蕎麦
蕎麦うどんは江戸時代のファーストフードであるが、今でもファーストフードとして機能している。食事目的の一見客にとって麺類の店は入り易くて重宝する。寿司屋などは、お酒がメインの店ではないかと考えてしまうためである。ラーメン店に比べると、立ち食いではない蕎麦うどんの店は落ち着いて食べられることが多い。ファーストフード的に利用できながら、料理屋のようにゆったりとした雰囲気を味わえる。
蕎麦うどんのつゆはラーメンのスープに比べると透明感がある。蕎麦は元々、麺をつゆにつけて食べる形であった。ざる蕎麦やもり蕎麦がオーソドックスな蕎麦になる。その後、気の短い江戸っ子が、最初からつゆの中に麺を入れる形を生み出した。こちらの方が今ではポピュラーになった。
ざる蕎麦ともり蕎麦の違いは曖昧である。昔は前者が高級品という扱いであった。上と並、松竹梅のようなものである。ざる蕎麦は、ざるを器のものとする区別がある。四角形のせいろを器とする蕎麦は「せいろそば」である。しかし、せいろを器とする「ざる蕎麦」も多い。今は前者が海苔を乗せており、後者が乗せていないという料理の内容による区別が一般である。
上下関係で等級付けする全員が同じ物差しを持って同じ方向を目指す昭和のガンバリズムを否定する。価格に味が比例するという浅ましい拝金主義でもない。逆に皆が同じであることを強制する昭和の集団主義でもない。多様性を尊重する世界に相応しい発想である。
長野県は蕎麦の産地である。蕎麦を麺の形にして食べる「そば切り」発祥の地と伝えられている。昼夜の寒暖差が大きく、水はけのよい山地の畑が蕎麦の栽培に適している。信濃は坂の多い国という意味である。「しな」は坂を意味し、土層の重なりを指す(小山鉄郎『白川静さんに学ぶ これが日本語』論創社、2019年、37頁)。風が強い土地である。その強い風に揉まれて育った蕎麦は美味しい。細くてツルっと透き通る喉ごしながら、ピンと芯の通った力強いコシがある。ごまかしのない蕎麦の味が舌に広がる。
鴨南蛮は鴨肉とネギが入った蕎麦である。鴨肉とネギが美味しく調和した味である。体をじんわり温めてくれる。『相棒season18』第4話「声なき声」(2019年10月30日)では『週刊フォトス』記者の風間楓子(芦名星)が鴨南蛮を注文する。先輩ジャーナリストから仕入れるネタをネギにたとえている。「鴨が葱を背負って来る」は悪徳商法で使われており、あまり良いイメージを持てない。
ざる中華は中華麺を茹でて冷やしたものを和風つゆにつけて食べる料理である。刻み海苔やワサビ、ネギを入れる。東北地方で多く食べられている。