第29話 短期的な戦果
パルメリアが周辺諸国へ侵攻を推し進め、共和国軍は圧倒的な兵力と、国内の恐怖政治で鍛えられた統制力を武器に、わずかな時間で複数の拠点を制圧してみせた。国内には「華々しい勝利」の報告が次々にもたらされ、新聞や掲示板、官吏の演説を通じて「共和国軍の英雄的活躍」として称えられていく。
(これで国民の目は国内の粛清や不満から外へ向かう。……必要なことだわ。もし兵たちの士気が下がれば、この国はあっという間に崩壊する。だからこそ、勝利を喧伝しなければならない)
パルメリアはそう考えつつ、自軍の成功を国民に大々的に宣伝した。
「自由を奪われた隣国の民を救う」という美名を掲げながら、実際には侵攻先で秘密警察や国防軍が「抵抗勢力」とみなした者たちを粛清している。現地では住民が虐げられ、「解放」とは名ばかりの惨状が広がり始めていた。
「隣国の主要砦が数日で陥落」
「王侯貴族の圧政を打ち破り、民を救い出した」
国内のプロパガンダはこうした「戦果」をひたすら報じ、「共和国軍は無敵」「革命の理想が一歩前進」と宣伝する。だが、征服地では暴力や略奪が横行しているものの、保安局の監視下で真実を語る者はいない。
その一方、国際社会の反応は当然ながら敵意を深めていく。他国の住民は王侯貴族よりもむしろ共和国の粛清部隊に痛めつけられ、「これが本当に解放なのか」と怨嗟を募らせる。隣国の指導者たちは「革命国家が暴走した」と見なし、連合を組んで対抗する動きを加速させていた。
「共和国は自国民を粛清するだけでは飽き足らず、他国を蹂躙している。旧王国の侵略以上に危険だ――こちらが警戒を怠れば、同じ目に遭うかもしれない」
この焦りが周辺諸国を結束させ、「共和国包囲網」の形成を促していく。レイナーがわずかに残る外交ルートを通じて必死に説得を試みても、もはや共和国の言葉を信じる国はほとんどない。
(一時的に軍事的成功を収めても、長くは続かない。むしろ大国どうしが手を結べば、こちらが追い込まれるのは目に見えている。――どうして彼女はわかってくれないんだ)
苦悩するレイナーに対し、パルメリアは「外敵を恐れていては何も成し遂げられない」と答え、さらに兵や物資の徴発を拡大する。短期的な「戦勝」が国内で喧伝されるほど、人々はそれに従わざるを得なくなる。
ただ、実際の戦場に立つ兵士たちの一部は、この侵攻に疑問を抱いていた。王政を倒したはずなのに、結局は同じように他国へ牙をむき、奪い、殺している。かつて自分たちが憎んだ王国の横暴と何が違うのか――しかし、そんな疑問を口にすれば粛清されるため、皆が沈黙を選ぶしかない。
「本当に民を救うなら、こんなやり方ではないはずだろう……」
微かなつぶやきも、監視の目の前では無力だった。報道や演説によって飾られる華々しい勝利は、征服先での略奪や殺戮を覆い隠し、国民には陶酔に近い高揚感を与える。パルメリアもまた、この勝利を「自分が正しかった証」として受け止め、ますます強気な路線を突き進む。
「まだ満足には程遠い。軍をさらに拡大し、隣国の主要都市を落とせば、他国も屈服するはず」
そう言い切る彼女の背後で、周辺諸国は手を結び「大国同盟」の形成を急いでいた。言わば「対共和国」の包囲網である。短期的な「戦勝」の陰で、世界の反発は強まる一方。やがて、国際的な反撃の波が押し寄せるのは時間の問題だと誰の目にも明らかだったが、レイナーもガブリエルも、パルメリアを制止するすべを持たない。
こうして、侵攻開始から間もない「短期的な戦果」は、旧王国の侵略を思わせる凄惨な略奪と殺戮の上に築かれ、周辺諸国の連携をも生み出す結果となる。パルメリアの強硬姿勢を支えるのは勝利報道というプロパガンダだが、その裏ではさらなる大反撃への不安が静かに国を蝕んでいく。にもかかわらず、内部では「勝利のムード」がますます盛り上げられ、民衆はそれに乗らざるを得ないのだ。
――これが「改革」や「自由」という言葉の行き着いた末路なのか。もはやそこには革命の理念は見当たらず、「独裁が生んだ戦争」という狂気が世界を飲み込んでいこうとしている。その過程で、パルメリアはさらに孤立し、狂信の色を濃くしていく。結果として、国も世界も破滅への道を転がり落ちていくのだった。




