【7】
廃病院を東側に向かって進む。
東側の病棟は、いくつかテーブルや机が並べられており、本棚も大きなテレビもあった。
よく見てみるとトランプや将棋の盤とコマ、それにオセロなどもある。
まるでちょっとした遊戯スペースだ。
「ここ、病院ってより遊び場じゃね? なんか場違いっつーかさ」
奏人が撮影しながら、首をかしげる。
「左様、おそらくここはそういった場所じゃ。考えても見よ、奏人。ここは長い間人々を病院の中に押し込めておく場所じゃぞ。ベッドや食事があれば良いというワケではない。多少なりとも娯楽でもなければ、病状は悪化するだけじゃ」
「なるほどねぇ、ここは可哀想な患者さんたちの、数少ない憩いの場ってことかぁ」
「そ、そのせいでしょうか? この場所からはあまり霊圧を感じませんね!」
まわりを見て、あかりさんが言った。俺もここには特にイヤな感じはしない。
それでも神楽と太刀風僧正はお清めを行っていく。
「油断は禁物じゃ。どこにでも、無念は残るものゆえな。わらわたちは、出来ることをすべてやっていかねばならぬ。ここだけ手付かずでは、居場所を無くした霊が悪霊と化してここに集まってくるかもしれないのじゃぞ?」
「そうか、お清めは良くないモノを祓うのと同時に、その場自体も整えるんだな」
「遥人も少しはわかってきたようじゃのう。霊木刀の使い方といい、お主はなかなか見込みがあるかもしれん。……さて、清めも終わった。二階へ行くかのう」
東側の病棟の真ん中に、タイルで舗装された白い階段があった。
横には非常ドアや非常口と書かれた、すでに明かりの灯らない案内もある。
ここが主な移動場所となっていたようだ。
俺は階段へ一歩踏み出して、たまったチリに足をすべらせた。
「おっと、危なかった。皆、気を付けろ。この階段、かなりすべるぞ」
「お清めと一緒に大掃除でもした方がいいんじゃねーか、ここ。ホント昇りにくいったらありゃしねーぞ、クソ」
五人で注意しながら階段を昇っていく。
階段は真ん中に少し広い場所があり、折り返すように逆向きの方向に階段が続いている。学校などでもよく見られる形のものだ。
その小さめの広場を通りかかったとき、俺たちの持っていた明かりが一斉に消えた。
「うわっ、なんだ!?」
「おいおい、なんも見えないじゃねーか!」
「きゃあああ! 怖いですぅ!」
俺と奏人、それにあかりさんが取り乱す。
真っ暗になった廃病院は突然圧し掛かってきた闇で重く、息苦しく感じられる。
ともすればパニックを起こしてしまいそうな心を、なんとか抑え込む。
もしも視界のきかないこの中でおかしな霊にでも襲われたら――そう考えると、背筋に冷たい汗が流れた。
しかし俺たち三人と違い、神楽と太刀風僧正は冷静だ。
「廃病院が……我らの行動を邪魔をしてきておる……。つまりはそれだけ……真相に近づいたということ……」
「そういうことじゃ。遥人、落ち着いてスマートフォンの光をつけよ。おそらく電球を切られたのだろう。こんなこともあろうかと、いくつか替えは持ってきておる。それぞれ取り替えるのじゃ」
「その間は……私が場を守ろう……」
そういうと、太刀風僧正がお経を唱え始めた。
言うなれば、これが廃病院の攻撃に対しての守りになるのだろうか。
俺は神楽に言われた通りにスマートフォンのライトモードを起動させた。
その明かりの中で、神楽が背負っていた大きなバッグを開く。それぞれ照明器具の電球を交換したり、予備の懐中電灯に切り替えたりした。
「廃病院の霊ってのも、なんかセコイ手使ってくるよな。こんなのただの嫌がらせじゃねーか!」
「それだけわらわたちが廃病院に存在するなにかを追い詰めているということじゃ。明かりを換えたなら早々に先にゆくぞ。何度もこんなことをされてはかなわぬゆえな」
照明を揃えて、もう一度階段を昇り二階に到着した。
見取り図を見ると、二階は一階よりだいぶせまい。三階はさらにせまくなっている。
さっきよりも短時間でお清めを終えることが出来そうだ。
二階は入院患者の病床用に作られているようで、いくつも病室が並んでいた。
一階のずらりと並べられたベッドとか違い、せいぜいふたつからよっつほどのベッドが置かれている。
明らかに待遇が違う。
おそらくこの階に入院していた人たちのほうが、家族などが病院に多く金銭を支払ったのだろう。そういう意味では恨みや不満は少ないかもしれない。
「やり方は一階と同じじゃ、ひとつひとつ回って清めてゆくぞ」
「なんか、平凡な部屋ばっかになっちまったなー、ちょっと撮影しがいがないぜ」
病室を回り、お清めをしていく。ベッドの数が少ない分病室も広くないので、神楽や太刀風僧正の作業も効率よく進んでいく。
「な、なんだかこの階は静かですね。このまま進むといいんですが」
「気は抜くなよ、あかり。病院はわらわたちを面白くないと考えているはずじゃ」
「は、はぃぃい!」
それでも、やはり二階のお清めは順調だった。
時に、ベッドに血のあとのようなものが残っていてゾッとしたりもした。
だがそういう場所も、神楽たちが丁寧にお清めをしていくと、何も起こらないのであった。
「ここが最後の部屋か……うっ!?」
残った部屋に懐中電灯を向けた俺が、言葉に詰まる。目の前に、影が揺れている。
天井から紐かロープのようなもので吊るされている、人の形をしたもの――。
明かりのなかでよく見てみると、それは天井から首を吊るされたガイコツであった。
「こ、これまさか首吊りか? もう白骨化しているけど……」
「うっわ、気持ちわりぃ! やべぇもん撮っちゃったじゃん。こんなん動画に使ったらアカウントをBANされちまうぜ。ここはカットだな」
神楽と太刀風僧正、それにあかりさんが首吊りガイコツに近づいていく。
俺も後を追うように続いた。
よく見ると吊るされた紐は、天井に金属の留め具がつけられている。なんであんなところにフックのような留め具があるのか。
これではまるで、ここに縄をかけて首を吊れと言っているようなものである。
「あの、このガイコツさん、まだかなり思念が残っています。あたしを通せば多分、お話も出来るんじゃないかと思うんですけど」
「左様か……なれば、あかりに降霊を頼む……。今はどんな情報でも……欲しい状態ゆえ……」
「わかりました!」
あかりさんが、ガイコツのそばに正座する。
神楽と太刀風僧正が、それを守るようにそばに立つ。
あかりさんは逆さ魔除け――魔寄せのネックレスをつけると、大きな深呼吸を繰り返す。
やがて、部屋の空気があかりさんに集まるように風が吹きだした。
あかりさんが口を開く。声は、低く沈んだ男性のものであった。
「ナニユエ、今更コノヨウナ場所ニ、生キタ人間ガオル……」
「この廃病院は、現世に呪いをもたらしておる。わらわたちはそれを解放したいのじゃ」
神楽の問いかけに、吊るされたガイコツがかすかに動く。
懐中電灯に照らされ長く伸びた影が、不気味に揺れた。
「呪イ……今モナオ……続イテイルノカ……忌マワシヤ……」
「そなたはここで首を吊って、なお思念が残っておる。思い残したこと、ここで起きたことなどを教えて欲しいのじゃ」
キィ、キィ……とガイコツを吊るしている金具が耳障りな音を立てる。
俺たちのまわりに、次第にイヤな空気とにおいが押し寄せて来た。
「私ハ……ノゾンデ死シタ訳ニアラズ……コノ病院ノ者タチノ倣イニ背キ……コノ有リ様ヨ……。私ハ、生贄ニサレタノダ……」
――生贄?
サクリファイス・ホスピタルの名前、そのままじゃないか。
いったいこの廃病院にはどんな因果が残り、今もまた続いているのだろう。
「この病院か、または病院に属した何者かが生贄を欲している。それはわらわたちも聞き及んでいる。しかし、なぜかようなことをしてまで生贄を求めるのか?」
「私ハ、聖母様ニ……背イタ……ユエニ……生贄ニサレタ……」
「くっそ! また聖母様かよ、ワケわかんねぇ。なんなんだよ、そいつは」
「聖母様ハ……コノ病院ノ患者ニ……崇メ、奉ラレ……象徴……彼ラヲ……マトメ……」
何度も聞いた言葉、聖母様。
おそらくは女性であろうその存在は、この病院に有り、なおかつ患者に信頼されていたのか。それならば、なぜゲームをプレイしてあんな状態になってしまったすわりんは、聖母様とつぶやいていたのだろう。
病室の空気の密度があがり、息苦しささえ感じるようになってきた。
「聖母様とやらが、病院の患者をまとめていた? なれば、なぜそなたはそれに背き、そのように目に合わされているのじゃ? 生贄というのはどういうことなのじゃ?」
「聖母様ノ教エガ全テ……患者タチハソマッテイッタ……私ハ、ソコニ馴染マナカッタ……ソノトキ、アノヨウナコトガ……起、キ……テ……復活ヲ願……アアアッ!」
ガイコツが苦しそうなうめき声をあげる。
骨全体から、ミシミシときしむような音が聞こえ始めた。
吊るされたガイコツが、全身を大きく震わせている。
「神楽……あのガイコツが壊されては……あかりの精神が持たぬ……。謎は残るが……もはや話はここまで……」
「うむ、止むを得まい。彼の者の降霊を解き放つ! はっ!」
神楽があかりさんの額に符を当てて、降霊を解除する。
あかりさんが、その場に倒れこむのを太刀風僧正が支えた。風が吹き抜ける。
その瞬間、首を吊っていたガイコツの骨がさらに激しい音を立て、バラバラに崩れて地面に落下した。
「うむ……間一髪であったか……」
「あかり、しっかりせよ。無理な降霊であったな。大事はないか?」
太刀風僧正の手を借りて立ち上がったあかりさんが、弱弱しく微笑んだ。
「ええ、だいじょうぶです神楽さん。太刀風さんもありがとうございます。謎が増えたような気もしますけど、わかったことも多い降霊でしたね」
ふぅっと息を整えて、あかりさんが居ずまいを正す。
少し顔色が良くないが、自分で動くことは出来るようだ。
「生贄と病院がつながったのは大きなことだと思うんだけど。サクリファイス・ホスピタルはゲームだけではなく、現実に生贄を捧げていたってことだよな」
「そうじゃな、そしてその行いには聖母様なる者が絡んでいる。復活を願い、とも言っておったな。そして、ゲームをプレイした者が聖母様と言ったことを考えても、すべてはなんらかの形で関連していると考えられよう」
廃病院、聖母様、生贄。
そしてサクリファイス・ホスピタルというゲーム。
病院が廃墟になり、医者も患者も職員も消えたはずなのに未だ残る因縁のようなもの。
すわりんや消息を絶っている配信者たちのためにも――。
なんとかして、この負の連鎖を断たなくてはならない。
「ともあれ……まずはこの廃病院の呪いを……解くことが先決なり……。それで見えてくる因果もあろう……。時間が惜しい……行くぞ……」
太刀風僧正に促されて、ボロボロになった骨に手を合わせてから、俺たちはガイコツが吊るされていた部屋を出る。