茶道の値段と味は比例しない
値段と味が比例しないことは茶道の基本理念の一つである「侘び寂び」に通じる。利休百首(利休道歌)にも値段と味が比例しないことにつながる内容のものがある。利休百首は千利休の教えをわかりやすく、覚えやすいように和歌の形にまとめたものである。
「茶はさびて心はあつくもてなせよ 道具はいつも有合にせよ」
茶の湯は質素にせよ。華美でなく、贅沢にならないようにせよ。何は無くても誠心からもてなせば、道具は無理して買い求めた、高価なものや珍器でなくても、有り合わせでよいと利休は言う。高価な道具や山海の珍味でもてなすことを自慢する茶人を戒めている。
「釜一つあれば茶の湯はなるものを数の道具をもつは愚かな」
これも利休百首である。茶道では、茶室に置く道具や飾り物、茶器などが非常に重要な役割を果たす。しかし、千利休は茶の湯には最低限の道具さえあればよく、高価なものをたくさん買い揃える必要はないと主張する。
「茶は道具で点てるのではない、心で点てるのだ」ということを教える。この言葉は、物事を単純化し、本質を見つめることの重要性を教えてくれる。千利休の言葉は、単純さや物事をシンプルに見ることの大切さを訴えかけるものとして、広く愛されている。
安土桃山時代の粟田口善法(鶴田純久)は手取釜ひとつで食事も茶の湯も行った。村田珠光から心の綺麗な茶人と称賛された。「カンナベ一ツニテ茶湯ヲスル、一世ノ間食ヲモ身一楽ム、胸ノキレイナル者トテ珠光褒美候」(山上宗二『山上宗二記』)。同じく安土桃山時代の茶人の丿貫も手取釜一つで雑炊を煮て茶の湯も沸かした。
漫画にも以下の以下の台詞がある。「お値段とお茶の味は関係ありません」(早川光原作、pikomaro作画、木村宗慎監修『茶の湯のじかん』集英社、2019年)。
茶道では茶器や道具の豪華さよりも、空間や時間の使い方、心の持ち方が重視される。限られた空間と時間の中で、参加者たちが互いに「侘び寂び」の心を共有し、自然との調和を感じることが目的になる。豪華な道具を持っているだけでは茶道の本質を理解できない。茶道には、道具のシンプルさや素朴さが重要視され、豪華な道具を使うことが重要ではない。それよりも、心の持ち方や気持ちの共有が大切である。
値段と味は比例しないことは茶道が持つ哲学である「一期一会」にも通じる。一生に一度の貴重な体験である茶の湯を楽しむために、価値観や先入観にとらわれずに、その瞬間を大切にすることが重要である。物事を見る目を大切にし、過去の経験や固定観念にとらわれず、毎回新しい気持ちで接することが大切である。




