値段と価値は比例しない
値段と価値や品質は比例しない。これは趣味や生き方、考え方等あらゆることに共通する問題である。金持ちだからといって、高い服を着ているとは限らないし、貧乏人が着飾らないとも限らない。これはその通りである。安物好きを貧乏人とすることには無理がある。高級な服を着ていても、高級な時計をつけていても、高級車に乗っているからと言って、あなた自身が偉くなったわけではない。
高級な物を身に着けることで優越感に浸れる人もいるだろう。しかし、その行為自体が自分にとって有益かどうかを考えるべきだ。例えば、高級なスーツを着て、高級な腕時計をつけて、高級な靴を履いていたとして、それで仕事ができるのかと言えば、おそらく多くの人はできないと言うだろう。
値段が高ければ高いだけ、価値が高いわけではない。値段が安ければ安いだけ、価値が低いということでもない。値段が高ければ、それだけの価値があり、値段が低ければ、それだけの価値しかない、ということはない。「高級品だから、絶対に買うべき」とは言わない。
「高いからいい」「安いからダメ」という判断基準で物事を見るのは、結局のところ、自分にとって都合のよい情報しか見ていないということでもある。「高い=良いモノ」という判断基準でモノを買うのであれば、それこそ「良いモノ」が「高くて良いモノ」になってしまう。「安くて良いモノ」にはならない。
「高いからいい」と安易に考えれば「高いからにはそれなりの理由がある」「高いからには相応の対価を支払うべき」となってしまう。しかし、本当にそうなのか? 高いからには高いだけの理由があるのだろうか。そのまま高い値段を受け入れるべきか。その商品の価値を値段で判断することは危険である。「値段が高ければ、その値段にふさわしいだけの価値はある」と考えることは危険である。値段がいくらであっても、その値段に見合うだけの中身が伴わなければ意味はない。
値段の高低と品質の良さは必ずしも一致しない。「値段が高くてもいいものはある」は、消費者の視点が欠けた主張である。「値段の高いものは優れている」は、消費者の視点で物事を見ていない。「値段の高いものは、総じて品質も良く、値段の高い分だけ、より優れた性能を発揮する」は、消費者の視点で物事を捉えられていない。安いからといって、その商品が粗悪であるとは限らない。安いからと言って、その商品が劣ったものであるとも限らない。
高級な物を買い漁って、散財するような真似はしない方がいい。自分に合ったものでないとダメなんだ。必要最低限のものだけを揃えよう。「必要なものは何か?」を考えずに買いまくるようなことをすると、破産まっしぐらだぞ!




