第19話 血塗られた秩序
薄紅に染まった夕暮れが街を覆い尽くす頃、広場の中央には大きな処刑台が据えられていた。その異様な光景は、普段の首都の風景を塗り替えるほど残酷で、見る者を圧倒する。兵士たちと「国家保安局」の職員が厳戒態勢を敷くなか、続々と連行された逮捕者が台の上に並ばされていく。
かつて王政を倒し、新たな理想を掲げたこの国が、今や人目もはばからず処刑の場を作り出している――その事実に、人々は息をのむしかなかった。
(どうして……こんなことになってしまったの。あの時はみんなで国を変えようと誓い合ったのに……でも、引き返せない。今は、これしか道がないのだと信じるしかない)
強い夕陽を背に、パルメリアは処刑台の脇に立っていた。以前のように多くの民衆を鼓舞する演説をするでもなく、彼女の瞳にはどうしようもない悲しみと、理想とかけ離れた現実を受け止める硬い決意がうかがえる。
地方で起きた「小さな騒乱」――旧貴族派の残党が農民を煽り、再び王政を復活させようとしたという情報を保安局から得てから数日。軍隊の派遣によりすぐに鎮圧されたが、主犯格だけでなく、かかわりが薄い者までまとめて「反逆罪」とされ、今日の「公開処刑」につながった。
「――国を乱す行為は、容赦なく排除する。これは、秩序を守るための正当な措置です」
あの時、閣議でそう言い切ったのはほかでもない彼女自身。大量の逮捕者に関する書類が差し出された時、一人きりの執務室で震える指先を何とか抑え込み、署名をしなければならなかった。そのたび、胸の奥をかきむしられるような感情が湧いてきたが、「もし手を緩めれば、さらなる混乱が拡大する」という思いだけを支えに、自分を奮い立たせたのだ。
民衆には「重大な反乱発覚」「王政の亡霊を断ち切るための処断」と通告が出されている。広場に集められた人々は、お互い声を交わすことなく、ただ処刑台を見上げるしかない。恐怖と絶望が混じった空気が、辺りを支配していた。
連行された逮捕者の一団は鎖につながれ、順に押し出されていく。中には実質的に無関係と見られる農民たちまで含まれていたが、誰もが一括りで「反逆者」として扱われる。声を上げても、保安局員がすぐに口を塞ぎ、暴力的に制圧する。
意識を失いかけている者、必死に無罪を訴える者、逆上して王政復古を叫ぶ者――処刑台にはさまざまな叫び声が飛び交うが、そのどれもが圧倒的な武力の前にかき消されてしまう。
(こんな……こんな残酷な方法でしか国をまとめられないなんて。私だって、こんなこと、望んでいないのに……)
パルメリアは唇を噛み、処刑の開始を告げる合図を送ろうとして一瞬ためらう。けれど、それでも手を止めることはできない。「これが混乱を防ぐ唯一の方法」だと自分に思い込ませなければ、ここに立ち続けることなどとてもできなかった。
深く息を吸い込み、台の上にいる兵士たちへ向けてわずかに首を振ると、処刑は粛々と開始される。刃が振り下ろされ、最初の犠牲者の首が落ちると、あちこちで悲鳴が上がり、ある女性が泣き崩れた。しかし保安局員がすぐに威圧し、事態は鎮められる。
二人目、三人目……次々と命が奪われ、広場には鮮血の臭いが漂う。人々はただ息をのんで見つめるしかない。誰もが恐れていて、手を差し伸べるどころか声さえ出せない。
「…………」
パルメリアは処刑台の脇に立ち尽くしていた。かつて「革命の英雄」と呼ばれたはずの彼女に注がれる視線は、もはや称賛ではない。畏怖、失望、怒り……それらが混じり合いながら、ただ彼女を仰ぎ見ている。
そばにいる保安局員や軍の幹部たちの一部は、「大統領の英断だ」「これで二度と反乱は起きまい」と口々に言う。しかし彼女の耳には、空虚な響きにしか感じられなかった。
(前の世界で、この手の残虐な歴史を何度も学んだはず……なのに、今私はそれを自ら選択している……。でも、私がここでやめたら、より大きな流血が起こる。そう信じないと、心が壊れそう……)
苦しくて、胸が裂けそうになる。だが、それを表に出すわけにはいかない。
そこには「国を守る」と心を固めた自分がいる――そう信じなければ、彼女の心はとうに折れていただろう。
次々と執行され、処刑台に伏す遺体を兵士たちが片付け始めると、ようやく群衆からどよめきが起こる。膝をつく者、うなだれる者、泣き声を上げる者……。
パルメリアは小さく声を張り上げ、震えをこらえながら言葉を絞り出す。
「……これらの者は、私たちの国を再び崩壊へ導こうとした反逆者です。断じて許すわけにはいきません……」
彼女の声を聞く者たちの目には恐怖が宿る。かつて、希望を与えたはずの大統領が、今や大量処刑の主導者として血を流させている――その違和感に、誰もが動揺しながらも沈黙するしかない。言葉を発すれば自分が危ういとわかっているからだ。
こうして「見せしめ」の大規模処刑は、多くの命と引き換えに、パルメリアの強権を国中へと示しつけた。旧貴族派や農民反乱を企てた勢力は恐怖に沈黙し、あるいは地下へ潜り、別の機会をうかがうようになる。一方で、「あんな惨事に関わりたくない」と静かに暮らす市民が増え、国全体が血を浴びた秩序の下、さらに萎縮していった。
処刑台を離れ、執務室へ戻ったパルメリアは、息を詰めたまま机に倒れこむように腰を下ろす。窓の外では、処刑後の広場が夜の闇に沈もうとしていたが、赤く染まった跡は簡単に消えはしない。
(これで本当に混乱は収まるの? もっと血を流さずに済むの?……私はただ、そう祈るしかない。)
彼女は震える手でペンを握り、目を背けたいような書類の山を見つめる。そこには「反逆者」の新たな逮捕候補がリストアップされ、保安局のさらなる取り締まり案が並んでいる。
意を決して書類にサインしようとした瞬間、手が微かに震えてしまい、インクが紙面ににじむ。小さく息をつき、震えを抑えようと手を握り直すが、それでもぴたりと止まることはなかった。
(私はただの転生者だったのに……どうして、こんな残酷な道を選ばなくちゃいけないの? だけど、そうでもしなければ国を守れない……信じるしかない)
仲間と分かち合った「理想」など、今や彼女の心をかき乱すだけの幻想。
そう思い込まないと、自らが犯している行為の重みに押しつぶされてしまう。
こうして、「粛清の嵐」の始まりを告げるような大規模処刑は、多くの命と引き換えにパルメリアの権力をさらに強固なものへと押し上げた。
――王政を倒して掲げた理想はどこへ行ったのか。民衆は声を出せず、仲間たちは離れていき、それでも彼女はこの道を歩み続ける。
「血で染まった秩序」の中で、次に何が起こるのか――誰もが恐れながら、ひたすら沈黙を選ぶだけだった。




