鰻の蒲焼
土用の丑の日に鰻を食べる風習は江戸時代からある。夏バテ防止に良い食材である。体力をつけさせるために鰻を食べた。鰻丼は、鰻の蒲焼きを白飯の上に載せ、タレをかける。江戸っ子たちが好んで食べた。
平賀源内によって「土用丑の日」というキャッチコピーが誕生した。
「土用丑の日には鰻を食え!」
鰻が売れない時期に鰻を売るためのキャッチコピーとする説がある。
鰻の焼き方には江戸焼きと大阪流がある。江戸焼きは背を開いた鰻を焙る。腹を開くことは切腹を連想するために武士から忌避されて背を開いた。大阪流は腹を開いたウナギを直焼きにする。ところが京都では江戸焼きが多い。東京の鰻屋で修行をした人物が京都で開業したためである。
林田豊吉は明治時代に東京の新橋で鰻屋「梅の井」を営業していた。そこで修行した人物が京都に帰って鰻屋「ぎをん梅の井」を開業した(加藤政洋、河角直美『おいしい京都学 料理や文化の歴史地理』ミネルヴァ書房、2022年、114頁)。
京都と言えば千年の都として他所では真似できない伝統というイメージがある。京都と言えば東京と張り合う先入観を持っていたが、東京から学んでいる。全国の美味しい料理の店が集まることは都に相応しい。
鰻はフランス料理でも使われる。ロワール川の流れるロワール地方では馴染みの川魚料理である。ランプロワ・ア・ラ・ボルドレーズは鰻を筒切りにして赤ワインとニンニクやネギなどの野菜と共に煮込んだ料理である。
ひつまぶしは切り分けたウナギの蒲焼を櫃に入れたご飯に乗せた料理である。ウナギは栄養価が高く、スタミナが付く食材である。櫃の中で蒲焼をご飯にまぶすから「櫃まぶし」。平仮名だけでは「ひまつぶし」と読みたくなってしまう。ご飯の上に蒲焼が乗せられた状態で供され、食べる人がしゃもじでかき混ぜる。それを茶碗に取り分けて食べる。
ひつまぶしは名古屋飯である。愛知県名古屋市を発祥とする説と三重県津市を発祥とする説がある。名古屋飯の天むすは津市が発祥である。20世紀の日本地理では愛知県は中部地方、三重県は近畿地方と分けられていたが、上からの分類であり、実際は関係が深い。
ひつまぶしは不揃いなものや切れ端の蒲焼を廃棄せず、有効活用するために生み出された。SDGs; Sustainable Development Goalsのフードロス削減と合致する。
肉料理のタンやモツ(内臓)も無駄を出さないところから生み出された。モツは臓物の略。白モツは大腸や小腸を指す。モツは中々噛みきれない食感が楽しめる。食べているという感覚があるす。モツは下茹でという一手間加えて提供される。




