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勇者の相棒、帰る ~召喚先は、あれから十年後の前世の世界~  作者: 星見だいふく
勇者、故国へ帰る編
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楽しい時間はあっという間


ウラガーンの街路は雪が積もり、真っ白だ。寒さに負けることなく町の人々も子どもたちも楽しそうに行き交っている。

十年前の悲劇が嘘のように、町は賑やかで、平和で、幸せそのものであった。


「十年前……私たち以外にも、少数ではありますが生き残った人たちがいました。みなすぐに町を離れ、国を出て避難しておりましたが、お兄様が戻ってきたことを知って、その人たちも戻ってきてくれて。いまもまだ、当時に比べれば小規模な町ではありますが、アリデバランはかつての姿を取り戻そうとしています」


町を眺めるリラに説明しながら、ローザもまた、町の様子をしみじみと見入っている。

きっと、再興や兄の手伝いに忙しくて、ろくに町を見て回っている余裕もなかったのだろう。十年間、彼女も愛する国のために奔走し続け、忙しく駆けずり回っていたに違いない。

フェリシィやセラスも楽しそうに町を見やり、リラは町中を流れる水を眺めた。


「ターブルロンドも水の町って感じだったけど、ウラガーンもあちこっちに水路があるんだな」

「フルーフ王が技術提供してくださったおかげで、ウラガーンは定期的に雪が解ける仕組みになっております。その水路は、大半が雪解けで流れ込んだ水です」

「ああ、なるほど……」


たしかに、これだけの雪が絶えず解け続けているのなら、水の量もすごそうだ。さすがにグリモワールが考えた技術だけあって、そういうフォローもしっかりしている。


「ライラ様!あのお店に行ってみましょう!私、実はずっと気になっていたのです――」


フェリシィが腕を引っ張ってくる。

指差す先は、恰幅の良いおっちゃんが店主をやっている出店。様々な年齢層の客が絶えずやってきて、楽しそうに何かを飲んでいる。


アリデバランに来て、町で見かけるたびに気になっていたらしい。リラも同意し、セラスとローザも興味津々で店に近寄った。


「はい、いらっしゃい!おや、お客さん、外国の人だね?ウラガーン名物はいかがかな!美人が買ってくれるなら、おまけしちゃうぞ!」


出店は、甘い飲み物と肉を使ったファーストフードのようなものを取り扱う、飲食店のようだ。とりあえず店長のおすすめを四人分頼めば、飲み物が四つと食べ物が四つ、あと、アスール用にソーセージ一本おまけしてもらえた。


見渡してみれば、みんなあちこちで飲み食いしている。

リラたちもそれにならって……箱入り姫として育ったローザは、道端で立ち食いするなんて初めてで、ものすごく戸惑っていた。旅でそういう経験をしてきたフェリシィですら、ちょっと抵抗があるぐらいだから無理もない。

寒い雪空の下、あたたかい食べ物に思いっきりかぶりつく――最後にはローザも、クスクスと笑っていた。


「お店の方にレシピを聞けば、私でも作れるでしょうか?」


お腹を押さえつつ、ふう、とため息をつきながらローザが言った。


「いや……たぶんあれ、料理としてはすごく単純だと思うぞ。パン生地にソーセージと野菜挟んだだけだろ?ホットドッグみたいなもんじゃないか?」


すでに城でケーキを食べてきたばかりだから、すべて食べ終わる頃にはリラもお腹がちょっと重かった。今日の夕食はパスかな。


「腹ごしらえも済んだことじゃし、わらわたちへのプレゼントを買いに行くぞ!ほれ、ライラ、さっさとせぬか!」


今度セラスがリラの腕を引っ張って急かしてくる。向かうは可愛い雑貨店が並ぶ小さな通り――セラスも、何度かアリデバランに来ているから、行きたい店は決めてあるのだろう。

色とりどりで、女の子が好きそうなものがたくさん……。フェリシィやローザも、店を覗いては楽しそうに商品を眺めていた。


「おっ。アスール、おまえがいるぞ」


小さめのぬいぐるみが並ぶ店を覗いて、リラが言った。

ブルーパンサーのアスールは小首を傾げ、不思議そうに寄ってくる。ほら、とリラがブルーパンサーっぽいチビぬいぐるみを見せれば、くんくんと匂いを嗅いでいた。


「お客さん、ブルーパンサーを連れているんだね。この国のお姫様と一緒だ」


可愛らしい雰囲気の老婆が、ニコニコ笑顔で声をかけてくる。きっと店主だ。

ローザも小さいブルーパンサーのぬいぐるみを見て喜んでいる――彼女がそのお姫様だということには、さすがに気付いていない。


「ブルーパンサーはね。魔獣ではあるんだけど、アリデバランの守り神にも等しい、縁起の良い生き物とされているんだよ。だからウラガーンの人たちは、ブルーパンサーを描いたものをお守り代わりに持つことが多いのさ」

「なるほど。このぬいぐるみも、お守りの一種ってことか」


ブルーパンサーのチビぬいぐるいを四つ手に取り、リラが言った。


「じゃあ、プレゼントは決まりだな!そんなありがたい効果のあるぬいぐるみなら、祝いにぴったりだし」

「なんと安上がりに決めたものじゃ」


セラスは唇を尖らせたが、フェリシィとローザは喜んでくれたので、リラは構わずそれを購入することにした。


リラからチビぬいぐるみを受け取ったローザはさっそくアスールと見比べて笑い、フェリシィも、娘が喜ぶと嬉しそうに笑った。

セラスは不満そうな態度を取っていたが、チビぬいぐるみを大事そうに持っていた。

ちなみに四つ目は、自分用である――リラも、ひとつぐらいは欲しかったのだ。もしかしたら、持って帰ることはできないかもしれないけれど……。


「ローザ」


ぬいぐるみの店から出ると、ザカートが立っていた。

ブルーパンサーと外国人の女を連れた銀髪の美女のあとを追うのは、ものすごく簡単だったことだろう。町の人に聞けば、すぐに足取りが見つかるはず。

わざと、人目の多い場所を選んで歩いてきたのだし。


「お兄様」

「楽しかったか?良いところだろう、ウラガーンは」


兄の登場にローザは目を丸くしたが、ザカートは優しく笑って言った。

ローザも笑い、笑顔で頷く。


「短い時間ではありましたが、それだけでも……。十分過ぎるぐらいの幸せを感じられるほどに」

「そうか――俺たちで、これからもっと良い町にしていこう。いつか、アリデバランは世界で一番素晴らしい国だと言われるような……そんな国に」


ザカートが迎えに来たから、残念ながら今回はこれで時間切れ。ローザは大人しく城へ帰っていく。リラたちも、一緒に城に戻った。

楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。西の空へと沈む太陽を眺め、リラは思った。


明日にはグリモワールに向かって出発し、その後は……。




町での買い食いのおかげで、やっぱりリラたちは夕食をパスすることになってしまった。

男たちが食堂で夕食を取っている間、ぽっかり時間の空いたリラは、城内にあるラウンジにいた。


客室に案内されている時にチラッと見えたのだが、このラウンジには絵がたくさん飾られている。

貴賓しか入れないエリアのラウンジだから、飾られている絵も結構プライベートな題材のものばかりで。


「これだよ、これ。もしかしてこれって、ローザとルークの結婚式の時のか?」


華々しい衣装を着たローザとルークの絵。

二人が結婚したと聞いた時から、もしかしたらこの絵は婚礼衣装の二人を描いたものなのでは、と気になって、ちゃんと見たいと思っていたのだ。

はい、とローザが照れながら答える。


「やっぱ綺麗だなぁ。ルークもかっこいいじゃん。婚礼衣装って言うより、騎士の正装着って感じだけど」

「ルークの衣装は、実際に正騎士の制服をアレンジしたものなんです。彼には、やっぱりその衣装が一番よく似合うと思うので……私が希望して……」


言いながら、ローザがさらに照れる。もしかして惚気られた?とリラはニヤニヤ笑い、他の絵も見た。


「これは……おまえたちのご両親か?」

「はい。かつて私たちの両親の絵を描いた画家は外国にいたので、災禍を逃れまして。兄が即位したことを受け、お祝いの品として寄贈してくださったんです――自分の記憶を頼りに描いた、拙いものだと謙遜しておりましたが……兄も私も、この絵に感動いたしました」

「そっか――ん。即位……?」


言われてみれば当たり前なのだが、ザカートはアリデバランの皇帝になったのだから、即位式や戴冠式をやっているはずだ、ということにリラは気付いた。

ジャナフみたいに、そんなもの面倒くさくてやってられるか、と一蹴していたら話は別だが。


「……あっ。きっとこれだよな――なあ、これ……」


きょろきょろと絵を見比べて、すぐに見当はついた。

ひときわ大きなこの絵で間違いない。豪華な衣装を身に纏う、ザカートの肖像画。こうやって見ると、教科書に出てきそうな迫力がある。


「戴冠式の際の、兄の姿を描いたものです」

「だよな。他のみんなも、戴冠式は見に来たのか?」

「はい。アリデバランの再興も落ち着いた頃に戴冠式を執り行い、プレジール、グリモワール、マルハマ――再興に手を貸してくださった皆様方を招待させていただきました。こちらに、皆様と一緒に描いたものも……皆様方も美しいお衣装を着ていらっしゃって、それは華やかな式となりました」

「おー。本当に圧巻だなぁ」


肖像画とは別に、みんなが並んだ絵もあった。ローザの言う通り、全員正装をしているから、すごく華やかな絵だ。みんな、その衣装が似合うだけの容姿と貫録があるし。


「いいなぁ。オレもこれを生で見たかったなぁ」


羨ましい気持ちを素直にこぼせば、あら、とローザが相槌を打つ。


「では、お兄様に着て頂くことにしますわ。さすがに戴冠式の衣装そのままは無理なので、多少簡略にはなってしまいますが」

「いいのか?」


見せてくれるというのなら、ぜひ。

リラが目を輝かせれば、ローザはにっこり笑い、女官たちを呼び寄せた。


「では、参りましょうか。ライラ様」

「おう――うん……?あれ……どこに?」


自分はどこに連れて行かれるのか――というか、なんで?

訳が分からず混乱するリラを、女官たちはオホホと上品に笑いながら引きずっていく。


なんだかとっても……デジャヴ。


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