回転寿司
私にとって寿司と言えば回転寿司であった。回転寿司は寿司ではないと格好つける人もいるが、むしろ回転寿司は江戸時代の屋台の伝統に近い。寿司は江戸時代のファーストフードであり、かしこまって食べるものではない。築地や銀座のお寿司には無い、素材を生かしたボリューム感とコスパの良さが魅力である。今や、ちょっと名を知られた店より高品質の回転寿司店が無数に存在する(米川伸生『回転寿司の経営学』東洋経済新報社、2011年)。
回転寿司は消費者志向である。抱き合わせのコース販売、セット販売ではなく、バラ売りである。消費者は好きな皿を選択できる。自由に選択することは魅力である。一方で自由には色々と調べて判断しなければならない大変さも付随する。これに対して回転寿司は流れてくる皿を待っていれば良い。楽に選択できる点が消費者に優しい。回転寿司こそ寿司の真髄を有しているのではないか。
回転寿司の事業としての強みは人件費の割合を低く抑えられることである。「回転寿司は専用のベルトコンベヤーを使い、基本的に人の手を介さず客席まで料理を運べるため、ウェーターやウェートレスなどホールを担当する従業員が少なくてすむ」(「なぜ? 回転寿司のファミレス化が止まらない」読売新聞2018年4月23日)。
回転寿司の機械化は消費者に価値を提供する。店員の個人的な当たり外れをなくし、サービスを平準化する(早川光原作、橋本孤蔵漫画『江戸前鮨職人きららの仕事 2』集英社、2003年)。コストを抑えることで廉価で提供される。
無駄をなくして効率化を進めることは必要である。効率化の行き過ぎや弊害を指摘する声があるが、楽にしたいという思いが文明を発達させてきた。頑張ることを美徳する昭和的なメンタリティは生き辛くするだけである。むしろ何のための効率化であるかが問われる。消費者に負担を押し付ける効率化は批判できる。
セルフサービス方式は効率性を高めるだけでなく、顧客満足度の向上にも貢献する。本来は消費者のセルフサービスでコストを抑えることは、消費者の利便性低下とのトレードオフになる。しかし、消費者には他人に気兼ねせず、自分のペースで皿を取りたいという欲求もある。それは、むしろセルフサービスとすることで実現する。これはバイキングの人気とも重なる。
回転寿司チェーンはタッチパネル注文による特急レーン方式にするところもある。これは回ってきた皿をとるという回転寿司の特徴からは変質である。しかし、回転寿司の価値を消費者は注文のために話す必要はないことと位置付けるならば、本質的な価値は変わらない。
大河原遁『王様の仕立て屋 下町テーラー 3』「きららの仕事」では回らない寿司屋の蘊蓄が語られる。マグロは目玉であり、利幅を抑えた価格設定にしているため、マグロばかり食べる客は嫌われる。成程と思うが、それならば消費者が好きなものを気兼ねなく選択できる回転寿司の素晴らしさを逆に感じてしまう。




