第5話〈最終話〉
「……グリンダ。君を傷つけた事は謝る。だけど、僕は……どうしても、君を……」
と震えるような声が私の背中に掛けられた。私はきちんと花束を抱え直すと、殿下に向き合うように振り向いた。
「殿下?私は今まで散々縁談を断られてきた女です。それでもよろしいのですか?」
「そ、それは全て僕のせいだ。僕がそう仕向けたから。……君の気持ちを無視した愚行を許して欲しい」
「それに……今の私を見ましたか?デビュタントの時の私は猫を被った私です。本当はとんだ跳ねっ返りかもしれませんよ?」
「それでも良い!!たまに叱られるのも悪くない」
ドМかな?
私はそっと息を吐き出した。……これで今までの苦労が終わる。
「もし私がこれからもどなたかの縁談を受けようとしても……」
「申し訳ないが……また邪魔をするだろうな……」
「まぁ……それなら私、殿下以外とは結婚出来ないと言う事ではありませんか?」
「要約するとそういう事になる」
私は花束に鼻を付けて匂いを嗅いだ。流石王宮の薔薇園の薔薇。見た事もない様な品種もある。……これって摘んでも良かったのかしらね。
「良い匂い……。はぁ……。仕方ありませんね。ではこの薔薇の花束に免じて、殿下の愚行を許して差し上げます。しかし、困りましたね。私、他国の言語には疎いんですの」
「そ、そんなの僕が全部通訳するよ!」
「それに、あまり王宮での夜会に参加して来なかったので、上位貴族のご令嬢に友人もおりませんし……」
「社交なんて、僕の隣で微笑んでくれてたら良いんだ!面倒な奴の相手は全部僕に任せてよ。……ねぇ……もう一度改めて言わせて欲しい。グリンダ、僕と結婚してくれないか?」
「……はい」
と私が微笑むと、殿下は、
「やった!!!ありがとうグリンダ!!!」
と私を抱き上きあげた。
父も母も目を丸くして口をポカーンと開けていた。そりゃそうだ。急に娘が王太子妃になる事になったなんて、夢にも思わなかっただろう。
兄は、
「僕の結婚式……だったんだけどな」
と頭を掻きながら呟いた。これじゃあ主役が誰だかわからなくなってしまって、大変申し訳ない。
こうして私の先の見えなかった婚活生活に突然の幕が降ろされたのだった。
「グリンダ!グリンダ!」
……また来た。日に何回私の名前を呼んでいるんだろう、この人は。
「殿下、こちらにおりますわ」
私は勉強部屋を出て私の名前を叫びながら走り回る殿下に声を掛けた。
殿下は私の姿を見つけると走り寄る。……尻尾が見えるようだ。
「グリンダ!!また勉強かい?必要ないって言っただろう?それより、今から二人で遠乗りに行かないか?天気も良いし」
「今日はこれから議会がありますでしょう?サンダースが申しておりましたよ」
サンダースは殿下の側近だ。殿下に振り回されている仲間の一人。
「今日の議会は陛下が出れば事足りる。僕は必要ない」
「陛下を補佐するのも殿下のお役目でございましょう?それに、辺境への視察も断られたとかで、陛下もお嘆きでいらっしゃいましたよ」
「辺境の視察なんて、片道何日かかると思っているの?そんなにグリンダと離れているなんて無理だよ」
「ですから、私も一緒にと申したではありませんか」
「視察にはたくさんの近衛が付いて来るし、辺境には辺境の騎士団が居る。……男ばかりじゃないか」
私に付いている護衛は全て女性だ。殿下の命令で。
殿下は私が兄の結婚式で近衛をガン見していた事に気づいていた。それを今でもネチネチと責めてくる。……正直面倒くさい。
こうなると、追い返すのに時間がかかるので、
「殿下。私には殿下しか目に入っておりません。機嫌を直して下さいませ」
と私から殿下に抱きつく。
「グリンダ本当?じゃあ『愛してる』って言ってくれる?」
「……愛してると言えば、議会にちゃんと出席して下さいますか?」
「愛してると言って口づけしてくれたら……だな」
私は仕方なく、
「殿下、愛しておりますわ。誰よりも」
と言って背伸びをすると、殿下にキスをした。
そしてにっこりと微笑むと、殿下は
「僕も愛してるよ。仕方ない。議会に顔を出してくるよ。でも、それが終わったら僕とお茶を飲んでくれる?」
「ええ、もちろんです。殿下の今日のお勤めが終わったら、お付き合いいたしますわ」
と私が言えば、やっと殿下はトボトボと帰って行った。
私の後ろから、リリーが
「もう見慣れましたけど、毎回、毎回大変ですね」
と私に声を掛けた。リリーは王族に嫁ぐ私を心配して付いて来ると言ってくれた。殿下は私の為ならと快諾してくれたのだった。
「さて、お勉強の続きをいたしましょう。グリンダ様は中々優秀でいらっしゃいますから、直ぐに王太子妃教育を終わらせる事が出来ますわ」
にこやかな調子で私に話す講師に、
「出来れば、続けて王妃教育もお願いいたしますわ」
と私も微笑んで返した。
殿下には勉強などしなくても良いし、ずっと僕の隣で微笑んでいてくれれば良いと言われたが……そんな日は三日で飽きた。
最初は何にもしなくてラッキーと喜んだが、兎にも角にも退屈なのだ。
殿下は片時も離れたくないと言ってくれるのだが、私は流石に一人で過ごしたい時がある。
前世から婚活をしてきた私としては、一人の時間が常であり、こんなに他人と居る状況に慣れない。しかも男と。
殿下に仕事をさせる為にも、王太子妃教育はうってつけだった。……しかし、何故かもうすぐ王太子妃教育も終わると講師が言っている。もっと長くかかると思っていたのに。
「はぁ~~」
とため息をつく私にリリーは苦笑している。
「笑わないで。さてと……殿下が待っているからサロンに行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
とリリーは私を見送ってくれたが、肩が少しだけ震えていた。笑ってるのね……。
「グリンダ!!」
私がサロンに入ると殿下は駆け寄って私を抱き締めた。……苦しい。
正直、殿下は優しいし、誰よりも私を大切にしてくれる。この分だと子どもも直ぐに出来そうな勢いだ。
だけど、何故だろう。少しだけ寂しくなるのは。
婚活をしている時は、何度も心が折れたし、自分を責めた(相手も心の中で責めたが)
だが、生活にハリがあったのも事実だ。
私はいつの間にか結婚より婚活が生きがいになっていたのかもしれない……。
「グリンダ、さぁお茶を飲もう。もちろん僕の膝の上でね」
とウィンクをする殿下はチャーミングだと思うし、幸せを感じる。
「はい。もちろんですわ、殿下」
と私も笑顔で答える。
……しかし、婚活に励んでいた日々が懐かしいのは何故だろう。
贅沢な悩みなのは分かってるが、心の中で思う分には良いわよね?でも絶対に内緒よ?
あぁ……婚活したい!!!
ーFinー