第24話 脅威の影
周辺諸国が共和国を「危険な政権」と見なすようになり、国境付近にも不穏な兆しが広がり始めていた。
粛清や秘密警察による取り締まりの噂が国外へ漏れ伝わるたび、国際社会は共和国を恐怖の目で見始め、各国は警戒を強めている。
そして、かねてより懸念されていた貿易ルートの閉鎖や、周辺諸国の軍備拡張が現実味を帯びるにつれ、共和国は外側からの圧力にも晒されるようになっていた。
「新たな時代の象徴」として注目された国は、今や「内乱と弾圧に満ちた不安定な国家」として扱われ、周辺諸国は距離を置くようになっている。
(革命の理想を貫くために、私が選んだ道――どうして誰も理解してくれないの? けれど、もし私が立ち止まれば、この国は再び内乱と王政復古に飲み込まれる)
パルメリアは深夜の執務室で、大陸の情勢をまとめた報告書を睨んでいた。
各国が共和国を「脅威」と見なし、国境警備を強化している。その裏では、「あの政権は血で秩序を保つ危険な独裁だ」という噂が広まっているようだった。
外国の新聞には、処刑の嵐や秘密警察の横暴が大々的に報じられ、「革命の失敗」「恐怖政治」といった言葉が躍っていた。逃げ出した亡命者が隣国で証言し、「王政を倒した先に待っていたのは、より酷い弾圧だった」と煽り立てている。
「もう、私たちを危険な存在としか見ていないのね……」
パルメリアは書類の端を握りしめ、淡々と報告を読み進める。
まるで自分が「世界の敵」にされているかのような状況。それでも、彼女の瞳にはまだ強い光が宿っていた。
(退くわけにはいかない。周辺諸国が私たちを脅威と見なすなら、なおさら――内乱を鎮めただけでは終わらないということ。外の敵が攻めてくる前に、この国を守らなければ……)
貿易の停滞は国民の生活にも影響を与え始めていた。食糧や原料の輸入量が減り、物資の価格は上昇。それでも、パルメリアは「たとえ世界に拒絶されようと、国の秩序を優先すべき」と譲らない姿勢を貫いていた。
一方で、軍部や保安局の強硬派の間では、危機感が高まりつつあった。
「隣国が兵を増やしているのは明らかだ。侵攻の準備をしていると見ていい」
「もし奴らが共和国を攻めるつもりなら、こちらが先に動かなければならない」
そんな物騒な意見が飛び交う会議の場で、パルメリアは静かに発言を聞きながら、机上の資料に目を走らせる。
以前なら、レイナーがすぐに「外交的解決」を説いただろう。しかし、今やレイナーの声はほとんど届かず、彼も諦めたように口をつぐんでいた。
保安局の幹部たちは、周辺諸国との衝突は不可避だと主張し、「大統領の英断」を待ち望むように彼女を見つめる。
「……みんなの意見はわかったわ。今外敵が我々を脅かすのなら、こちらから対策を講じるのは当然のこと。侵攻という選択が必要なら、その覚悟もできている」
パルメリアの言葉が会議室に響いた瞬間、強硬派はうなずき、レイナーは眉間に皺を寄せて目を伏せる。
ガブリエルは何も言わず、ただ無言で軍の立場を守るしかなかった。
こうして、国外の脅威を意識した軍拡と対外強硬策が本格的に検討される。
国内の粛清によって民衆の声は封じられ、次に政府が見据えるのは「外の敵」――周辺諸国との緊張を煽ることで、さらなる結束を生み出そうとする動きは、もはや避けられない流れとなっていた。
夜更け、パルメリアは独り執務室に戻り、書簡を抱えながら窓の外を見つめた。
「どうして世界は、私を理解してくれないの……?」
その声には切なげな響きが混じっていたが、すぐに瞳に鋭い光が宿る。
(だけど、ここで足を止めたら、全てが崩れる。周辺諸国が私たちを脅威と呼ぶなら、それに屈するわけにはいかないわ。国を守るのは、私の使命……)
かつて高潔な理想を掲げ、民の自由を熱烈に願っていた彼女の面影は、今や「外へ牙をむく可能性」を論じる強権的な指導者の姿に覆われつつあった。
彼女の中にわずかに残る慈悲の心は、「世界が共和国を裏切った」という被害意識に塗りつぶされ、やがて「外国など当てにできない」という確信へと変わっていく。
こうして、外国からの批判と警戒を「脅威」として認識したパルメリアは、さらに孤立へと向かう道を選びつつあった。
粛清の嵐が国内を怯えさせた一方で、隣国は軍を拡張し、貿易や交流を断ち、共和国を避けようとする。
レイナーの苦悩も、ガブリエルの憂慮も、今の彼女には届かない。
もはや「外の世界も味方ではない」という確信が彼女を奮い立たせ、さらなる強権支配と国力の集中へと突き進めていく。
――こうして、周辺諸国からの非難と警戒が「国境の緊張」という形で顕在化し、パルメリアはますます危うい選択を迫られる。
内からも外からも敵を作り、隣国が軍備を増やせばこちらも軍備を増強せざるを得ない。
次に訪れるのは外交的解決か、それとも武力衝突か。
答えを見いだせないまま、共和国は粛清と孤立が呼び合う螺旋の底へと沈み続けている――その中心で、パルメリアは危険な決意を固めつつあった。




