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【プロトタイプ版】悪役令嬢、革命の果てに ~英雄と呼ばれた彼女が、処刑台に立つまで~  作者: ぱる子
第三章:崩れゆく革命の理想

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第21話 沈黙の街

 王政を倒したはずのこの国に、いつからか不気味な沈黙が広がり始めていた。

 街を行き交う人々は足早に通り過ぎ、活気に満ちていた市場の商人たちでさえ、ちらりと周囲の視線を気にしながら声を潜めている。まるで、ほんの一言でも口を滑らせれば、「誰か」がそれを聞きつけ、どこかへ密告してしまうかもしれない――そんな恐れが、人々の間に根付いていた。


(こんなはずじゃなかった。王政を倒して、誰もが自由に言葉を交わし、笑い合える国を作りたかったはずなのに……)


 パルメリアは執務室の窓の外を見やる。広がるのは、どこか沈んだ色合いの街並み。人々の顔には、(おび)えと諦めが貼りついているように見えた。

 彼女が推し進めた強権的な施策――大規模処刑、「国家保安局」の確立。結果として、表向きの反乱や抗議運動は沈静化した。だが、それと引き換えに、人々の間には見えない壁が築かれ、互いを疑う空気が生まれてしまった。


 大通りには警備隊が配置され、保安局の密偵が紛れ込んでいることは、誰もが想像している。公式に密告制度を掲げているわけではないが、「反体制的な発言や危険思想を通報すれば、政府から評価される」という噂は、瞬く間に広がっていた。


「最近、知り合いが『パルメリア政権は王政と変わらない』ってうっかり言ったらしいの。そしたら、どこかへ連れていかれて……」

「そうなの? 私も昨日、隣町の店主が忽然(こつぜん)と消えたって聞いたわ。もし、誰かが通報したのなら……」


 こうした噂話は、広場の片隅や酒場の奥で、ひそひそとささやかれるだけになった。隣人や親しい友人にさえ、本音を語ることはできない。

 暗い恐怖が社会全体に染み渡り、「大きな声で笑い合う」という何気ない光景すら、消えて久しい。


(こんな社会にだけはしたくないと、あれほど願っていたはずなのに……気づけば、自分がその仕組みを作り上げているなんて……)


 王政時代、腐敗した貴族社会と、(しいた)げられる民衆の姿を見てきた。それを覆すために革命を起こした。彼女は「民を救う」ために、命を賭けたはずだった。

 だが今――その「民」は、口を閉ざし、互いを疑いながら生きるしかない。王政時代と何が違うのか――そんな疑問が心を蝕むが、考えれば考えるほど、その答えは見つからなくなっていく。


 机に積まれた報告書には、「摘発」と「密告」の文字が並んでいた。些細(ささい)な言葉がきっかけで誰かが告発され、調査を受ける。罪を立証できなくても、一度目をつけられれば、社会に戻ることすら難しくなる。

 個人的な恨みや対立から、相手を(おとしい)れるための密告も増え、保安局はそれを「反体制分子の摘発」と称して黙認していた。


 「革命の英雄」として戦ったはずの人間が、今では密告によって捕らえられる側になっている。


 パルメリアの元で軍司令官を務めるガブリエルも、その陰湿な報告を耳にするたび、胸の奥が重く沈んでいく。


「どこへ出動しても(おび)えきった市民しかいない。まるで国を『守る』のではなく、国を『締めつける』ために働いているようだ……」


 ガブリエルのつぶやきを聞いた部下たちも、無言で肩を落とす。それでも、誰も行動には移せなかった。彼らが「沈黙を守る」理由はただ一つ――保安局が動けば、次に消えるのは自分かもしれないという恐怖だ。


 レイナーもまた、似た状況に置かれていた。

 言葉を発すれば、それが即座に保安局に報告される。かつて自由に意見を交わした仲間との会話さえ、綱渡りのように慎重なものとなった。

 外交の場でも、周辺諸国は新政権を警戒し始めている。「血と恐怖で国を支配している」という噂は海を越え、外国の書簡には彼の外交努力を嘲笑うような文面が並ぶ。


(これが、パルメリアの言う「民を守る方法」なんだろうか。だけど、本当にこれで救われているのか……?)


 そう嘆きながら、彼は国外から送られてきた報告書を握りしめた。


 一方、パルメリアは周囲の反発や(おび)え、そして仲間の(うれ)いに気づかないわけではない。

 しかし、大規模処刑を経て、もはや自分を止めることはできなくなっていた。


「どこかで新たな反乱が芽吹いても、すぐに見つけ出せる。そのための保安局……抑止力がなければ、また血まみれの争いが繰り返されるだけ」


 その言葉を、何度も自分に言い聞かせる。

 目の前の報告書に目を落とし、(ふる)えそうになる指先を押さえながら、摘発命令に署名していく。

 名前を書き連ねるたびに、その背後にいる人間の人生が絶たれる。――それがわかっていても、もう手を止めることはできない。


 街の片隅で、遠巻きに保安局員の姿を見かけた市民がひそひそとささやき合う。


「また誰かが捕まるのか……?」

「もう、どうせ誰も信用できない。自分が通報される前に、通報しておくしかないんじゃないか?」


 こうした言葉が街中に広がる。

 パルメリアが夢見た「革命後の世界」とは正反対の、互いを(おとしい)れ合う社会。誰も信じられず、誰もが(おび)えながら生きる世界。


(もし、前の世界でこんな物語を読んでいたら、私は――)


 そこまで考えた時、彼女は小さく首を振った。


(違う、これは「物語」じゃない。私が作った「現実」よ。後戻りはできない。逃げることも許されない)


 執務室の灯りが揺れる深夜、パルメリアはふとペンを置き、瞳を閉じる。

 周囲には、過度な称賛か、あるいは沈黙しか存在しない。

 一歩外へ出れば、密告が渦巻く社会。それでも、「国を守るため」だと自分に言い聞かせるしかなかった。


 そして彼女はまたペンを握る。新たな摘発命令に署名する。

 この恐怖が、本当に民を救っているのか――もはや誰にもわからないまま、粛清の嵐はなおも吹き荒れ続けていた。

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