あぁ、哀しきキメラよ
沖縄に修学旅行へ行った最終日、俺は空港の中にあるお土産コーナーの一つの商品を、じっと見つめていた。
「シーサーちんすこう紅芋タルトサトウキビ味キーホルダー付き」
見たこともない会社が出してる、見たこともない名前の地味に高いお菓子。通常ならこんな得体の知れないお菓子など、誰も買わないに決まっている。そう。通常なら。
なぜか巨大な引力のようなものによって、この商品から目が離せないのだ。別に普段からこんなものを買ってるわけじゃない。いたって平凡な食生活を送っている。
しかし、食欲も湧かない、希少価値も無い、無駄にちょっと高い。こんな一見すれば無価値のようなものに、不思議と興味を持ってしまう。こうして買うか否か迷う間にも刻一刻と時間は過ぎていく。腕時計の針が俺の判断力を鈍らせる。そしてだんだん、俺はこれを買わなければならないのではないか?と不思議な使命感に駆られてしまう。
覚悟を決めたわけじゃないし、迷いはまだ次々と湧き出てくる。それなのに、このお土産を手に取り、レジまで持っていき、ついには購入してしまった。
帰りの飛行機の中、頭の中には常に黒いモヤがかかっている感覚だった。後に引けないとわかってるのに、ずっと頭の中ではお土産コーナーに自分がいる。どうせ何も変わらないのに。
やがて黒いモヤは形を成し、俺にくっきりとその姿を見せた。落としたマグカップ、不注意によって死んでしまった亀、小さなきっかけから絶交した一番の親友。これらを思い出す時には脳裏には決まって同じ言葉がよぎる。
「あの時、こうしてたら。こうなってれば。」
どんなことでもずっと後悔し続けてしまう。そういうことばかり考える自分の性格が嫌いだ。
別に不幸なわけじゃない。家庭はそれなりに裕福だし、少ないが友達もいる。ただ、心の底から笑えない。穴の空いたビニールプールのように、少しづつしぼみ続けていく。塞ごうにも穴の位置がわからず、どうしようもない。
結局飛行機は空港に到着し、なんとも言えぬ不快感を抱きながら帰路についた。
帰宅と同時に例のお土産を開封した。中には赤紫色のなんとも言えぬ顔をしたシーサー型のちんすこう?のようなものが入っていた。しかもタルト要素がどこにもない。まるで沖縄のお土産を全てデタラメに混ぜたキメラのようだ。
売り上げが伸びなかった末の苦肉の策なのだろう。しかし、このシーサーの顔を見ればわかるように、一番迷惑してるのはコイツだ。怒りと悲しみと虚無感が混ざったような、そんな顔だ。
もしこのキメラが人語を話せるとしたら、開口一番目は「誰が作ってくれと頼んだ?」だ。
夕日が照らすこの机で、キメラと俺が睨み合っている。仮にも食料品なのだから、食べなきゃコイツも浮かばれない。
結論から言うと、非常〜に甘かった。甘党の俺でも少し気分が悪くなる甘さだった。ここまでくると、なんだか後悔よりも怒りに近い感情の方が大きくなってきた。
なんとかして美味しくいただいてやろう。そしてこの哀しきキメラをきっちり成仏させてやるのだ。謎のやる気に満ちた俺は、家からあらゆる調味料を持ってきた。
まずは塩だ。基本なんでもおいしくなる…と思っていたが、塩気と甘みのバランスがまるで取れていない。
続いて砂糖、と思ったがこれ以上甘くしたら耐えきれなくなるだろう。試す前に断念した。
次に醤油だ。おかず系にすればいけると思ったのだが、マズい。全ての味がぶつかり合って、口の中が地獄絵図だ。
ならば、ポン酢はどうだ?先ほどよりかははるかにマシだった。酸味は意外と効くかもしれない。
ならばレモンはどうだカボスはどうだと、試す内に残りは一つとなってしまった。
もう完全に夜になった。最後の一つはそのまま食べることにした。
もう合いそうな調味料が全く無いのだ。最後にそのまま食べて、どれが一番美味しいかを比べようと思った。
しっかり味わうと意外と美味しい、ということは一切なくて、最初と同じ、ただただ甘ったるいだけだった。
だが、完全に時間を無駄にしたというのに、なぜか後悔していない。むしろ奇妙な満足感さえ感じる。
穴の位置がわからなかったビニールプール。いわば今回の塞ぎ方は、全面をテープでぐるぐる巻きにしたようなものだった。
確かに非効率すぎる。でも、それが最適解な時もあった。
気づけば飛行機での後悔はとっくのとうに消え失せて、体が軽くなる感覚さえも感じていた。
ちなみに一番美味しかったのはポン酢だった。それでも好んで食べたいとは思わないが。
正直この結果はどうでもよくなった。この上なく無駄な時間だったが、たまにはこんなのもアリかもな。
久しぶりに起動したゲームのデータ全部消えちゃった
2周目頑張る