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【プロトタイプ版】悪役令嬢、革命の果てに ~英雄と呼ばれた彼女が、処刑台に立つまで~  作者: ぱる子
第一章:革命後の現実

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第2話 理想と現実

 会議が終わったのは昼を過ぎた頃だった。急ごしらえの長テーブルを囲んでいた面々が次々と去っていくなか、パルメリアだけは席を立たず、机に肘をついて思案に暮れていた。彼女の瞳の奥には、抑えきれぬ焦燥の色が浮かんでいる。


(こんなはずじゃなかった。――国を救う、民衆を解放する。あんなにも熱く胸に抱いていた理想が、今は……)


 会議を経て浮かび上がった問題は膨大で、先行きが見えない。優先順位を決めるだけでも一苦労で、もし財源や人材が足りなくなれば、計画は簡単に破綻(はたん)する。


 思索に沈んでいると、廊下から女性官吏の声が聞こえてきた。どうやら誰かを案内しているようだ。やがて、扉が開き、長身の男――レイナー・ブラントが姿を現した。彼は幼馴染として、革命中も多大な支援をしてくれた頼もしい協力者だ。今では「外務」を担当し、国内外の交渉に追われている。


「パルメリア、少し話せる時間はあるかな?」


 低く響くその声は、どこか優しげだが、深い疲れを感じさせる。彼の顔を見て、パルメリアは彼もまた重荷を背負っているのだと理解する。


 パルメリアは軽くうなずき、使い古した椅子に深く腰を下ろした。


「ええ、ちょうど会議が終わったところよ。何か進展があったの?」


 レイナーは苦い笑みを浮かべ、近くの席に腰を下ろした。


「進展と言えるかどうか……悪い知らせばかりだよ。今朝、近隣の市場に足を運んでみた。直接民衆の声を聞こうと思って。そしたら……」


 言葉を切り、彼は小さく頭を振った。まるで思い出したくない記憶を振り払うかのように。


「『革命なんてするべきじゃなかった』『前の王政も酷かったけど、今はもっと苦しい』『首都だけが得してるんじゃないか』――そんな声ばかりが聞こえてきた。もちろん君を信じている人もいるけど、全体的に不安と苛立(いらだ)ちが広がっているのを感じたよ」


「……そう」


 短い返事が、部屋の静寂に溶け込んだ。頭ではわかっていた。革命を起こしても、全てが一夜にして好転するわけがないことは。けれど、仲間から改めてその現実を告げられると、胸の奥に冷たい刃が刺さるような痛みを感じる。


(国を救うと誓ったのに……実際に人々が望むような変化を与えられていない。前の世界でも、何か一つ変えるためにどれだけ苦労したか知っていたはずなのに)


 無意識に、山積みの書類に目を落とす。どれだけ時間がかかっても、切実な生活苦を抱える民衆にそれを言い訳として示すわけにはいかない。


「私も……この現状を変えられないままでいる。旧貴族の残党が動いているのは確かだけど、それを排除したところで、民衆の生活が急に楽になるわけではない。私たちの公約がまだ十分に果たされていないのは……わかってる」


 レイナーは辛そうな表情で、さらに言葉を促した。


「君が本気で国民を守ろうとしていることは、僕も含めみんなが知っているよ。でも、人々は今すぐ米やパンを欲している。いくら正義を説いても、子どもたちが飢えれば不満は爆発する。どうにか、食糧や物資を早急に確保できないかな?」


「わかってるわ。頭ではいろいろ対策を考えているけど、何よりも資金と人材が足りないの……でも、放っておくわけにはいかないわよね」


 そうつぶやくものの、すぐに十分な効果を上げられる保証はどこにもない。それでも、革命の旗を掲げた以上、途中で諦めるわけにはいかない。


 パルメリアの決意を汲んだのか、レイナーは小さく苦笑した。


「昔から強情なところは変わらないな。そこが頼もしいと思う反面……無理をしすぎないか心配だよ。でも僕も外務担当として、周辺諸国からの支援や商人ネットワークの活用を探ってみるよ。何か使える手があるかもしれない」


「ありがとう。あなたがいるだけで助けになるわ」


 微笑みを返してから、ほんの一瞬、昔の記憶が蘇る。――あの頃、こんなふうに血眼(ちまなこ)になって国を変えようとする未来が待っているなんて、想像すらしていなかった。


 だが、そんなわずかなノスタルジーも、次に響いた声でかき消される。廊下を駆ける足音とともに、若い官吏が慌ただしく部屋に飛び込んできた。


「失礼いたします、大統領閣下! 地方行政府から緊急報告が届きました。旧貴族の私兵を名乗る集団や、治安の悪化による民衆同士の衝突が起こり、小競り合いが増大しています。ある地域では内乱の様相を呈しており、被害も拡大しています!」


 空気が一変する。パルメリアは咄嗟に官吏に向き直り、報告の続きを促す。


「内乱……規模は? どれほど深刻なの?」


「詳細はまだ上がってきておりませんが、地方官からは『手に負えない』との報告があり、旧貴族の武装勢力が略奪を行っている地域もあるそうです。兵力が足りず、被害者が増え続けているとのことです」


 パルメリアの唇がきつく結ばれる。すぐにでも対処しなければ、火の手はさらに広がるだろう。だが、新政府の軍備はまだ整っていない。


(理想を掲げて王政を倒しても……こんなにも混乱は続いている。私がどんなに頑張っても、追いつかないなんて)


 それでも、放置すれば国は崩壊しかねない。どう転んでも、行動あるのみだ。


「そうね。警備隊を再編して、現地へできるだけ早く派遣して。最小限の治安維持を何としてでも実行しなきゃ。……私も詳しい状況を分析する。何よりも、被害がこれ以上拡大しないよう手を打たないと」


 官吏は顔を上げ、「はい!」と力強く答え、駆け出していった。レイナーは小さく眉をひそめ、パルメリアに視線を向ける。


「でも、強引に軍を派遣すれば、『新政府も力で支配してくる』と思われるかもしれない。今、人々の信頼が薄れているこの状況では、逆効果になりかねないよ」


「もちろん承知しているわ。でも、やるしかない。自分たちの身を守ろうとする民を見殺しにするわけにはいかない。――今、誰もが理想を叫んでいる余裕なんてないんだから」


 その声には、苦しげな決意がにじんでいた。王政を倒した瞬間に感じた達成感や希望は、今やほとんど霧散している。それでも、ここで投げ出せば、革命が「ただの暴動」で終わるだけだろう。

 レイナーは小さく息を吐き、うなずきながら答える。


「わかった。じゃあ、僕は周辺諸国との交渉を急ぐ。何とか支援を引き出せるようにしてみる……君も無理をしないで」


「ありがとう」


 短いやり取りを終えると、レイナーは席を立ち、廊下へと消えていった。彼の背中を見送った後、パルメリアはちらりと机の上の書類に目を向ける。

 戦力調整のメモや財政状況の一覧表に手を伸ばし、急いでペンを走らせる。成すべきことがあまりにも多くて、息が詰まるようだった。


(私はこの世界に転生して、革命を成し遂げた。――だから、最後まで諦めるわけにはいかない。私が掲げた理想は、決して夢物語じゃないはずだから)


 何度も自分の心に言い聞かせる。

 革命によって手に入れた大きな権力――それは人々を救うためにあると信じて歩んできた。だが今、その「力」さえも足りないのではないかと恐れている自分がいる。

 それでも、ペンを握る手を止めるわけにはいかない。地図を広げ、派遣兵の振り分けや予算の再調整を急いで考える。


 ――まだ、理想には程遠い。それでも、一歩ずつ進んでいかなければ。

 彼女の中で固まった決意は、暗雲立ち込める国の先に待つ運命がどうであれ、前を向いて決して折れることはなかった。

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