表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【プロトタイプ版】悪役令嬢、革命の果てに ~英雄と呼ばれた彼女が、処刑台に立つまで~  作者: ぱる子
第三章:崩れゆく革命の理想

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/48

第22話 壊れた正義

 夜の闇が深まるなか、執務室にはただランプの灯りだけが揺れていた。

 パルメリアは机に積まれた報告書の束に目を通し続ける。もう何時間、こうして書類を(さば)いているのだろうか。徹夜は珍しくないが、今夜の静寂はいつも以上に重くのしかかる。


(気づけば、どれほどの逮捕命令に署名してきたのか……最初は「国を救うため」と信じていたはずなのに、今では粛清が日常になっている)


 机上に並ぶ「反乱分子摘発の進捗」「捜査報告」の文字列が、微かににじんで見えた。まるで血の臭いすら染みついているかのように――。

 かつてなら、一つひとつの報告書に目を通し、その内容に胸を痛めたかもしれない。だが今、彼女の心には奇妙な鎮静が広がっている。それは決して穏やかさではなく、心が疲弊しきり、悲しみや罪悪感を押し殺すための防衛本能にすぎなかった。


「地方でも国家保安局の活動が拡大し、潜在的な脅威が洗い出されつつある……」


 つぶやいた自分の声が、他人のもののように遠く感じる。

 手にした報告書には、「嫌疑不十分でも捜査継続」「家族関係を調査中」など、到底許されなかったはずの行為が、全て「国を守る」という名目のもとに正当化されていた。


(あの日、王政を倒せば、本当に民を救えると思っていた。私の知識があれば、誰もが平等に暮らせる社会を築けるはずだった。でも……これは本当に「正義」なの?)


 思考の奥底から湧き上がる疑問を、彼女は無理やり押し殺す。今さら考えたところで、意味はない。後戻りなどできないことは、とうに知っている。


「ここで止めれば、今までの犠牲が全て無駄になる。……もし国が再び戦乱にのまれれば、王政時代よりも酷い結末を迎えるかもしれない。ならば、私が負うしかない」


 押し殺した独白が、静まり返った執務室に溶けていく。

 誰に言うわけでもなく、自らを納得させるように繰り返すたびに、胸の奥がひどく冷たくなっていくのを感じる。


 外が白み始めるころになって、ようやくパルメリアは手を止めた。

 山積みの捜査書類には、新たな捕縛対象の名前がずらりと並んでいる。その名の一つひとつに、彼女自身の判が押されていた。それを眺めながら、背筋がじわりと冷たくなる。


(これではもう「正義」とは呼べない。ほとんど狂信に近いとわかっているのに……なぜ手を止められないの?)


 息を吸い込み、(かす)かに笑う。

 それは自嘲だったのか、それとももう感情すら失われつつあるのか、自分でもわからない。


「……きっと、もう誰にも理解されない。けれど、私は迷うわけにはいかない。革命で多くの人を巻き込んだのだから、最後まで責任を果たすしかない」


 悲壮な声が、虚空(こくう)へと溶けていく。

 もしここで立ち止まれば、国が再び争乱に沈む――そう思い込まなければ、彼女はとっくに折れてしまっていただろう。


 かつての仲間は去り、信じられる者はもはや数えるほどしかいない。

 その寂しさを埋めるように、彼女はさらなる強硬策へとのめり込んでいく。その姿は、もはや「信念」というよりも、「自己洗脳」に近いものだった。


(王政を倒しても、私は何も救えていない……。違う、そんなことはない。国を守る道はこれしかない。そうでなければ……全てが、無意味になる)


 扉が軽くノックされ、官吏が顔を(のぞ)かせる。


「大統領閣下、昨夜に摘発された者の追加リストでございます。確認を……」


 パルメリアはわずかに苦い表情を浮かべ、官吏から書類を受け取る。


「ええ、ありがとう。すぐに目を通すわ」


 官吏が退室すると、執務室は再び沈黙に包まれた。

 ランプの炎が揺れる音が、やけに鮮明に聞こえる。


 書類には、人名が並び、「反体制の疑い濃厚」という言葉がいくつも記されている。守るべき民を追い詰めている現実――それを突きつけられるたび、心は(きし)む。それでも、彼女の手は止まらなかった。


「……仕方ない。迷えば、もっと多くの血が流れる。王政時代の腐敗は、もう二度と繰り返さない」


 その言葉を、もう何度繰り返しただろう。ペンを握り、静かに署名を重ねる。その瞬間、また誰かの運命が変わる。誰かが、国家の敵として処分される。

 それがわかっていても、彼女は止まらない。もはや、それが「正しい」のかどうかさえ、考えることを放棄していた。


 この国では、人々は息を潜め、声を上げることを諦めつつある。「革命の理想」は、今や恐怖と疑念に塗りつぶされ、形を失っていた。それでもパルメリアは筆を走らせ、無数の命を紙の上で裁き続ける――。


 朝日が昇り、街が薄ぼんやりと明るさを取り戻す。しかし、その光が彼女の心を照らすことはなかった。

 ランプの消えかけた炎を見つめながら、パルメリアは再び手元の書類に向き直る。


(これで、いつか本当に救いが訪れるの? ……わからない。でも、私がここで立ち止まれば、全てが崩れる)


 そう確信するように、ペンを握る手に力を込める。

 彼女の眼には、揺らぎと、高潔だったはずの意志が変質した狂信が、奇妙に共存していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ