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【6】

 その後、病院の北側は問題なくお清めが進んで行った。

 何か起きないかと心配していたが、神楽や太刀風僧正が順調に病室や待合室を清めていく。

 北側のお清めをすべて終えると、俺たちは次に東側の病棟に向かった。

 こちらは入院用のベッドなどはなく、主に患者のデータであったり薬であったりと資料や資材が置かれている部屋が多いようだ。

「さっきはビビったけど、ようやく大人しくなったなぁ」

 カメラを手にした奏人が、すっかり気の抜けた声で言った。

「奏人、まだ半分も終わってないんだぞ、油断するなよ。撮影ばっかりしてないでさ」

「わかってるよ遥人。まぁ、油断するなと言われても、俺には何も出来ないけどな。なんてったって一般人代表だからな」

 そう言って奏人がおかしそうに笑う。

 やはり、神楽に一般人と言われたのを根に持っていたのかもしれない。

「無駄口をたたくでない、次はここじゃ」

 神楽がドアノブに手をかけて戸を開いた。扉にはファイル保管室と書いてある。

 相変わらずほこりっぽい部屋の中に棚がいくつも並べてあり、無数のファイルが置かれていた。部屋の名前からしても、患者たちのデータであろう。

「患者のデータ……生い立ちとか、どうして入院させられたかとか書いてあるかな? なにか呪いのヒントになるようなものがあるといいんだけど」

「そ、そうですね! 何かあるかも、探してみましょう!」

 太刀風僧正と神楽が部屋を清め、奏人がカメラを回している間に、俺とあかりさんはデータのファイルをはしから見始めた。データには専門的な言葉が多く、俺が読んでもいまいちピンと来るものがない。

 ただ、患者の個人情報も、かなり細かく書かれていた。

「患者の生い立ちとか素性とか、病院内での態度とか記してあるんだなぁ」

「でも、漢字が昔のもの過ぎて、あたしチンプンカンプンなことばかりですぅ」

 俺とあかりさんは頭を抱えながらも、それでもなんとか手がかりを探そうとファイルを探っていく。

 すると、すぐ横にいたあかりさんが「あっ……」と言ったきり動きを止めた。

「あかりさん、何か見つかりました? あれ、あかりさん?」

 あかりさんは、ファイルに触れたまま微動だにしない。

 棚に手を伸ばした形で、ピッタリと動きを止めてしまっている。

「あかりさん、どうしたんですか?」

 再度問いかけると、あかりさんの口がかすかに開いた。

「う、ごけ……な、い……で……」

「動けない? いきなりどうしてそんな……このファイ、ル……」

 あかりさんが触っていたファイルに手をかけた途端、俺の身体がずしりと重くなった。

 頭のてっぺんから指先まで、感覚さえ奪われてしまったようになっている。意識はハッキリとしているのに、身体が言うことを聞かない。

「か、ぐら……そう、じょ……」

 なんとか息を吐きだすようにして、あるかなきかの小さな声を振り絞る。

 しかし、ふたりはお清めの最中だ。

 どうすればいい? どうすれば気付いてもらえる?

「こ、こは……あた、しが……!」

 ふいに、あかりさんの目の焦点が合わなくなった。

 あかりさんに向けて、風が集まっていく。

 あかりさんは、この事態を神楽たちに知らせるために降霊を行ったのか。

「どうしたのじゃ、あかり。なぜ降霊などしておる?」

「なんだなんだふたりでくっついてジッとしちゃって。カップル成立かー?」

 降霊に気付いた三人がそばまでやって来る。

 まったく動かない俺たちを見て、太刀風僧正と神楽が不審に気付いた。

「これは……動かないのではなく……動けぬようだ……」

「あのファイルからおかしな気配がするのう。邪なるものを祓いたまえ!」

 神楽の符が俺たちに当てられる。その瞬間、身体の自由が戻った。

 俺は急いであかりさんを引っ張って、ふたりでファイルから離れた。

「いったいどうしたというのじゃ、お主ら?」

「はぁ、はぁ……。神楽、助かった。何か病院や呪いの手がかりはないかとデータを調べていたんだけど、あのファイルに触れた途端、俺たち金縛りみたいに動けなくなっちゃって」

「あ、あれはきっと呪術がかけられています! 注意してください!」

「ファイルに……呪術……。廃病院にとって……見られたくないものか……」

 太刀風僧正が数珠を手にしたまま問題のファイルに触れる。

 しかし、ファイルに触れた途端、手に持っていた数珠が切れて落ちた。

「ふむ……かなり強い思念……。これは病院を祓い終えねば……触れられぬか……」

 太刀風僧正が言うと、神楽が考えるように口元に手を当てた。

「ファイルに触れられたくないとなると、この廃病院に呪いをかけた者、またはそれに関係のある人間の仕業なのじゃろうな。厄介なことよ」

「関係があるって言うと、患者か主治医か、または親族あたりか?」

「そのような……ところであろう……。ここはひとまず……触れぬまま進もう……」

 重要ななにかがあるのならば、調べておきたかった。

 しかし太刀風僧正でも太刀打ちできないほどの呪いとなると、俺にはどうにも出来ない。

 神楽も諦めた様子で小さく頷いた。

 それでも、何か引っかかる。

 俺の勘が、このファイルには何かあると告げている。

「なぁ奏人、ここ撮影しておいてくれよ」

 少しでも情報を残しておこうと思って、俺は奏人に提案した。

 すると奏人はわずかに振り返り「そんな絵にならないもん撮っても数字稼げねーよ」と却下された。

「なんだよ奏人、ずうっとカメラを回しているんだから、それくらい良いじゃないか」

「気になるなら、遥人がスマホで動画でも写真でも撮ればいいだろ。だいたいカメラ向けて金縛りにあったらどーすんだよ。俺はそんな怖い体験お断りだぜ」

「まぁ、自分でやれと言われればそうなんだけどさ」

 俺は腰のベルトに下げていた神楽がくれた霊木刀をずらし、ポケットに手を入れた。

 スマートフォンを取り出す。相変わらず、圏外である。

 カメラモードを起動させて、スマートフォンをファイルに向ける。

 シャッターを押して写真を撮った瞬間、画面全体に黒い影がまとわりついてきた。

「うわっ! なんだよ、これ!」

 画面に映り込んだ影。

 これがいわゆる心霊写真というものであろうか。それにしても、シャッターを切っただけで簡単にそんなものが撮れるのだろうか。

「おおー、遥人それマジ心霊写真じゃね? あとで送っておいてよ」

「バカモノ! 心霊写真など配り歩いてどうするのじゃ。遥人もうかつじゃぞ、いたずらに写真を撮るなぞ」

 神楽にたしなめられて、俺は下を向いた。

「悪かった、神楽。なにか呪いを解くカギでも見つからないかと思って」

「いや。無用心ではあったが、お手柄かもしれぬ。スマートフォンの画面をよく見てみろ」

 言われて、再度スマートフォンに視線を戻す。真っ黒な影の心霊写真。

 だけど、よく見るとその黒には濃淡があり、その色合いで人のような形をしていた。

「これは……女の人っぽい影だな。髪が黒くて長い、悲しんでいるような顔……歳は、いくつくらいかな。二十代か、三十代くらいか……」

「も、もしかして、この病院で何度も出てきた、聖母様って人かもしれないですね!」

「その可能性もある……相手の姿がわかるのは、我らにとって有益……。皆……この写真をよく見ておくべし……」

 太刀風僧正の提案で、俺のスマートフォンを五人で順番に確かめるようにして見て回した。再び戻って来たスマートフォンをポケットの中に納めた。

 不用意なことだったかもしれないけど、撮影して正解だったかもしれない。

 そう思うと、ちょっとは役に立てたんだなという気持ちで満たされる。

「えーっと、見取り図ってやつによるとこれで西側は片付いた感じ? けっこー楽勝かもな。なぁ遥人。あははっ」

「なに言ってんだよ奏人。厨房ではめっちゃ怯えてたくせに」

「いやアレは怯えとかじゃなくて、ちょっとビックリってやつだよ。俺は余裕余裕」

 奏人が張り切って西側の病棟から、南側の病棟に移動していく。皆もそれに続いた。

 南側の病棟は、あまり部屋や個室などがない場所だった。

 売店だったと思われる一角や、病院の入院した部屋でテレビを見るためのカードを販売していた場所のようだ。

 天井はあるものの、庭のようなものも見て取れた。長い間手入れがされてないのであろう、植物はどれも枯れはてていて、小さな木も元気なく下を向いている。

「中庭の如きもののようじゃのう。なにか栽培していたのか、しかし天井がある場所に中庭というのもおかしなものじゃ。これだけ広い敷地なれば、外に庭や菜園を作ることも可能であったろうにな」

「それだけ……患者や職員たちを……病院の外に、出したくなかったのであろう……」

「ふむ、想像以上に徹底して患者たちを押し込めていたのじゃな」

 神楽が会議通話でも言っていた。

 患者は金持ちの家族だったり、身分有る人の身内だったりすると。

 そういう一族から入院する者が出たというのを知られるのを嫌い、作られた場所。

 それがこの廃病院なのだ。

 外に出ることさえ許されない――ここはもはや病院というより監獄のようだった。

「そこまでしなくてはいけなかったなんて。そうまでして、自由を奪われていたなんて……。とても悲しいことですね」

 あかりさんが寂しそうな声音で言う。その通りだと思う。

 患者や職員たちは、いったいどんな気持ちでこの天井のついた薄暗い中庭で植物を育てていたのだろう。

 不自由に対する不満、息苦しさ、恨み辛み、そして悲しみ……。

 この箱庭は、どうしたってつらすぎる。

「神楽、太刀風僧正。ここは念入りに清めておいた方が良いと思うんだけど」

「お主の言う通りじゃ遥人。ここには怨嗟がうずまいておるわ」

「我らが清めるが……お前たちも塩をまけ……。祓うための儀式を受けた、特別な塩だ……。この場所は文字通り……根から絶たねばならぬ……」

 太刀風僧正が袈裟のようなショルダーバッグから、紙に包まれた塩を出し皆に手渡した。

 それぞれに手分けをして、お清めを行ったり塩をまいたりする。

 庭の清めが終わり五人が集まると、中庭全体からホタルのような光が無数にあふれだしてきた。

「おおおっと! なんなんだよコレぇ!?」

「玉響現象、いわゆるオーブじゃな」

「オーブ?」

 周囲の白い小さな明かりたちを見つめながら、神楽に尋ねる。

「普段は、主に写真などに映り込むものじゃ。見ての通り、小さなホタルのような輝きを放っておる。通常、人間の肉眼では見えることはないはずじゃ。多くは写真や映像で確認されるものじゃな」

「オーブならあたしも知っています。世間的には、フラッシュの光が空気中の雨粒や微粒子などによって反響して映るんですよね。あたしたち霊能者にとっては、心霊的な意味もあると見ることも出来るというあの……。で、でもこんなハッキリ見えるなんて!」

 廃病院には似つかわしくない、幻想的な風景であった。

 それは、俺がここに足を踏み入れてから初めて感じる、暖かな空気のような気がする。

「こいつら、なんか喜んでいるのかな。そんな感じがする」

「何言ってんだよ遥人。怪現象が喜ぶもんか。それにしても、ここは投稿に使えるか悩みだなー。いくつか切り抜きとか特集作って、何個か別々に動画あげるかな。そっちのがアクセス稼げそうだわ」

 奏人はほとんど動画にして再生数を稼ぐことしか頭にないらしい。

 それでも、一応中庭に塩をまくのは手伝っていたし、何もしていないワケではないから良しとしよう。

「そうとも言えぬ。この玉響たちからは、確かに正の気を感じる。長年埋め込まれていた無念が解放され、安堵しておるのかもしれぬな」

「そっか、そうだったら嬉しいな。祓うって言うとなんでもかんでも力づくで追っ払う感じかと思ってたけど、こういう優しいお清めや祓いもあるんだな」

「我らはそもそも……この世のモノではない存在を……あるべき場所に還すのが役目……。荒事にならぬならば……それが本望……」

 太刀風僧正が中庭に静かに手を合わせる。

 俺もそれにならい、ここに埋められた悲しい気持ちの数々の浄化を祈った。

「これにて南側の病棟の清めも終いじゃな。時間が惜しい、東側に行くぞよ」

 そうだ、まだ先は長いのだ。俺は緩みかけた気持ちをもう一度引き締めた。

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