【1】
『遥人! 横に回れっ、一気に叩くぞ!』
「オッケー奏人。狙いバッチリ、いつでもいける!」
『おし、やるぞ!』
「よし! これで、ゲームオーバーだっ!」
俺はヘッドフォン越しの奏人の合図で、握りしめたコントローラーのボタンを押した。
画面の向こうで長距離射撃のスナイパーライフルが、乾いた音と共に発射される。
スコープの向こうで、ライフルに射抜かれた敵のリーダーキャラクターが倒れた。
奏人の操作するキャラも物陰から相手を奇襲して、マシンガンを浴びせかける。
『よしっ、散った! 遥人、リーダー狙撃ナイス! 残りは各個撃破でいくぜ!』
「油断するなよ、奏人!」
振り返り奏人に照準を合わせた敵をライフルで射倒し、さらに敵を追う。
『遥人ぉ、ナイスエイム! 今日も五感が冴えまくりじゃん』
「任せとけって。こういうのは得意中の得意だからな」
俺と奏人は一気に敵の基地を攻略していく。
後ろから、ようやく様子を見ていた自軍のキャラたちも押し寄せてくる。
コメント欄は俺と奏人を称賛する言葉で埋まっていった。
【ハルカナ、やっぱ半端ないわ】
【ハルト、ガチ天才スナイパーじゃね?】
【眼良すぎ、相手の物音も聞き逃さないし、勘もイイ。ホレるわ】
【わたしはダンゼン、カナト推しだけど】
【カナトもいいね、良い動きしてた】
【てかハルカナ、マジで息ピッタリ! もしかして双子!?!?】
『コメント、サンキュー。やっぱ俺ら最強っしょ』
「奏人、あんま浮かれんなよ」
『いいじゃん遥人、俺ら天才ゲーマーだわ、自惚れて良い感じだって』
奏人が得意そうな声で言った。
実際プレイしていた戦闘ゲームの複数対戦は、俺たち二人の活躍で勝ったようなもんだ。
奏人が自慢げに言うのもわからなくはない。
俺と奏人は小学校からの友人で今年、大学生になってから一緒にインターネットでゲームの実況放送を始めた。
ハルトとカナトで『ハルカナ実況』というチャンネルを持っている。
チャンネル登録者もそこそこ増えて来た。
元々俺はハルカと仮名を名乗っていたが、奏人が実況中にゲームに熱中し過ぎて『遥人!』と連呼しまくったせいで、意味が無くなってしまった。
それからは、お互い本名の遥人と奏人でプレイを続けている。
『無事、基地も攻略出来たし今日の放送はこの辺で終わりかなー?』
「そうだな。見てくれた皆、ありがとう。次の放送もよろしく!」
俺たちが言うと、コメントには【おつー】【楽しかった!】【次も期待!】など色々な言葉が送られてくる。
やっぱりレスポンスがあると嬉しいものだ。
『それじゃ、皆バイバイ! ……っと、遥人、今日もお疲れー』
放送を切った奏人が、気の抜けた声で言った。
マイク越しに「ふぅっ」と大げさに息をはく奏人の声が聞こえる。
「お疲れ、奏人。今日はこれからなんかやる?」
『どーすっかなぁ。特に予定はないんだけど。どっか飯でも行く?』
奏人の家はそんなに遠くない。
学校は夏休みだし、俺も奏人も近所に住んでいるので、会おうと思えばすぐに会える。
奏人の提案に、俺は「うぅん……」と曖昧な返事で応えた。
どうにもゲームを集中してプレイした直後は緊張感が抜けない。
そのせいか、あまり空腹も感じていなかった。
ダラダラ喋るのも悪くないが、それならこのままオンライン通話でもいい。
「食事はちょっと遠慮しとこうかな。まだ身体がほぐれてないや」
『なんだよ遥人ってば、相変わらずカチコチになって配信しちゃってるのかよ。俺たち今や人気者よ? いい加減慣れろよな』
「なんか集中し過ぎちゃうんだよね、ちょっと息抜きでもしようかなぁって」
ふぅん、と頷いた奏人がパソコンのマウスを押す音が聞こえた。
数度マウスをクリックすると、奏人が『おっ』と声をあげる。
『飯行かないならさ、配信見に行かね? すわりんがゲーム配信してるんだよ』
「すわりんの放送か、それもいいな。ちょっと見てみるか」
すわりんこと『体育すわりの人』は同じ大学に通う同級生、田村日和のネットネームだ。
何度か一緒にゲームの配信もしたことのある、友達であり配信者仲間である。
俺たちはキャラクターイメージのイラストをくっつけているだけの実況者だ。
だけど日和は、Vチューバーと言われるアニメ風のキャラクターが配信者の動きに合わせて動く配信スタイルを取っていた。
パソコンから配信サイトにアクセスして、すわりんのページに移動する。
画面には可愛いアニメ絵と『すわりんが行く! 恐怖の廃病院!(絶叫注意!)』という放送タイトルがつけられていた。
「すわりん、ホラーゲームでもするのか? そういうの苦手じゃなかったっけ?」
『文字通り絶叫放送になりそうだな、はははっ』
奏人が声をあげて笑った。
俺はなんだかイヤな感じがして落ち着かない。
やがて、画面が切り替わる。
ゲーム画面のようだ。傍らには、アニメ画像で動くすわりんのアイコンもあった。
『みんな~、お待たせ! 今日はホラーゲーム実況だよー! 今回プレイするのは最近ウワサになってるホラーゲーム、これ! サクリファイス・ホスピタルですっ!』
すわりんの可愛らしい声が聞こえる。
俺はシューティングゲームやサバイバルゲームばかりやるので、ホラーゲームには詳しくない。サクリファイス・ホスピタルも初めて聞くタイトルであった。
『へーっ、あのすわりんがサクホスをやるんか。すげーうるさそっ』
「サクホス?」
『サクリファイス・ホスピタルの略称だよ。遥人ホントにホラゲは知らないんだ』
「ふぅん、サクリファイス・ホスピタルで、サクホスね……」
ホスピタルは病院だろう、ずっと前に英語の授業で習ったはずだ。ただ、サクリファイスという言葉は聞きなれない。
俺はスマホで手早く検索してみることにした。
【サクリファイス 意味:生贄】
――いけにえ?
生贄病院、なんだか気味の悪いタイトルだ。
すわりんは挨拶もそこそこに、さっそくゲームを始めて行った。
どうやら廃病院の中をプレイヤーが探検していくゲームのようだ。
『うわぁ~、めっちゃ怖いねー! わーっ!』
声をあげながら探索していくすわりん。
視聴者たちはすわりんが怖がっているのを楽しんでいるようだ。
コメント欄も活発に動いていた。
『よーし、これで一階から三階までは探検終了だよー! すわりん、ちゃんと出来た! わーい! 褒めて褒めてー!』
アニメのすわりんが笑顔を見せる。
すわりんに【おつかれ】【楽しかった!】などのコメントが寄せられる中、真っ黒なアイコンのユーザーがひとつのコメントをつけた。
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室に行きましょう】
地下室――なんだかイヤな予感がした。
コメントがどんどん増えていって、やがてそのコメントはすわりんが目にするまえに流れていってしまう。
しかし――。
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室に行きましょう】
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室に行きましょう】
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室に行きましょう】
流れてしまったことが不快だったのか、同じアイコンからメッセージが連打された。
「なんだよ、こいつ。気持ち悪いな」
『よっぽどすわりんがビビってるとこみたいんじゃね?』
すわりんもメッセージに気付き、返事をする。
『わー、なんか熱烈なコメント来てるー! 地下室なんてあるんだ。じゃあ、行ってみようかな? とりあえず三階から一階に戻りまーす』
画面が今まで通った道を戻っていく。
それにしても、本物の廃病院のように作り込まれた画像である。CG技術がすごいのか、写真でも流用しているのか。
一階に到着したすわりんが、画面視点を左右に動かしている。
『えっと、地下室があるんだよね? どこから行くのかなぁ?』
ゲームの中を迷うように進むすわりん。
それを、さっきの真っ黒なコメントが案内した。
【受付のウラのカルテ保管室から、戸を動かすことが出来ます】
なんだろう、こいつ。こんな風に地下室に執拗に追いこんで。
すわりんに教えて気分良くなっているのか、それともどうしてもすわりんを地下室に行かせたいのか。
『あっ、あったー! ここが地下室だね! よし、地下室探検ツアー行こう!』
【おー、盛り上がってきたー!】
【それでこそすわりん】
【今日最高の絶叫、今度こそたのむ!】
コメントも盛り上がる。
けれど、すわりんが地下室の階段を降っていくにつれて、俺にはどうしようもない悪い予感がやってくる。胸が締め付けられるように苦しい。
「なぁ、奏人。なんかこのゲーム変じゃないか? やな感じがする……」
『なんだよなんだよ、遥人までビビってるのかー。俺らはただ見てるだけだろ』
「そうだけどさ……」
奏人には、この不気味な感覚は感じないようだ。俺の気のせいか?
でも、すわりんがこれ以上進んではいけない気がする。
ゲーム的な何かというより、俺の中の勘が行ってはいけないと言っている。
『わー、長い階段だったねー。これが地下かー。なんか扉があるね、こわ~!』
すわりんが地下室に到着すると、これ以上はまずいという思いが俺の中に溢れ出す。
【ちょっと待った、すわりん! これ以上行かないほうがいい!】
俺は急いでコメントを送った。
本当ならスマートフォンに連絡したかったが、配信者は配信中はスマートフォンの通知をオフにしているだろう。
『あれ? ちょっと待って。友達のねー、遥人君がこれ以上行かないほうが良いだってー。遥人君ね、すごく察しが良いというか、勘が鋭いんだ。どうしよっか?』
すわりんはいったんゲームを止めてくれたが、コメント欄がおさまらない。
【ここまで来たんだよ、すわりん!】
【めっちゃ続き気になる! このまま進めて!】
【もう少し続けよ! こっからがクライマックスじゃん!】
「くっそ、こいつら無責任に言いたいことを……」
『水差すなよ、おい。ったく、気にし過ぎだよ遥人。それに、今日のすわりんの放送めっちゃ盛り上がってるじゃん。邪魔しちゃ悪いって』
コメント欄も奏人も気にした様子はない。俺の思い違いだろうか?
だけど、この背中が冷えるような感じは何か起きる。
皆が言うには勘が鋭いらしいが、とにかくそれは今まで外れたことがない。
どうするか迷っている間に、すわりんはゲームを進める選択肢を選んだ。
『そうだよね。きっとここが一番ピークっぽいし、行くしかないよね! よぅし、すわりん、行きます!』
すわりんがほとんど視界の効かない暗い地下室を進んでいく。
目の前にドアが三つ並んでいた。
そのうちのひとつ、真ん中のドアがうっすらと開いている。
まるですわりんを誘っているようであった。
『ここだけ開いてるぞー。まずはここに入れってことかなぁ』
すわりんが進む。ゲーム内のキャラがドアノブに手を伸ばす。
ドアの向こうに、白い服をまとった髪の長い女性がいる。
髪が下ろされていて、顔は見えない。
『わー、こっわ! いきなりなんか居るよぉ~! これ接触したらイベントかな、怖いけど……ザザザッ……手を……ザッ……』
ふいに、すわりんの放送画面が乱れ、音声も飛び飛びになった。
ゲームを放送している画面にノイズが現れ、マイクにもおかしな音が入り込む。
「うわっ、なんだよこれ!」
『おー。びっくりしたなー、すわりん、こんな演出するんだな』
「いやいや、すわりんがこんなことしたこと、一度もないだろ! 何かヤバイって!」
『だからぁ、遥人は気にし過ぎ。すわりんじゃねーなら、サクホスの演出かなんかだろ?』
画面がさらに乱れる。
すわりんの声も、だんだんと遠くなっていく。
『なに……こ、……おかし……あ、ああ……うううっ……え、お……せい、ぼ、さま……』
すわりんが机に突っ伏したのか、ガタッと音が響いた。
すわりんが最後に何か言いかけていた気がする。
せい、ぼ、さま。――聖母様?
何かのメッセージだろうか、どういうことだろう。