第7話 悪役令嬢と罠
悪役令嬢の旅に新たに怪力令嬢が加わった。怪力令嬢のウィナは、大型のオオカミ、ライドウルフに乗り、悪役馬車の後ろを付いていく。
悪役令嬢ゲリラと悪役メイドのエルを乗せた馬車は現在、穏やかな平原を走っている。そんな中、ウィナがライドウルフからゲリラに向けて話し掛けていた。
「あんたたち行くアテあるの?」
「いえ特に。着の身着のまま、
わたくしの悪役センサーで
超人王子を察知した方へと
突き進むのみですわ」
「わ、割と適当なのね。あんたら……」
「私はゲリラ様に付き合わされて
大変なんですけどね……」
「エルだってクレープ食べたり
なんだかんだ楽しんでいるでしょ」
ゲリラたちの風来坊っぷりに呆れつつ、自由に旅をしている彼女らが少し羨ましくもあった。
ゲリラ一行はしばらく進むと大きな街に辿り着く。超人王子に苦しめられている令嬢がいないか、その街を調査することにしたのであった。
「いや……調べるったって……。
この街デカすぎるでしょ……」
「まったく……新入りのクセに
うだうだうるさいですわね。
怪力令嬢は……」
「だから! 怪力令嬢言うなっつーの!」
街に着くなり喧嘩を始めそうなゲリラとウィナに呆れながら、エルは街を見回している。ウィナの言う通り、歩くのも一苦労なほどその街は大きかった。
「これは怪力令嬢さんの言う通り
調べて回るのは無理そうですよ?」
「何か罠でも仕掛けるべきではないかと」
「あんたまで怪力令嬢言うっ……罠?」
「悪行を働く超人王子を
炙り出すようなそんな
美味しい餌を用意するとか」
「餌って……エル。そんな都合の良い物
ある訳ないでしょうが……あ」
ゲリラがエルの突拍子もない提案を却下しようとした時。ウィナの顔を見つめたまま固まっていた。
「な、なによ……?」
「罠いたあああああ!!」
困惑しているウィナを他所に、ゲリラとエルは2人してウィナのことを指差していた。
「婚約破棄された回数30回!
その吸引力はもはや罠ですわ!」
「怪力令嬢さんならきっと
また超人王子が狙って来るはずです!」
「なんかめちゃくちゃ失礼なこと
言われてる気がするんだけど?」
ゲリラとエルが盛り上がっている中、ウィナは笑顔を引きつらせながら血管を浮かび上がらせている。
「まぁまぁ怪力令嬢。あなたの力で
苦しめられている令嬢が
救えるのかもしれないのですよ?」
「その力、役立てるべきではなくて?」
「そうですよ! これは
怪力令嬢さんにしか
出来ない立派な仕事です!」
「ぐぅ……いろいろムカつくけど、
令嬢のためならやるしかないわね……。
……怪力令嬢って言うな」
ゲリラに言いくるめられ、ウィナは自らを囮にして、超人王子を誘き出す罠になることを承諾したのであった。
1時間後。
街の中央にある広場で、一人ベンチに座り佇む怪力令嬢ウィナ。彼女たちの思惑とは裏腹に、誰もウィナに近寄ろうとしていなかった。物陰から潜れて待機していたゲリラとエルは何も変化が起きず飽き始めていた。
「おかしいですね……。
なんで誰も餌に
掛からないのでしょうか……」
「釣りと同じですわ……。
ヒットする日もあれば坊主の日も
あるということです……もぐもぐ」
「あ! ゲリラ様ズルい!
いつの間にかまた一人で勝手に
クレープ食べてる!!」
ゲリラが隠れながらクレープを食べていることなど露知らず、ウィナはただひたすら何も起こらない虚無な時間と格闘していた……。
「だ、誰も来ない……」
「これじゃ私がモテない女
みたいじゃないのよ……!
誰でも良いから
話し掛けてきなさいよ……!」
晒し者にされているような気分になってきたウィナ。彼女の我慢が限界に達しようとしていた時であった。
「あの……お嬢さん……」
「突然こんなこと言われても
困ると思いますが……。
私と婚約してくれませんか?」
(キター! ようやく来たわ!
ほれ見なさいゲリラ!?
私が男にモテるということを!!)
精根尽き果て俯いていたウィナの瞳に活力が蘇った。ついに罠に掛かった超人王子の姿を確認しようと、ウィナは思いっきり顔を上げた。
「お……お……」
待ちに待った瞬間。目的を達成したにも関わらず、ウィナはわなわなと震えていた。それは隠れて様子を見ていたゲリラたちも同じだった。
「初めまして……! 私は
百合令嬢のマシェリと申します……!」
「女の子おおおおおお!?」
ウィナの目の前にいたのは王子ではなく、フリフリの衣装に身を包んだ可愛らしい髪型の令嬢の姿であった。ゲリラのクレープを食べる手もすっかり止まってしまっている……。
(こ、これは想定外の事態!!
ゲリラ! エル! 私、
どうしたらいいのこれ!?)
自分のことを愛おしそうに見つめる初対面の令嬢。ウィナは衝撃のあまり身動きを取ることが出来ない。その間にも、百合令嬢のマシェリはウィナとの距離をじわじわと詰めている……。
「わ、私じゃ駄目ですか……?」
「だ、駄目っていうか……!
あんたまだ私の名前も
知らないでしょうが……!」
「名前を知らないことが
そんなに重要ですか……?」
「ふえぇへっ!?」
なんとか誤魔化そうとするウィナだが、マシェリは引く気配がない。超人王子を炙り出すための作戦中だというのに、守るべき令嬢が釣れてしまってウィナはパニックに陥っていた……。
「ゲ……ゲリラ様……どうしましょう。
なんだかカオスなことに……」
エルは目的と逸脱した現状にただただ戸惑っているが、ゲリラはというと……。
「め……」
「めちゃくちゃ面白いですわ……」
困っているウィナを鑑賞しながらご満悦な様子だった。
「お願いします……!
私と結婚してください!」
「あ、あうぅ……」
マシェリに押され続けるウィナ。果たしてウィナはこのまま初対面の女の子と婚約してしまうのか……!?