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【4】

 翌早朝、俺は目覚ましのアラームの音に叩き起こされた。

 朝の四時半。普段起きるような時間ではないから眠くて仕方ない。

 だが、朝や昼のほうが悪霊や呪いの効果を解きやすいという神楽の意見を、聞かないワケにはいかなかった。

 すわりんや、消えてしまった配信者たちを一刻も早く助けなければならない。

「俺に出来ること、何かあるのかなぁ……。ふわぁ、眠気と緊張で変な感じ」

 普通なら相反する感覚を身体と心に感じて、頭がパニックになっている。

 洗面台で顔を洗って、昨日支度しておいたカバンを手に取った。

 家族には『奏人と奥多摩にハイキングに行ってくる』とメモを残した。メールでも良かったが、もしも着信音で起こしてしまったら申し訳ない。

 駅までの道はほとんど人がいない。時折、犬を散歩させているおばあさんなどがいるくらいだ。ご老人は朝が早いってのは本当なんだな、などと思ってみたり。

 目的の駅まで着くと、電車に乗り奥多摩に向かう。

 画像検索は昨夜のうちにしてみたが「これ、本当に東京か?」と思わず声が出てしまうくらいに自然溢れる場所であった。

 神楽から聞いてはいたが、見てみるとやはり実感がある。

 ガラガラの電車のシートに腰掛け、目的地に到着するのを待つ。

 気を抜くと眠ってしまいそうなので、これから呪いを解くんだと気持ちを引き締め直す。

 やがて、目的地に着いて電車を降りると、駅のホームはがらんとしていた。

 朝早いしこんな自然あふれる場所なので、当然と言えば当然だった。

「神楽や奏人、太刀風僧正はもう来ているかな?」

 駅を出て、待ち合わせ場所である広場と思わしき所に向かった。

 そこには三人の人影があった。

 ……って、えええっ!?

「おいおい神楽、その姿、アニメ動画そのまんまじゃないか!」

 思わず声をあげてしまう。

 会議ではアニメ画像で動いていた神楽だが、その銀髪も大きな朱色の混じった瞳も、ちいさな鼻と細い唇も本人そのまんまだった。

 服は平安貴族が来ているような服だ。上着はほんの少しだけ青味がかった白。

 何か所かにオレンジ色の紐で結んである。下は赤い袴だ。

 立ち尽くす俺に三人が寄って来た。

「その声、お主が晴人じゃな?」

 神楽は、言葉使いまでそのまんまなのか。

「あ、ああ。こっちの身体の大きい人は太刀風僧正ですよね、今日はよろしくお願いします」

「うむ……時間前到着……良き事……。よろしく……頼む……」

 お坊さんが普段着に使う、いわゆる作務衣というものだろうか。

 太刀風僧正も神楽も、大きな荷物を持っている。呪いを解くには色々必要なのだろう。

 ふと、太刀風僧正の後ろから顔を出している、長い黒髪の可愛い子が見えた。

「神楽、あの子は?」

「ほれ、恥ずかしがってないで出てこい。こやつは月城(つきしろ)あかりだ。今回の解呪に役立つだろうと思い連れて来たのじゃ」

 女の子が、神楽に太刀風僧正の背中から引っ張り出される。

 可憐な顔立ちをした女の子だ。

 服は、神社の巫女さんが着ているようなものを着用していた。

「あ、あの、月城あかりと申します! その、人見知りで! 遥人さん、今日はどどど、どうぞよろしくお願いいたします!」

「こちらこそ、今回の件は俺から言い出したことなんですから。ご協力お願いします」

 挨拶を終えると、あかりさんはまた太刀風僧正の後ろに隠れた。

 彼らから感じる自然に馴染んだ雰囲気が、三人はもしかしたら長い付き合いなのかもしれないと思わせた。

 それにしても、奏人が来ない。

 俺は場をつなげるべく、話題を探す。

「えっと、あかりさんも悪霊とか呪いとかを封じ込めたりするんですか?」

「いや、あかりは降霊が出来るのじゃ。この廃病院で何があったか、知る必要があるでな」

「降霊?」

「あの、あたし、霊を身体に降ろすことが出来まして。そこから、廃病院にかつていた方に情報を得られるんじゃないかと、その、自信はまったくないんですが」

 降霊、霊を降ろす。

 なるほど。そこにいる霊たちに直接話を聞いて、廃病院が呪いの建物になった原因を探るということか。

 そんなことが出来る人間がいるなんて。

 イタコとか、口寄せなどを連想させる。

 これは心強い味方だ、本人はひどくオドオドしているけれど。

 それにしても奏人が遅い。モーニングコールをかけるべきだったかと思い始めたころ、駅前にようやくハンディカメラを持った奏人の姿が見えた。

「いやぁ~、ごめんごめん。寝坊しちゃってさ」

「たわけ! 早い時間の解呪が有効だと言ったであろうが! 一時間も待たせおって!」

「ほんっとごめん! いやー、神楽アニメ絵そのままじゃん! アイドルいけるんじゃね? かーわいーい! って、あれ? この子は?」

 奏人が恥ずかしがっているあかりさんに目を付けた。

「この娘もまた……呪いを解くのに必要な者……自己紹介は現場に向かいながらせよ……」

 太刀風僧正の言葉で、全員が歩き出す。

 神楽と太刀風僧正を先頭に、木々に囲まれた道を進んだ。

 これがやっかいだった。

 最初のころは木々が生い茂っていても、人が通った痕跡があった。

 しかし、途中からは本当の山道だ。俺たちは木々を手で払いながら進んだ。

 大きな身体の太刀風僧正がなんとか道を開き、その後をついて行く感じ。

 十分少々進んだだろうか、深い木々を抜けた。目の前に、大きな廃病院が見えた。

「これが、サクリファイス・ホスピタルの元になった病院……」

 確かに、ゲームを始める時に映る入り口の画像にそっくり、いやまるでそのまんまだ。

「こんなに忠実に再現されているだなんて」

「間違いなく、ゲームを作った者はここを訪れたのじゃろう。そして、何か呪いを仕組んで行った。いつか誰かが来ることも計算して、罠でもあるかもしれぬ。気を付けるのじゃ」

「わ、罠!? こ、怖いですぅ!」

 とにかく俺たちは、並んで入り口に立った。

 門には南京錠に似たカギで入り口が固く封鎖されていた。

「おいおい、これどーすんの? もしかしてここまで来て、引き返すってか?」

「問題ない……この程度は想定のうちだ……」

 奏人の言葉に太刀風僧正が言って、袈裟みたいなショルダーバッグから巨大なペンチのようなものを取り出して、カギに当てた。まさか……。

「ぬんっ!」

 躊躇うこともなく、ドアを止めていたカギが断ち切られた。

 想像以上にパワフルな入り方に、俺は乾いた笑いを浮かべてしまう。

 だがしかし、これもネットに拡がっている呪いを解くためだ、仕方がない。

「さて、廃病院に突入する準備は整ったのう。遥人、これを持て」

 そう言って神楽が渡してきたのは、十枚以上あるお札のようなものであった。

「神楽、これはなんだ?」

「護符、または符というものじゃ。悪霊などの退治につかう。これを悪霊にはればやつらは消え失せる。わらわの力を注ぎこんである業物じゃ。大切に使え」

「でも、なんで霊能力も何か特別な力があるワケでもない俺にこんなものを? 何もしなくても使えるものなのか?」

 受け取った、高価そうな紙に黒と赤の筆文字のようなものが記されたものを見る。

「修練を積んだものほどはうまく扱えまい。しかし、使うこと自体は出来る」

「へぇぇ~、お札とかって、そんなテキトーなもんなのか?」

 奏人が両手を頭の後ろに置きながら言った。

「テキトーではない。符は霊やバケモノに対する武器なのじゃ。武器を使うために訓練したものが使えば、さまざまな使い方も出来るし、より強力になる。だが、武器であるがゆえに、経験のないものでも使うことは可能なのじゃ」

「仏教も……神道……あらゆる教えも、また……霊を祓うのが目的ではない……。あくまで基礎トレーニングのようなもの……。そこから、新たな道が始まるのだ……」

 口笛を軽く鳴らした奏人が「よくわかんねぇけど、なるほどねぇ」と言って、気づいたように神楽に向き直った。

「ってさ。霊とかそういうのの武器になるんなら、俺にはどうしてくれないワケ?」

「奏人、お主はようは一般人じゃ。遥人のように五感・六感に優れているわけではない。お主に渡すなら、遥人に渡した方が良いと判断したまでじゃ」

「なにそれ、ひっでぇ!」

 奏人ぷいと横を向くと、あかりさんが遠慮がちに言った。

「あの、そろそろ廃病院に入ったほうが、いいじゃないかと」

「あかりの申す通り……時間は待ってくれぬぞ……」

 神楽が頷いて、俺たちを見まわして言った。

「わらわは昨日の夜、昔この病院で看護師として働いていたという女性に話を聞いた。その話では病院内での患者の扱いはひどく、奴隷のようだったという。つまり、怨念がたまりやすい場所なのじゃ。病院は地上三階と地下一階の作り。その中でも地下に送られた病人は特別にひどく、虐待なども受けていたという。恨みは深かろう。注意するぞ」

「まぁまぁ、精神病院なんてどこもそんなものってことだろ。レッツゴー!」

 神楽の話が終わると、ハンディカメラを構えた奏人が壊したドアを開け病院に入る。

 奏人はやはり心霊や呪いなど信じていないのか、どんどん奥へ進んでいく。

 神楽が、そんな奏人を呼び止めた。

「待たぬか、うつけもの! この病院は非常に複雑な作りじゃ。適当に歩けば迷う」

「だけど神楽、それならどうするんだ?」

「わらわに抜かりはない、病院の見取り図をコピーしてきておる。全員に配るから万が一はぐれた時のために持っておくのじゃ」

 さすがは神楽、準備の良いことである。

 手渡された見取り図を見ると、確かに病院は入り組んでいた。一階は広く東西南北に広がり、二階はその南側を切り取ったような形。

 三階は西洋の建物のように丸い形で建てられている。

「あの、なんだかすごく統一性のない形なんですね。あとから増築でもしたのでしょうか?」

「そこまでは調べられなかったがの、見ればわかるが階段の位置も少なく、部屋の大小も場所も複雑じゃ。手ぶらで行くには危険過ぎる」

「はいはい、悪かったよぉ」

 奏人が大して反省してない様子で、地図を受け取った。

「では……行くぞ……。皆、はぐれないように……行動すべし……」

 太刀風僧正と神楽を先頭に、俺たちは廃病院に入っていった。

 廃病院の中は、まさに廃墟というべき様子だ。

 もともとは白かったであろう壁も、赤と黒を混ぜたシミのようなものが浮き上がっていて気持ち悪い。床にも同じようなものが出来ている。

 受付は比較的原型をとどめていたが、机のそこらじゅうが傷つき、壊れていた。

「妙じゃな……」

 受け付け回りを見て回った神楽が言う。

「妙って、どういうことだ?」

「いくら古い建物でも、天井はしっかりしており雨や風にはさらされておらぬ。それなのに、壁という壁がおかしな穢れを放ち、受付もまるで何かで傷つけられたようじゃ」

「霊とかバケモノが、なんかしたんじゃねーの?」

「自らが宿っている場所を……わざわざ壊すのは……いまいち理解出来ぬ……」

 確かに言われてみれば、あちこちの汚れや破損は妙だ。

 俺たちが来るまで入り口にはカギがかかっており、窓も割れていない。

 それなのに、机など誰かに壊された感じである。

「患者が暴れでもしたのか……とにかく進むしかないが、注意するのだぞ皆の衆」

「いやー、イイ絵だ。こりゃあ動画の再生数伸びるわ。ところで、どこから行くんだ?」

 カメラをあちこちに向けながら奏人が聞くと、太刀風僧正が答えた。

「一階から三階を……順に清めていく……。最後に地下室に行く事になるかもしれん……」

「あの、太刀風僧正! 俺の友達はサクリファイス・ホスピタルってゲームで地下室に行って倒れたんです。地下室をまず調べてみるべきでは?」

「焦るな、遥人。地下室が一番怪しいのは確かじゃ。しかし、最も危険な場所も地下室じゃ。地下からイヤな気配が漂っておる」

 一番怪しいのに、なぜ最後に回すのだろう。

 俺が疑問に思っていると、俺の顔を見た神楽が言う。

「納得していないようじゃな。よいか遥人、病院全体を大きな呪いと考えよ。その中で地下室は呪いの本陣じゃ。まず、一階から三階を清めていく。そうすることで、地下室に集まる禍々しい気も少しずつ弱体化していくのじゃ」

「つまり、一番の強敵だからほかをやっつけて、弱ったところを叩くってことか」

「まぁ、平たく言えばそういうことじゃな」

「そ、それでも、かなりの気を感じます、この廃病院」

 あかりさんが小さな声で言った。

「この辺りはまだ大した存在は感じないが……あかり、お主一度降霊してみてくれぬか? まずは少しでもやつらのことを知りたいのじゃ」

「は、はいぃぃ! かしこまりました!」

 そういうと、あかりさんは受け付けの机を背にする形で正座した。

 ふところから何かを取り出して、首につける。

 ネックレスのようなものだが、ついている飾りが逆さまになっているように見える。

「なぁ、アレ。ペンダント? 逆さまになってないか?」

「あれでよいのじゃ。今あかりが身に着けたのは魔除けの首飾り。しかし、魔除けは逆さまになっている。つまり、わざと魔を寄せやすくするのじゃ」

「なるほど、それで降霊っていうのをしやすくなるのか」

「すっげー、降霊とかよくわかんないけど、雰囲気バッチリ! これも良いネタになりそー」

 奏人が相変わらずヘラヘラしながらカメラを回す。

 目を閉じたあかりさんが何回か深呼吸したあと、すぅーっとゆっくり空気を吸い込んだ。

 まわりの風が、まるであかりさんに引き寄せられるように吹く。

 深く息を吸いこんでいたあかりさんがピタリと呼吸を止め、かくんと首が下を向いた。

「お、おい! あかりさんだいじょうぶなのか!?」

「あれが降霊……間もなく何かが語りだすだろう……」

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