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【9】

 ドアの上部に鉄格子が付けられていて、なんとか奏人の顔だけは見える。

「奏人っ! どうしたんだ、いったいなんでそんなところに!?」

「俺だってよくわかんねぇ! 急に変な力に引き寄せられて……とにかく、ドアが開かないんだ! そっちから開けてくれ!」

「わかった、すぐに開けるから落ち着け!」

 ドアに手を伸ばす。

 しかし、レバーハンドル型のドアノブを動かしても、ドアはガタガタと金属が鳴るだけで、一向に開かなかった。

「なんだよこのドア、開かない!?」

「遥人、奏人、どうしたのじゃ?」

「神楽ぁ! ここに閉じ込められたんだよー! こえぇよ、なんとかしてくれよぉ!」

 怯えきった表情の奏人が、神楽に必死に助けを求める。

 その間も俺は全力でドアを開けようとしていたが、扉はどうしても動かなかった。

「落ち着くのじゃ、奏人! その部屋の中には何かおるか?」

「わかんねぇ! 見たくもねぇ、たのむ! ここから早く出してくれっ!」

「か、奏人さん落ち着いて……きっと神楽さんがなんとかしてくれます!」

 パニック状態の奏人を、あかりさんがなんとかなだめる。

 部屋の中に引きずり込まれた――?

 これも廃病院に仕掛けられた罠か呪いなのか?

 神楽がドアに符を当てても、なんの反応も示さない。分厚い金属のドアは、どっしりと閉じたまま微動だにしなかった。

「むぅ、符が効かぬ。よほど強い呪術なのか?」

「符が効かない? ならこの霊木刀で! 神楽、あかりさん、離れて!」

 ふたりを下がらせて、霊木刀でドアやノブを何度もたたく。

 それでも、ドアは開かない。三人で力を合わせて引っ張ってみても、無駄なことであった。奏人はずっと「早く助けてくれよぉ!」と悲痛な叫び声をあげ続けている。

「符も霊木刀も、腕力でもどうにもならぬ。これではラチがあかぬぞ」

「どうしてここの部屋のドア、こんなに分厚い鉄製なんだ?」

「独房と書いてある、恐らくは暴れる患者を押し込めていたのであろう。そういう場所を選んでなにかを仕掛けておったのかもしれぬな」

「そんな……どうしたら奏人を助け出せる?」

 俺の問いかけに、神楽は口を閉じる。

「おい、何静かになってるんだよお前らっ! もうイヤだ、怖いんだ! 閉じ込められているのが怖い! はやくなんとかしてくれよぉ!」

 奏人が声を枯らして懇願する。

 すぐにでも助け出したいのに、鉄格子越しの奏人があまりにも遠い。

 こんなに分厚い鉄の扉では、何かをぶつけてみても無駄だろう。どうすれば……。

「……奏人、お主はしばらくここで待っておれ」

「なっ!? 何を言い出すんだよ神楽! 奏人を閉じ込められたままにするのかっ!?」

「オイっ! ウソだろっ!? 神楽てめぇ、待っていろってなんだよそれっ!?」

 おどろく俺たちを順に見て、神楽が顔をゆがめながら口を開く。

「わらわとて、奏人を助けたい。だが、符も効かぬ。霊木刀でも開かぬ。全員で引っ張ってもピクリとも動かぬ。お手上げじゃ、ここにわらわたちに出来ることはない」

「そんな! 神楽さん、ほ、本気でおっしゃってるんですかっ!?」

「本気じゃ、あかり。晴人も奏人も、聞け。奏人は閉じ込められておるが、何かに攻撃を受けているワケではない。ならば、今わらわたちに出来ることは、一刻も早く地下室に行き呪いの元を叩くことじゃ。呪いをかけている者が消滅すれば、このドアにかけられた呪術も力を失うであろう」

 歯を食いしばりながら、神楽が悔しそうに言った。

 確かに、このドアは俺たちにはどうしようもない。呪いの元をやっつければ、このドアが開く可能性が高いこともわかる。

 だけど、それでも――奏人をここに、たった一人で置いて行けるのか?

「神楽ぁ! 何を言ってんだよ俺を見捨てるのかよ、本気かよ!? なぁ、遥人! なんとか言ってくれよ! お前なら、ゲームでもいつもなんとかしてくれてたじゃねーか!」

「奏人……」

 泣きながら助けを求める奏人。

 どうしても助け出すことが出来ないふがいなさが苦しい。つらい。

 少しでも早く、奏人を救いたい。

 そのためには……神楽の言う通り、一刻も早く呪いの根源を断つしかないのかもしれない。

 少しでも、奏人が怖い思いをする時間が短くなるように。

「奏人、絶対助けてやるからな。ちょっとの間、待っていてくれ!」

「おいおい、遥人っ!? ウソだろ……お前、お前まで俺を置いていくってのか!?」

「この扉を開けるために、地下室のバケモノをやっつけてくる! 絶対に倒して、奏人を迎えに戻ってくる。だから、ここで少しだけ待っていてくれ」

 奏人が、信じられないというような表情を浮かべる。

 あるいはそれは、絶望の思いだろうか。

「イヤだよ、遥人! 俺はイヤだ、ここでひとりなんておかしくなっちまう! 閉じ込められたままなんて、狂っちまうよ! なぁ! なぁ、なぁ! 今すぐ出してくれ、お願いだよ遥人ぉ!」

 今まで見たこともないほどの奏人の悲痛な表情と、切迫した声。

 立ち尽くしてしまいそうになった俺の腕を、神楽が掴んだ。

「遥人、おぬしには、おぬしが出来ることをやるしかないのじゃ。迷うな!」

「神楽……。そうか、そうだよな。わかってる、わかっているよ。……奏人、ごめんな。少しだけそこで待っていてくれ。……行ってくる!」

 駆けだす。

「俺をひとりで置いて行かないでくれよ、遥人ぉぉぉ!!」

 奏人の絶叫が耳に、背中に、心に痛かった。それでも、走るのはやめなかった。

 神楽とあかりさんも、つらそうな顔でついてきている。

 記憶をたどる。

 すわりんはもともと、サクリファイス・ホスピタルは一階から三階をプレイして終わったと思っていた。そこに、真っ黒のアイコンが、コメントを付けていた。


【受け付けのウラのカルテ保管室から、戸を動かすことが出来ます】


 受け付けのウラ、カルテ保管室。そこの戸――。

 サクリファイス・ホスピタルが完全にこの廃病院を再現したものならば。

 地下に通じる道はそこにあるはずだった。


「ゲームの通りなら、受け付けのウラの部屋だ! そこの戸が動くはずだ!」

「了解じゃ、そこまで走るぞよ!」

「少しでも早く、奏人さんを出してあげましょうね!」

 受け付けのカウンターの内側に入り、奥のカルテ室のドアを開ける。

「戸って言ってたけど、どれだ?」

「あ、あの戸棚じゃないでしょうか?」

 あかりさんが指さす先には、紙製のファイルがズラリと置かれた棚があった。たしかに、よく見てみると棚は壁にピッタリとくっついておらず、横に動かせそうだ。

「戸棚か、とにかく動かしてみよう!」

 三人がかりで、戸棚を横にスライドさせる。

 ズズズッ……と重い音を立てながら戸が動いた。

 その奥に、ひどく汚れた地下へ続く階段があった。

「これか……。神楽、あかりさん、時間がない。行こう!」

「わかっておる。いざ、まいるぞ!」

「が、がんばりますっ!」

 俺たちが地下へ続く階段を降りていくと、後ろで戸が閉まる音がした。

「ここでも、閉じ込めか」

「そう来るのではないかと思っていたぞ、じゃがそもそもわらわたちは呪いを断ち切るまで戻るつもりはない。注意せよ」

 暗闇の中で、銀髪が光を放つように揺れていた。

 微かな灯りを照り返し、ゆっくりと階段を下っていくその輝きを追うように、一段一段、汚れたコンクリート造りの段差を進んでいく。

 全身が冷たい水を浴びせられたように凍える。

 この先は危険だと、俺の本能が何度も告げていた。

 それでも、行くしかない。

「遥人、着いたぞ。注意するのじゃ」

 闇を泳ぐ神楽の声。

 俺は頷き返し彼女の手がドアノブに伸びるのをじっと見つめる。

 現実世界から切り離されたような廃墟、その地下室。

 ふと、緊張する頭の片隅でおかしな疑問が生まれた。

 ――なぜ、自分はこんなところに立っているのだろう。

 頭では理解している。

 それでも拭っても拭っても振り払えない恐怖と違和感が、そんなことを考えさせる。

 そう、あの時から自分は行くと決めたのだ。戸惑いも、後悔もない。

 全ては、この悪夢を終わらせるために――。

「こ、ここが地下室なんですね。結構、広いですね……」

 カンテラと懐中電灯に照らし出された地下室。

 壁という壁、天井、床に至るまですべて錆びつき腐ったかのような汚れた色をしている。

「なんだよ、これ……。今までの廃病院とはぜんぜん違うな」

「禍々しい気が満ちあふれておる。間違いなくやっかいなモノがおるぞ」

「あ、あたしも全身がしびれるような感じがします。うう、怖い……」

 不気味な、上下左右の感覚さえ無くしてしまいそうな空間。

 まるで、俺たちだけ違う世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 地下室をしばらく進むと、目の前に三つのドアが見えた。

 ドアも壁や天井と同じく、ボロボロに錆びついたみたいになっている。

「ふむ、遥人。お主は友人のゲームを見ていたのであろう。どのドアを開けて怪異が起きたか、わかるか?」

「ええっと、たしか真ん中のドアだ。ドアの向こうにまた長い廊下があって、その先で何か起きた。音声も途切れて画面もノイズで見えなくなってしまって、何が起きたかまではわからないけど」

「なれば、真ん中のドアを進むとするかのう」

 神楽が歩き出すと、あかりさんが戸惑って言った。

「か、神楽さん、呪いをひとつひとつお清めして進むんじゃなかったんですか? 左右の部屋は清めないでいいんですか?」

 おかりさんの言葉に、神楽が口をゆがめて答える。

「本来ならば左右を清めてから進むべきじゃ。しかし時間もないうえに、太刀風もいない。それに奏人が背負っておった荷物も独房に閉じ込められたままじゃ。これでは清める方法が極めて限られるし、時間がかかりすぎるのじゃ」

「そうか、もうあるもので戦うしかないんだったな」

 あかりさんが数度頷くと、神楽は真ん中のドアを開ける。

 長い。まるで、どこまでも続いているんじゃないかと思われた。

 廃病院の敷地はこんなに広かっただろうか?

 そう思い始めた俺の全身に、ビリビリと痺れるような刺激が走った。

「ぐっ!? なんだ、これ!」

「身体中が、押しつぶされそうですぅ!」

「呪いの根源に近づいているんじゃ。それにしても、恐ろしい力よな。気を付けよ!」

 呪術の圧力に耐えながら廊下を抜けると、かなり広いフロアに出た。

 中庭よりも広いのではないかと言う場所の中心近くで、黒い何かがうずくまっている。

「おったな。この異様な邪悪な気配、廃病院の呪いの根源はあやつで間違いなかろう」

「あれが呪いの根源、おそらく聖母様……か?」

 近づいていく。

 黒い何かは、真っ黒な髪を腰より下まで伸ばした、青白い顔をした女性であった。

 大きな目を異常に黒い瞳が大きく、焦点が定まっていない。唇まで青白い様は、まるで生きている雰囲気を感じさせなかった。ボロボロになってところどころ黒や赤黒くそまり、破けた真っ白な衣服が異様だ。

「なぁ、この人、俺のスマートフォンに写った心霊写真の……」

「うむ、間違いなさそうじゃな」

 そばに進んでいくにつれて、耐えがたいような圧力に覆われる。

 近づいて来た俺たちの方を向いてなお、彼女の顔は虚ろなままだ。

『もうつらい……消えたい……。終わりにしたい。それなのに、それなのに……。どうして、こんなことに。もうイヤ、もうイヤ……』

「あの霊、自分の存在をイヤがっている? あの霊が悪さをしてたんじゃないのか?」

「わからぬ。しかし廃病院を覆う呪いの力はやはり、あの者から感じる」

「き、消えたいって言うなら、消しちゃってあげたほうが良いのでは?」

 俺たちが困惑している間に、ぼんやりとこっちを見るように視線を向けていた彼女が、口を開いた。

『もう聖母様でいることなんて出来ない! イヤだ、消えたい! 憎い! 全部全部消えてしまえっ!』

 カッと真っ黒な瞳がさらに巨大化する。まるで今にも飛び出して来そうだ。

 やはり彼女が聖母様なのか。しかし、聖母様なんて出来ない――?

 どういう意味だろうか。

 それを深く考える前に、巨大な黒い魔術が俺たちを襲ってきた。物凄い速さだ。

「うわっ! 鋭くて、重い! これはヤバイ、あかりさん、俺の後ろに!」

「は、はいぃぃ! お力になれず申し訳ございませんんん……!」

 あかりさんをかばいながら、まるで髪が伸びて来たように襲ってくる何本もの黒い攻撃を霊木刀で振り払っていく。

 しかし、圧倒的に押されている。これじゃ、向こうに攻撃が出来ない。

「これでもくらうのじゃ! はぁぁ!」

 同じように符で攻撃を弾いていた神楽が、短い矢のようなものに符をさして投げる。

 彼女――聖母様はそれを空中に飛んでかわした。

『憎い憎い憎い憎いっ! 皆殺してやるっ! 私を殺して、そのうえ死の眠りさえ奪った人間たちを皆殺してやるっ!』

 聖母様は、殺された? 死の眠りさえ、奪われた?

 その意味を考える暇もなく、空中に飛んだ聖母様は眼にも止まらぬ速度で動き始めた。

 床、壁、天井。霊には重力さえ関係がないのか、その動きは縦横無尽だ。

 いたるところに動いては、そこからいくつもの鋭い攻撃を繰り出してくる。

「くそっ! 一か所からくる攻撃でもキツかったのに、これじゃどうにも出来ない!」

「あきらめるでない、遥人! どうにかして活路を見出すんじゃ!」

 神楽も俺も必死に奮戦している。

 しかし、動き回りながら激しい攻撃を繰り返して来る聖母様に押され続けた。

「このっ! くそっ! ええいっ! ダメだ、近づくことさえ無理だ!」

「しゃくに触る、これでは符がもたぬ! せめてやつがどこかに留まれば……!」

 どれほど攻防が続いたであろうか。

 不意に、今までも重かった攻撃がさらに強力になった。

 霊木刀でも支えきれず、俺は両腕に激しいしびれを感じた。

「うっ!? なんだこれ? 攻撃速度と重さが一気に増した!?」

「まずい、夜になったのじゃ! こやつの力が増していくぞ!」

「そんなん、どうしろってんだよ!?」

 攻撃を弾きながら問う俺に、神楽が決意の表情で言った。

「このまま戦っても消耗戦じゃ、こちらだけが弱っていく。こうなれば、遥人とわらわで、一か八か突撃するしかあるまい!」

「決戦を挑むか。けど、あれほど動き回っている相手に一斉にかかれるか!?」

「むう……!」

 神楽が顔をしかめたとき、あかりさんが振り絞るような声で言った。

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