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こんな恋がしたかった  作者: 槇 慎一
2/13

2 親友のお相手は素敵な人だった



 実は私にも、この人となら結婚したいと思った人がいる。

 その人は親友のお相手で、最初から判っていたこと。私は応援役に徹した。初恋という程でもないけれど、あえていうならこの人になるのだろうか……。


 年上の優しい男性で、親友の悦子にぴったりだと思えた。嬉しかったくらいだ。人見知りで、おとなしすぎる悦子のために、何回か三人でデートをした。お邪魔なのは判っていた。悦子も、私が彼を勧めたからか、素直に前向きにおつきあいし、程なくして結婚した。あの頃は、何回かデートをして嫌でなければ結婚するような時代だった。だからこそ、父の知り合いなんて嫌だった。


 こんな恋をしてみたかった、というのもある。

 とても身近に、現在進行形で。


 婚活に悩む、今時の若い女性が言うような、

「もし、あの時つきあっていた彼と結婚していたら云々」

なんて経験もなければ想像もつかない私は、練習の毎日でありながらも、素敵な恋をしている一組の男女を知っている。まだ、お互いに想いを胸にしまっている段階。そう、私は再び応援役をしている。ちょっと微妙な役まわりで、匙加減が難しいが、絶対に成功させたい。






 


 慣れない土地からの帰り道。

 知らない人が見たら、私達は夫婦と子供二人の四人家族のように見えるだろう。


 慣れない電車のボックスシートで私の隣に座っているのは、息子の『慎一』。向かいに座っているのは悦子の娘である『かおり』。その隣に座っているのは、かおりちゃんのパパ……初恋の人。特に何かを話題にしたりしなかった。何を考えているのか、わかりかねる。


 車内は混み合っているわけでもないのに、ここだけ四人がびっしりくっつきあっているみたいだった。


 今日一日の出来事を思い返して二人を見つめる。気まずいわけではないが、まるで盗み見るように、そうっと。

 二人とも口を開かなかった。かおりちゃんはもともとおとなしいし、何だか眠そうだ。慎一は中学三年だし、母親の私とにこにこ会話するなんていう年頃ではない。


 今日はピアノのコンクールで小学五年生のかおりちゃんが演奏した。結果、四年生から六年生までが参加した高学年部門での一位と、音色の美しさで審査員特別賞をもらった。そして、そんなことで浮かれるような二人ではない。それに、私にはわかっていた。かおりちゃんより芸術性のある子はそうそういないことを。


 かおりちゃんが弾いたのは、リスト作曲の『ノクターン第三番』。『愛の夢』と言えば誰もが知る有名な曲。コンクールには向いていない曲だけれど、かおりちゃんには向いている。絶妙な選曲だった。


 この四月に、その『ノクターン』を発表会で弾くことには驚かなかった。発表会では上級者の定番だし。私も高等部まで通った聖花女学院初等部の五年生になったばかりのかおりちゃんは、女の子としては背が高く、手も大きく、表現力があった。


 プロではなくても、拙い技術でも心を込めて演奏すれば、相手にはその心が音となって伝わる。しかし、コンクールともなれば、それまでに蓄積した確かな技術が大前提となり、勝負するのは表現力だ。本当に、こんなに素晴らしい音色の小学生を見たことがない。ううん、小学生どころか、かおりちゃんはもっともっと小さい頃から美しい音を発していた。まるで指が歌うような少女だった。



 私はピアニストで、音楽大学でピアノを教えているけれど、かおりちゃんは私の生徒ではない。私の親友の悦子の娘。同じ社宅の上下に住んでいた悦子は病気で、普通の生活、普通の育児ができなかった。私達はかおりちゃんにも慎一にも両方の家の鍵を持たせ、かおりちゃんはわが家の娘同然に育ち、慎一と遊んでいただけだった。その延長で、慎一がピアノを教えていた。



 それが、こんなにうまくいくなんて。


 慎一には、私がピアノを教えた。親の欲目か頭の良い子で、少し教えるとすぐに理解し、やってみてはどんどん進んだ。次々に難しいことをしたがった。それは本人が楽しければ良いことに違いない。計算ドリルを正しく速く回答するかのように音とリズムが正確なだけで、美しい音楽を奏でるということにはならなかった。私は小さい子を教えた経験がなかったが、自分の子供……しかも元気な男の子がピアノのテキストを楽しく進めているなんて、相当珍しいのだろうということは推測できた。それ以上を望むなんて欲張りすぎるかな、それでも小さいうちから美しい音を追究させたくて、あの手この手でレッスンした。


 慎一の五歳の誕生日。毎年、慎一の誕生日に小さなサロンで発表会をしていた。年中さんになる四月の発表会で『エリーゼのために』を弾かせた。

 かおりちゃんが産まれたのは、その三日前だった。慎一は、毎日毎日かおりちゃんに会いに行ってはかおりちゃんがどんなにかわいかったか教えてくれた。同時に、今まで何でも教えてくれていた慎一が、その頃を境に、全てを私に話さなくなったような気がした。それが何故かはわからないが、そのような雰囲気を少しだけ感じ取った。


 発表会当日。朝も練習させたけれど、綺麗な音色にはならなかった。昨日もそうだったし、急に無理よね。音大受験生の指導は上手くできても、息子の演奏がこれでは……と、気が滅入りそうだった。慎一は何も悪くないのに。


 客席の後ろのドアからお客様が入ってきた。慎一は気が散らないかしらと心配になった。開演時刻を過ぎて、こんなギリギリに入るなんて……とそちらを見ると、赤ちゃんを抱いた藤原さんだった。慎一もわかったみたいで、一瞬止まった。


 慎一は緊張していた。私はそんな慎一を初めて見た。正確だけれど、いつもガチャガチャと速く乱暴に弾く慎一。今日は、そんな慎一はどこにもいなかった。


 それはもう、最初の一音から違った。ううん、弾く前からわかった。その表情、スローモーションのように鍵盤に引き寄せられる指先、掠れるような、切ない響き……。私は、知らない間に涙が落ちていた。


 客席もざわめき、ステージ袖にいてくれたスタッフさんも、生徒さんも保護者様も、会の進行も遮って、慎一の演奏を素晴らしいとほめてくれた。


 私は、演奏後に戻ってきた慎一を泣きながら抱きしめた。

「どうして?そんな……何に気をつけて弾いたの?」


 慎一は、私にきつく抱きしめられながら教えてくれた。

「かおちゃんがびっくりしないように。一番後ろにいたかおちゃんに、きれいな音をとどけるように。かおちゃんに、すてきな曲をきかせたいから」


 私は今まで、何を教えてきたのだろう。正しい音と正しいリズムしか教えていなかったのだろうか。慎一に、私の音楽への情熱は何も伝わっていなかったのだろうか?たくさんの音楽を聴かせて、たくさんの本を読んで聞かせてきた……。


 私は、かおりちゃんに心から感謝した。かおりちゃんを連れてきてくれた藤原さんにも。





 それからの慎一はすごかった。私のレッスンで言うことは今まで以上に吸収し、それ以外の時間はかおりちゃんに聴かせるために丁寧にピアノを弾いていた。それはもう正しいだけの、かつての慎一ではなかった。微笑ましいなんてものじゃない、透明感のある優しい音、あの年齢の子供なりの最上級の愛を感じた。

 あの子はきっと、私を越える。このままずっと私が教えていてはいけないと思わせた。それからすぐに慎一の師を探す決心をし、そのための行動を開始した。どんな師がいいだろうか。受験生専門とか、コンクール至上主義ではない、慎一を唯一の如く大切にしてくれるような、究極の師に託したかった。



 慎一が小学五年生になった頃。

 私の師匠の紹介で、来日したばかりの『世界の教授』と言われるピアニストにご縁がつながった。教授の奥様が、客員教授として大学に招聘されたからだ。世間一般的には、奥様よりも教授の方が素晴らしいのだが、教授はロシア語しか話せないだか話さないだかが問題で、英語とフランス語とロシア語が話せる奥様が先ず日本での職を得たとか……。あくまでも噂だが、実際問題、ロシア語だけだと大学の職員とのやりとりもできない。大学講師より演奏活動をするのだろうと推察した。

 試演会で、ショパンの『スケルツォ2番』を教授に聴いて頂いた。

 かおりちゃんが産まれた時に慎一が急に成長した、その時以上のものを感じた。交友関係も広がり、私が知らないところで自分のピアノに向き合うようになった時期でもあった。より専門的なレッスンを受けるかどうか、慎一自身が決めかねていた部分もあっただろう。決心はできないが練習はきちんとする、そんな子供だった。私の身長も手の大きさも抜かそうとしていたし、精神的にも大人になるところだった。


 かおりちゃんは初等部一年生になり、私も大学講師としての時間を増やしていった。何しろレッスン代がかかる。

 しかし、特筆すべきは金額ではない。教授自身が「シンイチを教えたい」と言ってくれたのだ。日本に来ても、教授の生徒はいない。プライベートレッスンをするから、暇さえあればここに来なさいと奥様がフランス語で仰った。私は正しく聞き取れたのだろうかと心配になった。私学で、初等部からフランス語を学べたことが生きて役に立ったと、親に感謝した。



 慎一が中学三年になってすぐの頃。

 ピアノもロシア語も、教授のレッスンもそこそこうまくいっていたようだが、遅まきながら反抗期というものなのか、妙に気を使う毎日が続いていた。喧嘩をするわけでもない、必要な連絡ができないわけでもない。ただ、私に対して煩く感じて壁を作っているのだろうことは、今まで以上にはっきりと見て取れた。


 なんとも言えない不快感がぱたりとなくなったのは、慎一が教授のレッスンに行った日だった。


 レッスンから帰宅した慎一は、リビングの電気もつけずにピアノの前に座り、ただ項垂れていた。


 勿論、そこで「どうしたの?」なんて声をかけることはしない。そこまで野暮じゃない。レッスンで何かあったんだなと思った。その様子だけ見ても、私が言えないようなこと、私が指摘できないことを教えてくださっているのだろうと、口には出さず、教授に感謝した。


 慎一は、とても長い時間をそうしていた。

 動かずに、ずっと何かを考えていた。












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