【11】
翌日、俺は全身の疲れとともに目が覚めた。
あれだけ大立ち回りをすれば当然だろう。
夜に帰って来て衣服もひどく汚れていて、母さんにお小言までもらってしまった。
衣服にもお清めはしてもらったので、呪いの心配はないだろう。
俺は配信者たちやすわりんが解放されたのか気になって、すわりんに電話を入れた。
すぐに、元気の良い声が返ってくる。
『遥人くん、おはよー! なんか私、配信してて倒れてたの、遥人くんが気付いてくれたんだよね。どうもありがとう!』
「ああ、それはいいよ。全然気にしないで。それより体調はどう?」
『うん、元気! 朝早くから検査とかもしたけど、それも異常ないって。むしろ今まで倒れていたのが不思議なくらいって言われちゃった!』
「そうか、良かった。なんでもないみたいで安心した」
良かった。サクリファイス・ホスピタルの呪いはどうやら解けたようだ。
これで、消息不明になっていた配信者たちも帰ってくるであろう。
俺はすわりんと、夏休みの課題のこととか、今度奏人と三人でゲーム実況しようねなんて話を終えて、電話を切った。
――終わったのだ。
インターネットの世界に溢れていた呪い、サクリファイス・ホスピタルはこれで終わった。安心感と達成感でベッドのうえでごろんとしていると、俺のスマートフォンが鳴った。
着信は、神楽と書いてある。
「もしもし、神楽。昨日はお疲れ様。意識を失っていた子も元気になってたよ。今回は本当に、力を貸してくれてありがとうな」
『そうか、それは何よりじゃ。では遥人、今から廃病院まで来い』
「ええっ!? だって、お清めもお祓いも終わっただろ? お清め直しか?」
俺の問いに、神楽はふぅっとため息をついて答えた。
『遥人よ、冷静に考えてみるのじゃ。確かに、『今回』かけられた廃病院の呪いは終わった。だが、それですべてが終わったワケではないじゃろう』
神楽の言っていることの、意味がわからない。
サクリファイス・ホスピタルの呪いは終わったのに、廃病院の呪いは終わっていない?
「ちょっと、よくわからないな。廃病院の呪いは解けただろう。それがすべてじゃないのか?」
『頭の回転の悪いやつじゃのう。考えてもみよ、廃病院の幽霊やバケモノたちが、インターネットにゲームを作ると思うか?』
言われてみれば、霊やガイコツどもにネットゲームを作れるはずがない。
――ということは……。
「廃病院の呪いは終わったけど、あのゲームを作った人間は野放しということか!?」
『そうじゃ、そやつを放っておけばせっかく廃病院の呪いを解除したのに、またいつの間にか呪われたゲームが復活してしまうかもしれぬ。それを防ぐために、廃病院に向かうのじゃ。わらわに考えがある』
もうあの廃病院や聖母様を、何かに利用されるなんてあんまりだ。
「なるほど、わかった。他の三人も呼んだのか?」
『いや、お主だけだ。太刀風は傷が多く無理はさせられぬ。あかりも同じく、無茶な降霊でしばらく休養が必要じゃからな』
そうか、ふたりはかなりの無理をして戦っていたもんな。
しかし、奏人は呼ばなくてよいのだろうか?
「それなら、奏人はどうだ? 閉じ込められたトラウマがあるから来ないかもだけどさ」
『あやつはよい。今回は特に一般人の感覚は必要ない。お主の手を貸せ』
「わかった、すぐ支度して出る! 待っててくれ!」
俺は慌てて着替えをすまし、母さんに「ちょっと出かけてくる!」と言って家を出る準備をする。母さんの「もう服は汚さないでちょうだいね!」というお小言を受けながら、靴を履いて家を出た。
電車に揺られ廃病院の最寄り駅につく。
神楽の姿がない。さっきの電話の口ぶりからしても、先に来ているのかもしれない。
俺は廃病院に向かいながら、神楽にメールを送った。
『廃病院におる、受け付けのところで合流じゃ』
簡潔な返事が返ってきた。
俺は相変わらず薄暗くてほこりっぽい、廃病院へと足を踏み入れた。呪いの解除は終わっているとはいえ、昨日あんな目にあった場所だ。入るのにちょっと勇気が必要だった。
中に入って少し行ったところの受け付けに、神楽の姿があった。
「来たか、遥人。遅いぞよ」
「神楽、無茶言うなよ。これでも急いで来たんだぜ。それで、ここで何をするんだ?」
「決まっておろう、呪いの根源を断つのじゃ」
「呪いの根源を? それは昨日の聖母様を倒して断たれたんじゃないのか?」
俺の言葉に、神楽は呆れた視線を向けた。
「話したであろう、根源はふたつ。廃病院の呪いは聖母様かもしれんが、ゲームを作り呪いを振りまいた者もおると言ったじゃろうが」
「わかってるけどさ。それを断つっていうのは、ここですることなのか? もっと配信元をたどるとか、ネットを使ってやるんだと思っていたから」
神楽は首を横に振った。
「確かにネット上で消すことも出来るかもしれん。しかし、この廃病院がある限り悲劇が繰り返されることは大いに考えられる。なにせ、あのゲームは意図的に作られた物じゃからな」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「のちのち説明する。地下室にいくぞ」
さっさと歩きだしてしまった神楽のあとを追い、地下室に向かう。
一階は多少は明るかったが、地下室には明かりひとつない。昨日と同じように、俺と神楽は懐中電灯とカンテラで足元を照らしながら進んだ。
神楽は迷わず、地下の広場で真ん中のドアを開いた。
すると、そこにはすでに光がついていた。そして――。
――そこには、なぜか奏人がいた。
「奏人っ!? なんでこんなところにいるんだよ?」
俺と神楽の姿を見て驚いた奏人が、すぐにいつものように笑った。
「あっはは! なぁんだおふたりさん、お揃いでデートかよ! いやね、お前ら昨日は地下室行ったんだろ。でも俺は結局一階で閉じ込められててさー、地下室見てないじゃん。俺も一度は見てみたいなーって」
「だからって、危なすぎるぞ奏人」
俺が呆れてため息をつくと、神楽が沈んだ声で言った。
「ほう、あの怖がりのお主が、たったひとりで最も危険な地下室を見に来たのか?」
「ああ。だってよ、地下室がクライマックスだろ。見ておかないとさ」
「地下室がクライマックスなら、なぜ昨日のようにカメラを回していない? 一番撮るのに最適な場所であろう?」
言われてみれば、奏人はカメラを持っていなかった。
奏人のことだから、うっかり家に忘れてきたのかもしれない。
「あー、カメラは忘れちゃってさ」
「そのわりには用意周到でやってきたものじゃのう」
神楽が、奏人のそばにある大きなバッグを指さしていった。
なぜ、こんなに神楽は冷たい声を出すのだろう。
「いやいや、これはアレよ。万が一俺ひとりで霊とかにあったらヤバいから、お守りとか色々持ってきたんだよ」
「それだけの準備をする人間が、カメラだけ忘れるのは不思議だのう」
神楽の言葉に、奏人は少しイヤそうな顔をした。
「なんだよ神楽、忘れ物くらいだれにでもあるじゃんか、なんか言い方きついっつーか」
「それに、お主はこの廃病院にわらわたちと初めて来たとき、さっさと廃病院の中を進んでいったのう。わらわの見取り図も受け取らずに、こんな複雑な場所なのにな」
「それは、はやくカメラで撮影したかったからだよ」
神楽と奏人の間に、不穏な空気が流れる。
俺は口を挟むことも出来ず、二人のやりとりを聞いていた。
「そういえばお主、手に血豆が出来ていたな?」
「ああ、ゲームやり過ぎちゃってさ」
「わらわもゲームはたまにする。だが、そんな血豆は出来んのう。まるでツルハシかスコップで長い時間地面を掘り進めていたような血豆じゃな。何か、例えば病院に埋められた遺体を掘り返すようにな」
神楽の言葉に、奏人の顔から笑みが消えて行く。
「なんだよ神楽、何が言いたいんだよ。ったく、つっかかりやがって」
「お主は一階で閉じ込められた。そうじゃったな?」
「うえっ、思い出させるなよ。またゾッとしちまうじゃねーか」
「奏人よ。あのドアにはなんの霊気も感じなかった。わらわは気付いていたぞよ」
あの独房のドアに霊気を感じなかった?
でもあれは廃病院の呪術なのでは?
「そんなこといったって神楽! 俺実際に閉じ込められたじゃんかよ!?」
「あの独房を調べた。すべてが古びている中、独房には不自然な新品のカギが設置されておったよ。しかも独房の内側にな。人を閉じ込めておく独房の『内側』にカギなど、不自然じゃのう、なぁ奏人」
「……」
「お主はさりげなくわらわから装備を奪い、あの部屋の中に立てこもった。そして助けてくれと叫び日続け、時間も稼いだ。廃病院の霊に有利な夜まで時間を稼げるようにじゃ」
神楽の言葉に、俺は考えがまとまらない。
それって、つまり奏人が……だけど!
「遥人やあかりが金縛りにあったファイルのデータも調べた。お前と同じ苗字の女性のこともな。これ以上、証拠は必要か?」
神楽の言葉に、奏人の顔つきが一変した。
今までのノリの軽いチャラい顔から一変して、鋭い目でいびつに口元を歪める奏人。
こんな奏人の顔を見るのは、初めてだった。
「くっくっく……。あっはははは! さっすがはウワサの神楽さんだねぇ。すべてお見通しってワケか」
「すぐに気付いたワケではない。昨日の行動をすべて照らし合わせて、考え付いたのじゃ」
「そうだよ、俺がこの廃病院の呪いを復活させ、サクリファイス・ホスピタルを作り、電子の世界にその呪いをバラ撒いたのさ」
奏人の信じられない告白に、俺は心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
「な、なんだって!? 奏人、お前……本当に、そんなことをしたのか?」
「ああ、やったとも。すべては母さんのため。うまく行っていた。思った以上にうまく行っていたんだ。遥人っ! お前がゲームを調べ始めるまではなぁ!」
憎悪の詰まった目で、奏人が俺を睨む。
震える手で、俺を刺すように指さした。
「俺はゲームを使い魂を集め続けていた。配信者たちにゲームを流行らせ、インフルエンサーを利用して、より多くの人間がサクリファイス・ホスピタルをやるように仕向けた。それは大成功だった。てめぇが! てめぇがゲームを調べるまでは!」
「そんな、バカな……。どうしてそんなことをしたんだ!?」
奏人が唇をギリギリと噛み締めている。その端からは血が流れていた。
「魂を集めて、母さんをよみがえらせるためだ!」
「奏人の、母さんを?」
「そうだ! お前らが聖母様と呼んでいた、俺の大切な母さんだ!」
聖母様が、奏人の母さんだった――?
信じられない事実に、俺は呆然と立ち尽くしてしまう。
「母さんはな! 家族に虐待され続けて精神を病んで、うちのじじいとばばあにこの精神病院に押し込まれた! それでも母さんは優しいままだった。患者や職員に優しく接し続け、いつしか聖母様と呼ばれるようになったんだ!」
「しかし、聖母様は亡くなって……」
「病院の偉い連中が焦ったのさ。ひどい待遇と食事、残酷な場所に閉じ込めている罪悪感。もしも母さんを、聖母様を中心にして患者たちが大規模な反対運動をしたらマズイと暴動を恐れた! そして、母さんの食事に毒を飲ませて殺したんだ!」
「そんな、なんてこった……奏人の、母さんが……」
こんな病院に入れられた挙句、危険人物として殺される。
ただ、患者たちに優しく接していたがために――。
それはあまりにも悲劇だった。
「遥人っ! お前さえいなければ……お前がサクリファイス・ホスピタルを調べ、神楽を呼び、それが太刀風とあかりまで呼び込むことになった。俺が仕掛けた呪術まで全部突破されて……せっかくよみがえりかけた母さんまで奪いやがって!!」
「奏人、奏人はただのゲーム実況者の学生じゃないか。どうしてそんなことを!」
「俺はな、じじいとばばあと親父が俺が五歳のときに母さんをこの病院に押し込めてから、ずっと魔術や呪いの研究を勉強し、計画を進めていたんだ。母さんを救うために!」
そんな。一緒にゲームをして、遊んで、学校で過ごして。
ありきたりな生活のウラで、奏人がそんな計画を進めていただなんて。
「人の魂を集め続ければ、いつか母さんはよみがえるハズだった。それを! お前がすべて台無しにしたんだ遥人っ!」
「それで、再びこの廃病院で呪術をはりなおすため戻って来たのじゃな」
「そうさ、俺はあきらめない! 何度でも呪いをまき散らし、母さんを救ってみせる!」
奏人は自分の母親を救えると信じているのか。
でも……聖母様は言っていた。
私を眠りから覚まさないで。これで、ようやく静かに眠れると。
「奏人! 聖母様に会っていないお前はわからないかもしれないけどな、あの人は廃病院に憑りついた呪いで苦しんでいたんだぞ」
「バカなことを言うな! そんなワケあるか! 母さんはよみがえりたいに決まってる。あんなひどい死に方をして、この世に未練だって残ってるはずだ」
「本当だ! 聖母様は静かに眠りたいと言っていた。奏人、お前のやってきたことは間違っていたんだよ。誰も喜ばない。誰も幸せにならない。聖母様さえもだ!」
奏人が目をかっと開く。
充血した目は狂気を宿していて、じっと俺を見続ける。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 母さんはっ! 母さんはっ!」
「真に憑りつかれておったのは、この廃病院ではなく、あぬしだったのかもしれぬのう」
「うるさいっ! 俺はもう一度、廃病院の呪いを復活させる! 母さんを今度こそよみがえらせて見せる! そして、ずっと一緒に母さんと生きていく! ……お前たちは、邪魔だ」
奏人がポケットからナイフを取り出した。
ゆっくり、じりじりとこちらに迫ってくる。
なんとか奏人に間違いに気付いて欲しい。奏人を止めたい。
でもそれは、叶わない願いなのだろうか。奏人はここまで俺たちの話を聞いてなお、俺たちを殺して呪いをもう一度始めようとしている。
「奏人、もうよせ! そんなことはやめろ!」
神楽を守るように彼女の前に立って、俺は言った。
奏人はナイフをにぎったまま、近づいてくる。
逃げれば、廃病院の呪いを再開させてしまう。追ってくる可能性もある。
しかし、霊木刀もなしに神楽と自分の身を守ることが出来るだろうか。
ふいに、奏人の後ろに黒い煙のようなものが湧き出した。
それは次第に大きくなっていき、奏人を包み込むように広がっていく。
「おい、奏人! 危ない、後ろ!」
「はっ、そんな手に引っ掛かるかよバカ野郎! 死ね!」
奏人がナイフを振り上げた瞬間、煙はその腕をがっしりと捕まえる。
「な、なんだよこりゃ!? なんでまだ何もしていない廃病院でこんな現象が!?」
奏人が必死に煙を振り払おうと身体を動かす。
しかし、奏人が動けば動くほどに黒い煙は奏人の全身を包んでいった。
「奏人! 神楽、あれはいったい……?」
「呪いをかける者は、自身もまた呪いを受ける。因果応報じゃ。この病院とて、呪いの思いを抱いていた人間だけにあらず。身勝手な奏人の思惑で無理やり酷使された霊どもが怒っているか、あるいは……」
全身を煙に包まれた奏人が、俺に向けて腕を伸ばした。
「遥人っ! 助けてくれっ!」
「奏人っ! 今行く、待ってろ!」
俺は急いで目の前の奏人の伸ばされた手を掴もうとした。
しかし、俺の手が届くわずか前に、奏人の全身は黒い煙に包まれ――消えた。
「奏人ー!」
黒い煙は奏人を包み込み、奏人と共に消えて行く。
煙が消えた場所に、カランと奏人の持っていたナイフだけが落ちた。
「奏人……そんな……」
「これはあるいは、奏人の母親の最後の慈悲かもしれぬな」
「奏人の母親……聖母様の?」
「そうじゃ。自分の息子に、せめてもうこれ以上罪を犯さないようにしたのかもしれん」
「……奏人」
奏人と過ごした日々。楽しかった思い出ばかりがよみがえる。
だけど、奏人。お前は俺と遊んでいたときもずっと、こんな復讐を思い描いていたんだな。たったひとりで、誰にも言えず、孤独に――。
ほほを、何かが伝った。
腕で拭い、俺は自分が泣いているのだということに気付いた。
「遥人、気持ちは察するがこの悲劇を完全に終わらせねばならぬ。手を貸せ」
「廃病院の呪いも解いた、サクリファイス・ホスピタルを作っていた奏人も消えた。それなのに、まだ呪いがあるっていうのか?」
「一度無理やりにでも起こされた怨念は、そう簡単には消えぬ。葬ってやらねばなるまい」
「葬る? どうやって?」
俺が不思議に思っていると、神楽が持っていたカバンを降ろし荷物を取り出した。
それは大量の、ジッポオイルだった。
「この廃病院を、呪いの根源のすべてを焼き払う。そうして、この地に縛り付けられた悲しき霊たちを荼毘にふしてやるのじゃ」
「この廃病院を、燃やす……」
とんでもないことである。だけど――。
辛い思いをして、苦しい生活を強いられて、死してもなおこの廃病院から出る事のかなわない魂たち。彼らを救うには、そうするしかないのかもしれない。
「幸い周囲は大きな空き地じゃ、今日は風もほとんどない。延焼する心配は不要じゃ」
「神楽、まさか風のことまで調べてきたのか?」
「当たり前じゃろう。森林に燃え移っては大事故ではないか」
言いながら、神楽がオイルをそこらじゅうにまき始める。俺のほうを見て「なにをぼーっとしておる。お主も手伝わぬか!」と催促した。
専門家が言うなら、間違いないだろう。それに、俺もこの廃病院にずっと閉じ込められていた霊、いや人々を解放してあげたかった。
オイルの缶を取り、周囲にまいていく。
「それにしても、ものすごい量のオイルだな」
「病院ひとつ焼き払うだけの量が必要じゃ、当たり前じゃろう」
結局俺たちは長い時間をかけて、地下室から一階、二階三階までオイルを撒いて行った。
薄暗くなるころ、ようやく作業が終わった。
オイルをわずかにたらしながら病院を出ると、神楽が俺にジッポを手渡してきた。
「遥人、お主がやれ。これもまた、経験じゃ。奏人も、お前に葬られた方が嬉しかろう」
俺は無言でジッポを受け取り、着火してオイルの端っこに近づけた。
「さよなら、奏人」
オイルは瞬く間に燃え広がり、炎が病院の中に入っていく。
熱で派手な音を立てながらガラスが割れ、病院中が炎に包まれていった。
俺たちは、その炎の熱が届かない場所まで下がった。
横では神楽が呪文を唱えている。きっと彼らの成仏を祈っているのだろう。
俺もまた、手を合わせる。
――奏人。いつか、きっと帰って来てくれるよな。
いつものバカ騒ぎして元気で明るいお前に戻って、帰って来てくれるよな。
俺はずっと、それを待っているからな。
燃え盛る廃病院を背に、俺たちは駅へ向かって歩き出した。