第2話元凶は誰よ!
夕食のデザートはやっぱり桃だった。
お父様ってお母様を何かに例えたら大抵それが出てくる。
お母様の赤くなった頬を苺に例えたら高級苺、爪の色が桜色だと褒めたら桜の木が次の日には庭に植わっていて開いた口が塞がらなかった。
お父様が精力的に仕事を頑張っているのは、お母様に貢ぐ為だと私達子供は皆知っている。
夕食後、アジスが私を部屋に誘ってきた。
きっと昼間の話だろう。
「あの後大変だったんだよ。」
なんで大変になるのよ。
「カルゼ様は膝から崩れ落ち茫然自失、殿下とシリル様は姉上の迫力と脅しに屈して友達を裏切った後悔でお通夜状態、シフォン嬢はさりげなく姉上をディスってるのを、昼休みが終わるまで聞いてなきゃいけない僕の気持ちわかる?」
わからない。
アジスみたいに協調性なんて持ち合わせてないからね。
シフォンに嫌悪感を持ってるのに、第二王子の幼なじみだからってだけで、毎日特Aでご飯食べるお人好しの気持ちなんぞ、理解したいとも思わないわよ。
貴族しか通わない王立学園は社交重視の学び舎なんだよね。
そんなんだから昼休みが2時間もある。
この子1時間半以上はその混沌の中で過ごしたのよね。
「お疲れ様。
それならお腹痛くなったとか言って出て行ったらよかったのに。」
「いやいやいや、あの雰囲気の中でどう切り出せって言うの?
姉上だって⋯いや、姉上は出て行けるな。
利害が絡まないと空気読まないもんな。」
あんたはお母様そっくりのノミの心臓、じゃない、桃の心臓だから出て行けないんだよ。
「あんたってお顔だけじゃなく神経の細さまでお母様そっくりね。」
アジスはお顔はお母様似、深緑の髪と黄緑の瞳はお父様似なんだよね。
私は髪と容貌はお父様似で金茶の瞳はお母様似。
お父様が美形で良かったけど凛々しい顔つきだから可愛いものが大好きになったのよ。
「姉上みたいに豪胆になりたいよ。それか姉様みたいに狡猾になるか。」
アジスは長女のリディアを姉様と呼び私を姉上と呼んでいる。
名前で呼んでもいいのにリディア姉様の旦那様、ファリス侯爵が怒るから呼ばないんだって。
あの執念深い、狙った獲物はどんな手を使っても逃がさない姉様の旦那様は、鷹揚な方なんだけど、少し、その、アレなのよね。
姉様に執着というか、粘着というか。
外交官になったのも姉様が旅行が好きだからだったりする。
「よく考えたら私の周りでまともなのってあんたと元婚約者ぐらいだったのかも。
私を嫌ってたから、適度に距離があったし。」
そう言うとアジスは変な表情になった。
「姉上はカルゼ様をわかってないよ。」
ため息ついて残念な子を見るような目で見ないでよ。
「そんなに深く関わってないんだからしょうがないじゃない。」
子供の頃は付き合いがあったけど、婚約してからはあまり交流がなかったからね~。
「もうちょっと深く関わった方が良かったような、関わらなくて良かったような?」
なんなのよ、その曖昧な言い回し。
「なんにせよ婚約解消するんだからもう関係ないし。
これで私はフリーになってギスバル公国に留学できるわ。」
「そんなに上手くいくと思う?」
持って回った言い方はやめて。
私の幸せにケチつけないでよ。
私は学園を休んで大急ぎでギスバル公国の留学の手続きをしていた。
あっちもこっちと同じ15才から18才までの3学年制。
つまり後1年と7か月しか時間が無いのよ。
ギスバル公国の学園はこっちと違って能力重視。
急がないと勉強についていけない。
それなのにノックもなしにいきなり部屋に入ってくる阿呆がいる。
「アジス、ノックくらいしなさい。」
頭でノックさせてやろうか。
私の黒い思考を読んだのか扉を閉めてノックをしてきた。
許可してから入ってくる阿呆可愛い弟に荷造りしながら要件を聞いた。
「急ぎじゃないならあんたをトランクに詰めて砂利道を転がすからね。」
「残念だけど、留学できないよ。」
「できるわよ。
私の今の成績なら余裕で編入できるって言われてるもの。」
「そうじゃない。
王命でカルゼ様との婚約が継続になったんだ。」
私は持っていた服を落とした。
王命?
王命って君主が出す勅命の事よね?
拒否したら最悪反逆罪に問われちゃう調子こいた命令でしょ。
何で私とカルゼの婚約に国王が口出ししてくるの?
私は逃げようとしていたアジスの元にすっ飛んで行き、胸倉を掴んで叫んだ。
「どうして国王陛下が出てくんのよ!」
「姉上、苦しいっ!」
「たかが公爵家と伯爵家の婚約じゃない!
王家に利害なんてない話なのに!
おかしいわよ!!」
「と、とにかく、落ち、着いてっ!
頼む、から、離しっ!!」
喋りにくそうだから離したけど、咳き込んでないでさっさと話せ!
私の怒りオーラを感じたのかアジスは後退りながら事の経緯を説明する。
「姉上がカルゼ様に婚約解消を迫ったのが3日前。」
迫ってないわよ。
向こうが嫌がったんじゃない。
「その時に殿下とシリル様を脅して証人に仕立て上げ帰った後の話しただろ。
聞いてた?」
「聞いてたわよ。
混沌の中であんたが出ていけなかったんでしょ。」
「そこじゃない!
殿下とシリル様が落ち込んでたって言っただろ。
城に帰ってからも落ち込んだまま食事も喉を通らなかったらしい。」
「なんでそこまで気にするのよ。
自分の婚約でもないのに。」
だから呆れて可哀想な子を見るような目で見ないでよ!
「友人の婚約を壊す証人にされたんだぞ。
普通だったら落ち込むだろ。」
「友人の自由になる手助けをしたのよ。
普通だったら自慢して回るでしょ。」
何勘違いしてんのよ。
「とにかく!
それで両陛下が心配して成り行きを知ったらしい。
国王陛下曰く、息子が貴族の婚約に関わったのが原因でもあるから、お詫びに王命で婚約を続けられるようにしたんだ。」
お詫びってお詫びになってないのよ!
臣下の結婚にいちいち首突っ込むな!
「あんた、めちゃくちゃ詳しいじゃない。
誰から聞いたのよ?」
「殿下と父上から⋯」
「お父様は今どこよ!」
「知らない!
父上が僕に姉上に話せって言って母上と出ていったんだ!」
逃げやがったな。
私は執事長にお父様の逃走場所を聞き出すために執事長室に行った。
ノックもせず扉を開けた私を書類を見ていた執事長はちょっと驚いただけで、立ち上がって笑顔で私を迎える。
私が来るのわかってたんだね。
そんで用件もわかってるよね。
「お父様はどこ?」
淑女にあるまじきドスをきかせた声で聞いたけど、好々爺の笑顔は崩れない。
さすが私のおしめを替えただけあって、怒りMAXモードでも執事長からしたら子供の駄々と同じ扱いだわ。
「旦那様の潜伏先はお嬢様には内緒にするようにと。
こちらを預かっております。」
潜伏って探してるの実の娘なんですけど。
しかもお母様を連れて行ったって事は2日以上は帰って来ないつもりだわ。
お父様24時間たったらお母様恋しさに壊れていくからね。
執事長は両手で恭しく家紋を押印した手紙を渡してきた。
娘に渡す手紙になんでわざわざ正式な封筒使ってんのよ。
私はペーパーナイフを使わず手でベリベリ破って便箋を広げると高級紙にたった一文。
『シーちゃん、ごめん。』
即座にビリビリに破ったわ!
一文に最高級の紙を使うな!
そんでこんな時だけ昔のあだ名で呼ぶな!!
「お嬢様落ち着いて下さい。
旦那様とて婚約解消に努力したのです。多分。
ですが王命が出されては旦那様ではどうする事もできません。」
わかってるわよ。
でも娘から逃げ出すってなんなのよ!
「お嬢様の奥様そっくりの瞳で怒られたら、旦那様は泣きますよ。」
そうね。
私の瞳はお母様と同じ金茶で感情が昂ると金になる。
その金の瞳で怒ってるとお父様泣き出すのよ。
私、お母様じゃないからね。
娘なんだけどね。
仕事はしてる筈だから仕事先で張ってれば捕まえられるだろうけど、それは非常識だしやりたくない。
元はと言えば第二王子が原因なんだから本人に責任取ってもらおう。
私は明日学園で会う第二王子を想像してどう料理してやろうかと笑いが込み上げてきた。
「お嬢様、笑顔が黒いです。」
やだ、淑女の微笑みに戻さなきゃ。