中国やSFの値段と味は比例しない
食材の値段と味は比例しない。どんなに高価な材料を使っていても、不味ければ意味はない。高級なものを食べることが贅沢ではない。高級な食べ物を食べれば幸せになれるという幻想にとらわれてはいけない。それはただの錯覚に過ぎない。
値段と味が比例すると考えると、自分が感じる味に無頓着になる傾向がある。自分の感覚に関心がないからである。しかし、それはよくないことでもある。値段よりも自分の感覚を大切にしなければならない。
「味だけでいえば、100円ショップのお菓子のほうがずっとうまいかもしれない」
安い食べ物に価値がないということにはならない。安価で美味しいものにこそ価値を見出す。それが賢い消費者のあり方である。
この事情は中国でも変わらない。論語里仁編に「子曰わく、士、道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与に議るに足らず」とある。この悪は悪いという意味ではなく、粗末の意味である。粗衣粗食の意味である。衣服や食事が高級でなければ恥という感覚が恥ずかしい。飽食を否定することが本当の意味で食べ物に感謝することになる。
原泰久『キングダム 62』(集英社、2021年)では貴族が飲む高級な酒よりも安い酒の方が美味しかったと語られる。ここでは高級な酒を飲む現在と安い酒を飲んでいた過去の心境の変化に着目しているが、単純に高級な酒よりも安い酒の方が美味しいということはある。リーズナブルなことに価値がある。
浅田次郎『天子蒙塵』で愛新覚羅溥儀の皇妃の文シュウは「わたくし、お芝居や映画にはさほど興味はございませんの。西洋レストランの贅沢なお食事も」と言う(浅田次郎『天子蒙塵 1』講談社、2016年、192頁)。値段と価値を比例して考えない健全な消費者感覚がある。品質が良いものが必ずしも高価とは限らない。高い値段の物を消費することに喜びを感じない。
SFの世界でも同じである。「重要なのは鍋から出てくるものであって、その人がなにを入れると言っているかではない」(ジェイムズ・P・ホーガン『未踏の蒼穹』)。食材の値段が高いかよりも、作られた料理が美味しいかが重要である。
「格式の高いレストランだとかえって窮屈で食事が咽喉をとおりません」(田中芳樹『銀河英雄伝説外伝4 螺旋迷宮』)
「至高のパンを作る必要はない。安くてもみんながおいしいと言ってくれるパンを作ればいい」(甘蜜柑『銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)』「第115話:人が足りない」)
田中芳樹原案、荻野目悠樹著『野望円舞曲 4』(徳間書店、2016年)ではアイスクリームがカップタイプしかないと文句を言う。コーンが食べたい。高級品は逆につまらない。むしろ安さを求めたい。カジュアルにグルメを楽しみたい。




