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【10】

「あ、あたしがあの、聖母様の動きを止めますっ!」

「なんじゃと!?」

「あかりさんが!?」

 俺たちが攻撃に対応しながら、あかりさんの突然の申し出に困惑した。

「あの聖母様だって、霊のはずです! あたしの降霊の術で彼女をあたしの上に降ろします。そこで、動きが止まったところをおふたりでなんとかやっつけてください!」

「しかし! あんな強力な霊を身体に宿したらただではすまぬぞ、あかり」

「でも、今はこれしか方法がないと思うんです! あ、あたし、戦いにはぜんぜん力になれなくて……せめて、これだけはやらせてください!」

 決意の表情であかりさんが言った。

「けど、あかりさん! あまりに危険だっ!」

「だけど、このままでは皆やられてしまいますっ! あ、あたし、遥人さんと神楽さんに守られながら一生懸命考えました。これしかないって!」

「そんな……!」

 俺が戸惑っていると、神楽が叫ぶ。

「遥人、あかりの言う通りじゃ! このままでは全滅じゃぞ、策はそれしかない。やるぞ!」

「ここで迷えば、皆やられてしまう……。わかった、どうするんだ!?」

「あかりを部屋の真ん中に連れて行き、降霊の儀式をしてもらうのじゃ。降霊が終わった瞬間、あかりの上に現れた聖母とやらを叩くぞ!」

「わかった!」

 神楽と俺は襲い来る攻撃を払いながら、部屋の中央に走る。あかりさんも続く。

 中央につくと、あかりさんが素早く逆さ魔除けを身に着けた。

「なんとしても抑え込んでみせます! あとは、おふたりによろしくお願いいたします!」

 俺たちが守る中、あかりさんの降霊の儀式が始まった。

 周囲に満ち溢れていた黒い闇が、少しずつあかりさんに吸い寄せられていく。

「くっ、あ、あああ……!」

 あかりさんが苦しそうな声を出しながらも、降霊の儀式を続ける。

 周りの風があかりさんに集まって行き、それと共に黒い闇もあかりさんに入り込む。

 ――そして、あかりさんの頭上に黒い髪の女性、聖母様が現れた。

「やった、成功した!」

「喜んでおる場合ではない、遥人! 一斉にやるのじゃ!」

「おう!」

 あかりさんの頭上の聖母様に、神楽と共にかかっていく。

 俺の霊木刀が、神楽の符が聖母様に直撃した。

『うあっ……あああ! があぁぁぁ!!』

 一瞬ひるんだ聖母様が、しかし力を取り戻し黒い影で俺たちを殴り飛ばした。

「ぐはっ!」

「むぅ……! 降霊で抑え込まれてまで、なおあれほどの力を残しておるとは」

 あかりさんの頭上に降霊で束縛された聖母様が、触手のように何本も黒い影を出した。

 その影が、俺たちに襲い掛かってくる。

 再び、攻撃を防ぐことで手一杯になってしまった。これではあかりさんが――。

 何度も打ち払われて学習したのか、触手がまとめて神楽だけを狙い動いた。

「ふん、わらわが負けるものかっ!」

 神楽が触手たちに対して符を差し向ける。

 しかし、触手に触れた符がみるみる黒く染まっていった。

 符が少しずつ、端から散って落ちていく。

「くっ、おのれ、符ではおさえきれぬ……!」

「神楽ー!」

 急いで助けに向かう。間に合うか――。

 しかし符が粉々になった瞬間、神楽は両袖から赤い組紐を出して触手を縛り上げた。

「甘いわ! こんなもの、封じ切ってやるわ!」

「神楽、それは?」

「神聖な水に浸し、浄化された由緒ある紐に清廉な乙女の髪を縫い込んだ一品じゃ。とっておきは、最後までとっておいてこそ、じゃ! ここは良い、ゆけ、遥人!」

「わかった! 今度こそっ!」

 触手を紐で締め上げるように押さえつけた神楽の言葉を受け、俺は聖母様に向けて駆けだした。しかし、聖母様は新しい触手を放ち俺の行く手を阻む。

 そのとき。

「喝っ!」

 男性の大音声が響いた。

 振り返ると、身体中切り傷だらけの太刀風僧正が立っていた。

「神楽、遥人……待たせたな……。攻撃は我れが抑える……遥人、行け……!」

 聖母様が次々と触手を放つ。だが、それを太刀風僧正が長い数珠で巻き込んで抑える。

 聖母様の真正面が空いた。

 俺は一気にそこに走り込んだ。

「今度こそ、終わりにする! でやぁぁぁぁ!」

 全身全霊をかけて、聖母様の頭上に渾身の力で霊木刀を振り下ろす。

 強い手応え。

 霊木刀は聖母様の頭を叩き潰すようにめりこんだ。

「やった!?」

 触手たちの動きも止まり、パタリと地面に落ちていく。

「これで、終わったのか?」

 霊木刀を叩きつけたまま俺がつぶやくと、神楽が叫んだ。

「まだじゃ遥人! 触手たちも聖母本体も消えておらぬ!」

「っ!? くそ、もう一度!」

 しかし、霊木刀を振り上げようとした瞬間、聖母様の霊木刀がめり込んだ頭部がグネグネと動き出した。

 そして霊木刀を飲み込むようにしてうねると、手にした霊木刀をは真っ黒になり折れて粉々になった。

「そんな……!?」

 霊木刀が、武器がなくなってしまった――。

 どうする、どうすればいい――。

 焦るな、こういうときに冷静だったやつが勝つ。

 何か方法があるはずだ。何か……。

 廃病院の入り口。

 そうだ。俺はあのとき、神楽に符の束を渡されている。

 この距離なら、聖母様の本体中心に符を叩き込める――。

 ポケット、手を伸ばし掴む。

 符。

 俺は両手でありったけの符を取り出し、聖母様に叩きつけた。

「これで、ゲームオーバーだっ!」

 空気が破裂するような、激しい音が鳴り響く。

 符が一枚、また一枚と黒く染まり散っていった。

 最後の一枚。

 聖母様の中へ、奥へ、身体の中心に叩きこんだ。

『あっぎゃあああ!? うああああっ!! あああああっ!』

 聖母様はありったけの叫び声をあげ――消えた。

 降霊をしていたあかりさんが、かくりと糸の切れた操り人形のように地面に倒れた。

 静寂が訪れる。

 黒い影が消えて行く、その最後の一欠けらが呟いた。

『これで……ようやく静かに眠れる……』

 そう言って、影は消えた。

 あの影は、聖母様は言っていた。死すら邪魔されたと。

 それはこの建物の因果なのか。彼女の負の意識なのか。

 最後の穏やかな声が、俺の耳にいつまでも残った。

「終わった……! あかりさん!」

「疲労が限界を超えている……意識を戻さねば危ない……。はっ!」

 太刀風僧正が背中を強く叩くと、あかりさんがうっすらと目を開けた。

「あ、遥人さん、神楽さん、それに太刀風さん。終わった、んですか?」

「ああ、終わった。お主のおかげじゃ、あかり。よくやってくれたのう」

「そ、そんな……あたしなんてなにも……」

 倒れこんだあかりさんの額にハンカチを当て、神楽が俺の方を向いた。

「遥人、お主もな。本当によくやった。あやつに霊木刀が壊された後、すぐに符を出すとはなかなかのものじゃ」

「いや、俺なんて何も……皆が戦ってくれたからさ。ゲームでも同じなんだ。ああいう、ヤバイ場面でこそ冷静にってのが、俺と奏人の……そうだ、奏人を助けに行かなきゃ!」

 俺が言うと、神楽が頷き立ち上がった。

 太刀風僧正が、動けないあかりさんをおぶる。

 俺たちは来た道を引き返して行った。

「それにしても太刀風、ようあの場所がわかったのう」

「一階まで戻ったとき……ただならぬ気があふれておった……。我れはそれを……追いかけただけ……。あれほどの魔、すぐに気付こうというもの……」

 やはり太刀風僧正はすごい。いや、神楽も、あかりさんもすごい。

 俺も少しは役に立てただろうか。早く、奏人を迎えに行かないと。

 地下室を上がり切り、受け付けを出たところに奏人が立っていた。

「遥人ぉ! お前くっそー、俺を置いていきやがって! 一生恨むからなっ! めっちゃ怖かったし絶望したし頭パニくるし、ほんっと大変だったんだからなっ!」

「悪い悪い、すまなかったよ。奏人を救い出すにしても、呪いの元凶の聖母様をやっつけるしか方法が見つからなくて」

 奏人は大きな声で怖かった、ひどい、つらかった、あり得ないと連呼している。

 良かった。取り乱してはいるが、いつもの奏人だ。

「それで、なんだっけ? 廃病院の呪いの元の、聖母様ってのはやっつけられたワケ?」

「ああ、俺たち四人でなんとか倒したよ」

「そっか、聖母様を倒したのか。はぁーあ、結局そこも映像に録れなかったし、俺だけ部屋に閉じ込められて、お前らはラスボスやっつけて……良いことなしだぜ」

 拗ねる奏人に、笑って言った。

「でも、サクリファイス・ホスピタルの元になった病院の映像は撮れただろ。奏人が言う通り、アクセス稼げるんじゃないか?」

「でもよー、一番盛り上がる地下室が撮れなかったんじゃなー」

 ブツブツと文句を続ける奏人を、神楽が制した。

「いい加減にせぬか、愚か者。見よ、太刀風は傷だらけで、あかりもひとりじゃ動けん。はやく治療と休養を与えねばならぬ。さっさと帰るぞ」

「へーへー、わかりましたよっと」

 俺たちは入り口のドアも難なくくぐり抜け、廃病院を後にして最寄り駅まで歩いた。

 電車が来るのを待つ間あかりさんをイスに寝かせて、太刀風僧正の傷は太刀風僧正自身と神楽が治療した。俺も何か所か傷を負っていて、それも手当てしてくれる。

「ほんとに病院行かなくていいワケ、その傷。すっげーあるじゃん」

「普通の傷なら病院じゃが、霊がつけたものゆえわらわたち専門家が治療する。お主が持ったままだった荷物も戻ったことだしのう」

「あー、そうやって意地悪言うわけだ、神楽ちゃんはさー」

 力が回復すると言われる御浄水を飲んで、あかりさんも電車が来るころにはなんとか自分で歩けるようになった。全員で電車に乗って、ゆっくりとシートに腰掛ける。

 ――終わったんだな。

 俺は流れる景色を見ながら、しみじみとそう思った。


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