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時代小説の値段と味は比例しない

価格と味や品質、価値が比例するという価格信仰の拝金主義は昭和の発想である。昭和の発想は時代遅れであるが、昭和時代が異常であった。時代小説でも否定されている。

柴田錬三郎『御家人斬九郎』(新潮文庫、1984年)第四話「柳生但馬守に見せてやりてえ」は値段だけの高級料理をこき下ろす。「料亭の名だけで、もったいめかした、子猫の餌ほどの小鯛二尾、それも一向に味らしい味もせぬ」(40頁)。


山本一力『おたふく』(文春文庫、2013年)はリーズナブルな商品への価値が顕著である。これは江戸時代の寛政年間を舞台とした時代小説である。主人公は高級品店の次男。店を出て夫婦で弁当屋を始める。庶民にリーズナブルな価格で弁当を提供する商人の心意気が描かれる。

「安くてうめえモンを食ってのんでこそ、生きてる甲斐がある」「安くて美味いものは、ひとに生きる元気を与えることができる」(204頁)

「安心して口に入れることができて、ほどよい値で売られ、しかもその品が美味い時、初めて大きな儲けを生み出してくれる」(301頁)

「なるほど、そういうことか」と納得する部分もあるし、「そんなの当たり前だろ」とも思うが、面白い作品であることは間違いない。


山本一力『千両かんばん』(新潮文庫、2016年)の看板職人は「格式の高い料亭になど行きたくはなかった」(207頁)。それよりは「安くて美味い酒と肴が楽しめる」店がよい。これは堅実な消費者感覚である。

この手の主張は、主人公が庶民的な感覚を持っていることが前提となる。だから、主人公には金持ちや権力者に対する偏見があることが多い。しかし、面白いことに日本橋室町の大商人も料亭に出入りする姿を見られることを嫌った(207頁)。「あの店の旦那は、また今日も浜町(の料亭)においでのようだ」と評判になると商売に支障が出るためである。これも健全なビジネス感覚がある。

山本一力『つばき』(光文社、2017年)でも江戸の大店は贅沢を禁止していたとする。「無駄な金遣いを省いてこそ、身代の大きさを保っていられる」(136頁)。


「屋台の四文屋から田楽や天麩羅を買う楽しみは瀬田村にいた頃は知らなかったことである。この世にこんなうまい物があったのかと思った。四文屋はその名の通り、何んでも値が一つ四文で、助次郎の懐も、さほど痛むことがなく求めることができた」(宇江佐真理『雷桜』角川文庫、2004年、75頁)

屋台の食べ物を買う楽しみはファーストフードのチェーン店を歓迎する現代人と重なる。この楽しみは高級料亭の食事では得られないだろう。


河合単『銀平飯科帳 2』(小学館、2015年)で銀平は「食い物に下賎も高貴もないでしょ。あるのは旨いか不味いかだけ」という。食材の値段と味は比例しない。江戸時代は白身の鯛が武士の食べる刺身として重宝され、マグロは下々の食べる魚とされた。勿体ない話である。武士は権威に雁字搦めになり、安くて美味しい食べ物を楽しめない。


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