3 イゾと<ルーシ>とダルーナ
アリネスト達の新しい生活が始まった。
驚く事にピグマは急速に形を変え、彼らが住めるような大地を作っていった。さらに森、澄んだ泉、穀物の原が見る間に育っていく。まるでピグマに意志があるかのように。あるいは誰かの意志か。
変化は続く。クレウに。
第三世代と呼ばれるクレウに現れた変化はイゾの扉を開いた事だった。そのクレウは水を汲みに来たクレウの付き添いで泉へ来ていた。森の泉は少しづつ広さを広げ、さらに深くなっていた。その為水汲みの時には数人で行くようにしている。付き添いとして来ていたそのクレウは水面に映る自分の姿を見た瞬間、イゾの扉を開く。
凄まじい<ルーシ>がイゾを通して飛び出し、周りへ飛散する。その時、一人のクレウが泉へ投げ飛ばされた。どぶんと音を立てて落ち、慌てて手を大きく動かす。泳ぎなど知らず水を掻く手は力んで体力を削るだけの様子。
<ルーシ>は波のように一定の間隔でイゾから流れ続けていた。自分に何が起きたのか分からないクレウは目を見開き、沈みそうなクレウをただ見つめている。
そこに意志が加わる。
突然そのクレウが宙を飛び、力尽きてきて沈みそうなクレウの真上へ。手を伸ばし、手首を掴んで引き揚げた。腕に抱え上げ、泉の上から大地へ戻る。ずぶ濡れのクレウの意識はない。そこへイゾから<ルーシ>が流れると、クレウは水を吐き出し、命は救われた。
この出来事で大きな変化が判明する。
アンダステで最初にイゾの扉を開き、<ルーシ>を使ったクレウに性別が備わっていた。彼の名はアルディオ、のちにダルーナの創始者として歴史に名を残す。<ルーシ>によって泉に飛ばされたクレウには別の変化が。丸みを帯びた体型に前よりも艶やかな髪、なめらかな肌に胸元はふっくらとして以前よりも優し気な顔。のちにアンダステ最初の母となる。
その後第三世代を中心に変化は続き、第二世代、第四世代へ広がったが、第一世代のクレウには変化はなかった。
また、イゾの扉も誰もが開いたわけではなかった。
ある日アリネストは空気の揺れに目覚めた。まだ夜明け前。枕もとの明かりの花を手にする。明かりの花は昼間アサンの光を蓄える特徴を持ち、夜の明かりとして使っている花。何が目覚めを促したのか気になったアリネストは起き出す事にした。
ふと、天幕の入り口に気配を感じる。立ち上がりながら花を軽く振って明かりを強くし、入り口へ向ける。
そこには青白い顔をしたルミータが。左半身を闇に馴染ませたままでこちらへ重苦の顔を向けている。ただならぬ様子に胸がざわめいたアリネストは一歩踏み出した。
「何かありましたか?」
ルミータは苦痛を我慢しているような表情を浮かべながら息をついた。
何かが、いつもと違う。
ルミータであるけれど、何かが違って見える。
それが何なのかすぐには分からなかったが、後で知る事になる。
「先生、ごめんなさい。時間がありません。あたしの云う事を先へ伝えて下さい。あたしのイゾは傷ついてしまいました。今後現れるあたしのイゾ再現者は今のあたしの年齢よりも長くは生きられません。しかも死に際は残酷です。あたしがそうだから・・・・・ けど、ツアロンが守護騎士を選んでくれています」
急にルミータは何かに気づきそちらへ視線を移す。アリネストではない誰かがいるかのように、苦痛の中にも喜びがあるような。そして、
「ごめんなさい、ごめんなさい、助けてもらえなくてごめんなさい・・・・」
ルミータは苦しそうな息をついた。
「・・・・・・・来てくれてありがとう」
「ルミータ?」
ルミータの云っている事が理解出来ず、アリネストはさらに一歩近づく。
その時、天幕の外から獣の咆哮が響いた。とっさに作物を狙った獣が来たと考える。ゾラ達を起こして民草を守らねばならないと外へ急ごうとした。
「ルミータ、あなたはここに」
云いかけて、ルミータがいない事に気づく。どこへ?と思ったが獣の方が急ぐ事案だ。
急いで天幕を出て、農場へ走る。藍色の中、すでに何人かやって来ているようだ。彼らは立ち尽くして一方を見つめている。人々を避け、前へ出て農場の様子を見て────声を失う。
畦道の端でロイゼンが血だまりの中、何かを抱いて声を上げて泣いている。それは左腕と左脇腹、左足の一部を失ったルミータの無惨な姿。
獣と思った咆哮は彼だった。
アリネストは先ほどルミータと話していたのに何故?と誰にも云えない疑問を抱えて天を仰いだ。
時がたち、アリネストは自分の知識と記憶を後継者に特殊な方法を用いて引き継ぎ、眠りについた。特殊な方法は代々アリネストの名を継ぐ者が記憶と共に引き継いだ。
さらに人々をこの地へ導き、イゾと<ルーシ>の起こりを知る唯一の存在として、アンダステ中から尊崇を集める。
いつしか七つほしの首座と称される。