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文学と飽食の罪

飽食の害悪は多くの書籍で指摘されている。夏目漱石『草枕』には「うまいものも食わねば惜しい、少し食えばあきたらぬ。存分食えばあとが不愉快だ」とある。本当に腹いっぱい限界まで食べると後が不愉快になる。


「昨今は日本中がグルメブームで、おいしいものをたらふく食べることが幸福の要件とされる。しかし、美味であればあるほど、人は誘惑に勝てず必要以上に食べ過ぎてしまう。そのあげくに胃腸を壊したり、長年の栄養過多がたたって成人病になったりする」(池坊専好、鎌田浩毅『池坊専好×鎌田浩毅 いけばなの美を世界へ』ミネルヴァ書房、2022年、294頁)


ダンテ『神曲』では貪食は罪である。貪食の罪を犯した者達は地獄で不潔な泥濘に顔を押し付けられ、己の暴食の産物を口に詰め込まれている。

シェイクスピア『ハムレット』でも飽食は罪である。ハムレットは「父は飲食に飽き」と父王が飽食の罪を犯していたと語る(シェイクスピア作、野島秀勝訳『ハムレット』岩波書店、2002年、190頁)。


椎名高志『GS美神 極楽大作戦!! 27』「Gの恐怖!!【その1】」では「退廃と飽食をきわめた」古代文明が滅亡したと説明された。美神令子は「滅んで当然」「サイテー」と手厳しい。飽食は害悪である。


文学作品における飽食の罪は、物理的な行為だけでなく、精神的な側面も象徴する。欲望の無節制、自制心の欠如、他人や環境への無配慮さなど道徳的な側面を強調する。飽食が罪として描かれることで、人間の弱点や誘惑に対する警告として機能する。


飽食の罪が文学作品で取り上げられる背景には物質文明や社会の浪費的な側面がある。物質的な享楽に溺れることで、人々は精神的な充足感を見失い、倫理的価値観を軽視する危険がある。この点で文学作品は社会のバランスや健全な生活様式の提案として機能している。


飽食の罪は、登場人物の性格描写や物語の展開に重要な役割を果たす。登場人物がこれらの罪を犯すことで、その人物像が深化し、物語の展開に影響を与える。たとえば登場人物の転落や試練の過程が、その人物が飽食の罪に陥ることで象徴的に描かれる。


文学作品が飽食や暴食の罪を扱うことは、読者に道徳的な教訓を提供し、自己啓発を促す役割を果たす。登場人物がその罪から教訓を学び、成長していく様子は、読者に自己改善や倫理的価値観の再評価を促す要素として作用する。


飽食の罪が文学作品で取り上げられる背後には、人間の欲望や倫理的な葛藤、社会的なバランスなど、様々なテーマが含まれている。文学はこれらのテーマを通じて、読者に深い洞察や教訓を提供し、人間の本質や行動の意味について考えるきっかけを与える重要な役割を果たしている。


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