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第1話 共和国の混乱

 夜明け前、灰色の空に(かす)かな朝日がにじみ始める頃――。

 急ごしらえで国の中枢機関として使われることになった旧王宮の一室で、パルメリア・コレットは山積みの書類に顔を埋めるようにしていた。かつての豪華な調度品はほとんど姿を消し、革命の爪痕が生々しく残るこの部屋は、今や荒れ果てた空気に包まれている。


(前世での世界での暮らしは、もっと単純だったはずなのに……。今、こんなにも重い責任を背負うなんて、想像すらしていなかった)


 目の前には、朱色の印が押された報告書や、地方行政官の欠員を示す一覧、さらには王政崩壊後にばらばらになった旧官僚の異動要請が積まれている。どれも未整理のまま山を成し、今にも崩れそうだ。


「大統領閣下、次の会議のお時間です」


 穏やかながら疲れた声が扉の向こうから響く。若い男性官吏が、申し訳なさそうに顔を覗かせた。どこかで会ったことがある気がするが、名前はすぐに思い出せない。人材は寄せ集めで混乱している。


「わかったわ。場所は……大広間よね」


 パルメリアは書類をそっと置き、急いで身支度を整える。民衆の前で剣を振りかざして腐敗貴族に立ち向かった頃とは違う。今の「武器」は、膨大な書類と印鑑、そして果てしない調停のための言葉だけだ。


(革命が成功すれば、みんなが救われると思っていた。でも、この国はまだ暗闇の中……。私の知識や行動が、本当に役立っているのか不安が消えない)


 旧王宮の廊下に出ると、過去の栄華は見る影もなく荒れ果てていた。壁には戦いの跡が残り、豪華だった絨毯(じゅうたん)はぼろきれ同然。衛兵の代わりに「共和国警護隊」を名乗る若者たちが薄汚れた軍服で立っている。戸惑いながら職務をこなしている様子がうかがえる。


 会議室として使われる大広間も、崩れたシャンデリアの破片を片隅に寄せて、古びた長テーブルと椅子が数脚散らばるだけだ。中央議会の臨時メンバーと行政担当者たちが、パルメリアの到着を待っている。


「みなさん、おはようございます。さっそくですが、財政局から報告を」


 パルメリアが促すと、卓の端に座っていた初老の男性が立ち上がる。彼は革命に協力した元商人で、官僚としての実績はない。それでも人材不足の今、こうした登用は避けられなかった。


「失礼いたします。まず税収ですが、地方の混乱で徴税役は行方不明の者が多く、想定以上に集まっていません。中には通貨より物々交換を優先する地域もあります」


「物々交換……」


 思わずパルメリアは息をのむ。革命後、苛酷な税負担を減らすと宣言したものの、制度整備が遅れたせいで、各地で好き勝手に動き始めてしまった。


「旧体制では、多くの農村が重税に耐えていた。それを倒しただけじゃ、生活はすぐに変わらない……」


 その言葉を噛み締めるようにつぶやくと、今度は別の若い男性が声を上げた。


「報告します。道路や橋といったインフラの破壊が深刻です。地方都市との交通が遮断され、飢餓が広がっている地域もあります。補修したくても職人や資材が足りません。早急な予算措置と人材確保が急務です」


 彼の声には焦りがにじんでいた。パルメリアは配られた資料に目を通す。危機感を煽る文字が並び、どれもが急を要する。どこから手をつければいいのか、頭が混乱する。


(私が「転生者」として持っている知識は、それなりに役立つはずと思った。でも、この規模の国を再建するには、私の知識だけでは到底足りない)


 不安と焦りが胸を締めつける。けれど、ここで立ち止まれば改革は頓挫し、混乱はさらに深まるだけだ。中途半端に終わらせるわけにはいかない。


「……まずは道路と橋の復旧を最優先に。農村との物流が滞れば、首都すら食料不足に陥るわ。財源の確保は議会と連携して、旧貴族の資産の再分配を検討します。手続きは可能な限り公正に進めたいけれど……人材が足りないのが問題ね。優先度をつけて、すぐに動きましょう」


 小さく溜息をつきながらそう言うと、会議室の空気が少し和らいだように感じた。皆がわずかな希望にすがるように一斉にうなずいている。


 革命の「英雄」として持て(はや)され、今や「大統領」と呼ばれるパルメリア。その肩にかかる責任の重さは計り知れない。かつての生活とは比べものにならないほど疲れ果てているが、ここで挫けるわけにはいかない。


(この世界で生き直すと決めた以上、私には逃げ場はない。――大丈夫。きっと道はある。そう信じて進むしかない)


 廊下のあちこちで修理の槌音(つちおと)が響き、大広間には書類を手にした官吏たちが行き交っている。その全ての動きが、革命後の新しい国を形作る一歩となる。パルメリアは微かに唇を引き結び、再び資料に目を戻した。


 国中に積もる課題を解決する糸口を、何としても見つけるために。今はまだ、その第一歩を踏み出したばかりにすぎない。

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