまちで、規律も整っているとは言い難い。鎧の一部は旧王国軍から流れたもので、刀剣も各自が何とか調達したものらしく、まるで一つの軍隊には見えなかった。


 そんななか、パルメリアの姿に気づいた兵士たちが一斉に立ち上がり、ぎこちなく敬礼する。王政に立ち向かった「英雄」として(した)う者は多いが、その表情には不安の影がちらついているのを彼女は見逃さなかった。


「おはようございます、大統領閣下」


 そう声をかけたのは、この部隊の指揮官を務める壮年の男性だ。革命前は地方の民兵隊を率いていたという経歴で、正規の訓練を受けたわけではない。今や「隊長」と呼ばれてはいるものの、その苦労は察するに余りある。


「こちらこそご苦労さま。すぐにでも状況を聞きたいわ。内乱が拡大している地方へ、どの程度の兵力を送れそうなの?」


 パルメリアが尋ねると、隊長は困ったように頭をかいた。


「先週いただいた『鎮圧隊を派遣せよ』との指示を受け、兵を選抜しようとしましたが……まとまる前から離脱者が出たり、武器の手配が間に合わなかったりで、現時点で動かせるのは数十名ほどが精一杯です」


「数十名……」


 あまりにも乏しい戦力に、パルメリアは胸の中で凍りつくような感覚を覚えた。王政が崩壊した後、旧王国軍は四散し、兵士も装備も不足している。革命時に集まった義勇兵の多くも、「もう役目は終わった」とばかりに姿を消した。


(私たちが必死に権力を奪取したところで、現実はこんなにも混沌としている。前世で学んだ程度の知識や経験では、全てを立て直すことなんてできない――でも、やらないわけにはいかない)


 深いため息をついた彼女のもとに、慌ただしい足音を立てて若い兵士が駆け寄ってくる。


「失礼します、隊長! 地方支局から急報が……。旧貴族の一部が『領主制を復活させる』と称して反乱を起こし、近隣の農村を襲っているそうです。農民たちは武器もなく、防ぐ術がないようです……」


「領主制の復活……」


 その知らせに、パルメリアは眉をひそめた。

 革命によって貴族の領地支配は廃止されたはずだが、それでも昔の権力を取り戻そうと動く者が絶えない。農民から食糧を奪ったり、新政府を「偽物」と罵って私兵を集めたり――そんな噂は聞いていた。


「わかりました。こちらの兵力は限られているけど、可能な範囲で部隊を派遣するしかないわ。放置すれば被害が広がるだけ。……早急に準備を進めて、できるだけ早く出発を」


 そう告げると、隊長と兵士たちは緊張した面持ちで「了解しました」と敬礼する。王政を倒した英雄の命令はまだ効力がある。しかし、彼女は彼らの不安げな表情を見て胸が痛んだ。


「もし相手の抵抗が強かったら……どう対応すれば?」


 隊長のためらいを含んだ問いに、パルメリアは一瞬視線を落とす。本当は流血を避けたい。しかし、襲われている農民を守らなければならないし、新政府の威信を失うことは、国全体の混乱を招く恐れもある。


「やむを得ない場合、武力行使も許可します。ただし農民を巻き込まないよう、最大限に注意して。私たちは人々のための政府なんだから、彼らを守るのが最優先よ」


「……かしこまりました」


 隊長は覚悟を決めたように答えたが、その声には揺れる不安も含まれていた。しかし今は迷っている暇はない。兵士たちはすぐに準備を始め、パルメリアは少し肌寒い朝の風を受けながらテントを出た。


 待機していた護衛役の騎士が彼女に近づき、低い声で報告する。


「大統領閣下、他の地域でも小競り合いが相次いでいます。農民の一部は「生活が全く楽にならない」と訴え、物資倉庫を襲撃しているとのことです」


「そう……。農民の側も、もう限界が近いのね」


 王政時代の苛酷な年貢で苦しんでいた農民たちも、革命後には救われると期待していたはずだ。しかし、現状は思うように進まない改革や物資不足、通貨価値の混乱で、暮らしはますます不安定になっている。


(こんなにも多方面に火種があるなんて。倒すべき相手は王室と貴族だけだと思っていたのに、実際はもっと根深い問題が山積み……)


 彼女は小さく頭を振った。やらなくてはならないことが多すぎて、すでに気が遠くなりそうだった。

 それでも、諦めてしまえば革命そのものが否定されてしまう。誇りも、夢も、全てが無駄になる。


「私は一度、首都に戻ります。議会や執務担当と緊急に協議しなくては。……食糧流通を急いで整備しないと、暴動は増えるばかりです。ここには少数の警備隊を派遣し、なんとか治安維持に努めて。農民と直接対話も試みてほしいわ」


「承知しました」


 兵士は深く頭を下げたが、その表情からはどうすれば鎮められるのかわからないという戸惑いがにじみ出ていた。兵力を一点に集めれば他の地域が手薄になり、分散すれば大規模な反乱には対応できない――どう動いても苦しい状況だ。


 急ぎ足で街道を進むパルメリアの背中を、テントから顔を出した兵士たちが遠くから見守っていた。かつて王政を倒した輝かしい英雄も、今や混乱の火消しに奔走する一人の女性にすぎない。


 ほどなく馬車が準備され、彼女は護衛を伴って座席に乗り込む。ぎしり、と車輪が動き出した瞬間、視界に荒れた家屋や雑多な物売りの姿が飛び込んできた。首都とその周辺ですら、秩序が根付いていないことを物語っている。


(前世では、こんなにも大規模な「崩壊」や「変革」を目の当たりにすることになるなんて、想像もしていなかった。理想と現実がこんなにもかけ離れているなんて、どうしたらいいの……?)


 大きく息を吐き、パルメリアは窓の外を見つめながら思索にふける。

 旧貴族の復権を目論む者たち、飢えに苦しむ農民たち――誰もが自分の生き残りをかけて必死だ。ほんの一瞬の油断が、革命どころか国そのものの崩壊を招きかねない危うさを感じる。


「これが……私が望んだ未来の姿なの?」


 ぼんやりと漏れたその言葉は、馬車のがたつきとともに消えていった。

 頭の中で次々に浮かぶのは、強硬策という選択肢――しかし、それを選ぶことが、革命の理念を裏切ることにもつながりかねない。


 国を守るために強権を行使するべきか、それとも理想にこだわり、混乱を甘んじて受け入れるべきか。答えが出ぬまま、馬車は首都へ向かってひたすら走り続ける。

 どこまでも重苦しい空気が漂う朝。パルメリアの胸には、すでに小さな苦渋の種が芽生え始めていた。今はまだ、その種が大きく育つことに気づかないまま――。

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