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【プロトタイプ版】悪役令嬢、革命の果てに ~英雄と呼ばれた彼女が、処刑台に立つまで~  作者: ぱる子
第二章:強権と孤独の狭間で

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第18話 恐怖の平穏

 夕暮れの光が、首都の石畳を淡く照らし出す。

 かつて王政を倒した時の熱狂は遠く、まるで別世界の出来事だったかのように霞んでいた。大統領府の廊下に漂うのは、どこか張り詰めた静寂。警備隊の靴音が響くたび、すれ違う者たちはわずかに身を引き、会話を控える。

 いつの間にか、ここは「権力の中枢」ではなく、「恐怖の象徴」とささやかれる場所へと変わっていた。


(あの日、私たちは「自由」のために戦ったはずなのに。どうして、こんな形になってしまったのだろう……)


 それでも、パルメリアは立ち止まることはできなかった。

 国家保安局が本格的に活動を開始して数週間。彼女はその創設を「国を守るための必要な措置」と説明し、「反乱分子や違法行為を未然に抑止するための独立機関だ」と繰り返していた。

 だが実態は、反対派をいち早く摘発し、沈黙させるための強力な警察組織にほかならない。取り締まりの範囲は広がり、密室での「尋問」が行われることも珍しくなくなっている。


 保安局設立の告知が出されて以降、首都や地方の町には、異様なまでの沈黙が広がっていた。大人たちは公の場で政治の話を避け、子どもたちでさえ「うかつなことを言えば大変なことになる」と耳打ちされるようになった。


「これが国のためだというのなら、あまりにも息苦しすぎる……」


 そうつぶやいた市民がいたとしても、周囲の者は慌てて口を(ふさ)ぎ、辺りを警戒する。誰がどこで密告者になっているかわからない――そんな疑念が、街の空気をさらに重くしていた。


 ある夜、パルメリアの執務室では、保安局幹部が淡々と捜査報告を読み上げていた。


「反体制派の拠点を急襲、十数名を拘束」

「過激思想の疑いがある旧貴族の家系出身者を追放」


 淡々とした口調で読み上げられる言葉の中に、かつて自分と並んで革命を支えた者たちの名前が混ざることもある。

 以前の王政ならば「非道」と呼ばれていたであろう手法を、今は彼女が容認している。


「やむを得ません、大統領閣下。彼らを放置すれば、再び暴動が起きる可能性が高いのです」


 保安局幹部の進言に、パルメリアはわずかに眉をひそめたあと、小さくうなずくだけだった。

 密告や拷問まがいの取り調べが行われていることを知っていても、それを止めればさらなる混乱が生まれる――そう信じなければ、彼女の心は耐えられなかった。


「……わかりました。ただし、過剰な暴力は控えるように。必要最小限に留めてください」


 ほんのわずかに苦渋をにじませながら言葉を発するが、幹部は敬礼を返すのみ。

 この数週間で、彼女の周囲には強硬派や権力に群がる者ばかりが残るようになった。かつての仲間は去り、残る者も距離を置こうとしている。

 孤独が深まるなか、パルメリアは自らに言い聞かせるしかなかった。


(これで本当に国を守れるのかしら……けれど、手を緩めれば混乱が広がるだけ。私は、悪く思われても構わない)


 彼女は視線を下げ、報告書を閉じる。

 国を守るという言葉を盾に、知らず知らずのうちに強権を正当化し続ける自分がいる――それを理解していても、止まることはできなかった。


 やがて、首都の街には「秘密警察が動いている」という噂が広がり、人々は互いを疑い始める。誰かが政府に不満を漏らしたと聞けば、それが保安局に伝わるかもしれない。

 誰が味方で、誰が敵なのか――そんな疑念が国全体に根を張り始めていた。


「今はうかつなことを言えば、すぐ目をつけられるらしい」

「隣人ですら信用できないなんて、一体いつからこんな国になってしまったの……」


 そうしたつぶやきはあれど、それを口にすることさえ危険だという認識が広まる。

 市民たちは考えることをやめ、黙って従うことが「平和」だと信じ込むようになっていた。革命の理想として掲げられた「民衆の声を国政に活かす」という言葉は、もはや誰の記憶にも残っていない。


 レイナーやユリウスは、保安局の存在を強く危惧していたが、もはや公然と異議を唱えることは難しくなっていた。

 軍を率いるガブリエルもまた、強硬派の動きを止める術はなく、司令官としての立場と騎士としての誇りの間で揺れていた。それでも、パルメリアを見捨てることはできなかった。理想を信じ続けたいという思いと、軍人として命令に従わねばならない現実――その間で、答えを出せずにいた。


「これで本当に秩序が保たれているのか……? 誰もが(おび)え、かつての輝きは消えてしまったのに」


 陰で誰かが漏らした嘆きも、巡回する警備隊の足音にかき消される。


 パルメリアは夜遅くまで執務室の灯を消さず、保安局からの報告に目を通していた。

 そこには逮捕者のリスト、疑わしい発言をした者の記録、さらには周辺諸国の動向までもが綿密に書き込まれていた。


「……抑止力があるからこそ、反乱も大きくはならない。そう信じるしかないわね」


 つぶやいた声には、(かす)かな(ふる)えが混じっていた。

 王政を倒した時、民が自由に生きられる国を作ると誓った――あの日の自分を、今の自分が見たらどう思うのだろうか。

 それでも、パルメリアは「これが最善」だと信じるしかなかった。


(私は転生者として、前の世界の知識を持ち込んだけれど……こんな結末を迎えるために来たわけじゃない。それでも、ここで止めるわけにはいかない)


 彼女は、手にしたペンをゆっくりと握りしめる。

 国家保安局がもたらす抑止力は、この国を救うのか、それともさらなる恐怖へと導くのか――その答えは、まだ誰にもわからなかった。

 だが、パルメリアは一つだけ確信していた。「これが間違いなら、全てが崩れる」――だからこそ、進むしかないのだ。


 こうして、秘密警察が公然と活動を始め、監視と密告が常態化するなかで、国の未来はますます不透明になっていった。

 パルメリアが孤独に耐えながら強権を正当化するほど、人々は声を失い、仲間は去っていく。

 それでも、彼女は歩みを止めない――まるで、それが唯一の「正しさ」であるかのように。

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