ガールズパーティー
アリデバラン城の宝物庫――鍵を開けて中に入れば、真っ先に目につく場所に重厚な箱が置かれている。
ルークがそれを恭しく差し出し、ザカートが箱に手をかざした。
「一応、この箱は俺でないと封印が解けないようにしてあるんだ」
箱に不思議な光の文様が浮かび上がり、パリンと割れる。箱を開けると、中には見覚えのある剣が。
ザカートが手に取り、引き抜こうと……したが、ガチガチと鳴るだけで剣を引き抜くことは叶わなかった。
「お、おい……」
「手入れしないまま鞘に入れて放置してたから、錆びついてしまったみたいだな」
ザカートは苦笑いで言ったが、リラは青ざめる。抜くことすらできない剣では、ろくに使うことすらできないではないか。
「オレが持ってやるから!しっかり――」
鞘の側をリラがしっかり持ち、ザカートは両手で引き抜こうとする。ザカートの手の痣が光り出し、リラは慌てた。
「お、オレにその光、当てるなよ!?シャレにならねーんだからな!」
でも勇者の力が発揮されたおかげか、剣はなんとか抜けた。
やっぱり、剣は乾いた血が張り付いて真っ黒で、刃こぼれしている箇所もある。
「いくら魔王ネメシスには新しい別の聖剣が必要とは言え、これでは普段の戦いにも使えないな……」
剣を観察するザカートに対し、大丈夫ですよ、とフルーフが言った。
「これぐらいなら、グリモワールの技術で何とかなります」
「なら、さっそく出発するか」
剣を鞘に収め、ザカートが言った。
もう発ってしまうのですか、とローザががっかりする。
「すまない。ここには剣を取りに来ただけだから……帰ってきたら、もうちょっと政務をすることにする」
ザカートの言う通り、ここには剣を取りに来ただけだから、もう用事は終わってしまったのだが……。
「ザカート様。もしよければ、一晩滞在させていただけないでしょうか。グリモワールまでの帰路は長いので、休息を取らせてもらえれば、とてもありがたいのですが……」
セイブルが、おずおずと提案する。
セイブルが自分から休ませてほしいと頼んでくるなんて、珍しいことだ。
久しぶりに帰ってきてくれたザカートはもちろん、アリデバランを訪ねてくれたリラたちをもてなしたくて――引き留めたいローザの気持ちを汲んでの提案だったのだろう。
フルーフが、真っ先に賛同した。
「そうですね。一晩休んでから出発しましょう。実は、ミカさんにオラクルの偵察を頼んであるんです。彼がグリモワールに戻ってくるまで、まだ時間もかかるでしょうから、急いで戻る必要はないかと」
「ミカを?」
自分の連れ合いの名前が出て、セラスが目を丸くする。
いまはセラスの夫でもある魔族……というか元・人間……というか、一応勇者。
悪い人ではないのだが、世界の危機とか、勇者の使命とか、そういうことに興味がなくて、自分の研究に没頭していたいタイプなのだ。
だから、前回のライラたちの旅にも、積極的に参加することはなかった。
セラスと一緒にオラクルの話は聞いていたから、だいたいの事情は知っているだろうけれど……。
「はい。セラスさんがこまめに手紙でやり取りをして、詳細を教えてくださってたんですよね?オラクル王国に行って調査してくると、ご自分から提案してくれたそうですが……」
「わらわは聞いておらぬ。あやつめ、何を企んでおるのじゃ」
うさんくさそうな顔をしているが、セラスなりにミカのことを心配しているんだろうな、とリラは思った。
ミカはあまり戦闘が得意そうには見えなかった――クルクスの前の魔王を倒した実力はあるのだから、戦えないことはないはず。
それでも、心配するセラスの気持ちはもっともだ。
「オラクルを探ってくれるというのならば有難い。あの国のことも、魔王のことも、まだまだ情報が足りぬからな。ザカートの剣が元に戻れば、いよいよオラクルに向かうことになる。魔王との戦いは、やはり楽なものにはなるまい……」
ジャナフが言い、全員が頷いた。
たしかに十年前より自分たちはずっと強くなり、経験も積んで、そう簡単には敗けなくなった。リラもまた、敗ける気はない。
だがやはり、油断はできない。魔王クルクスとの戦いがどのような結果になったか、それを考えたら……。
アリデバランの城でも、リラたちは一人一部屋ずつ客室が与えられ、休むことになった。
リラのセンスではヨーロピアンなお城としか評せないが、グリモワールやプレジールの城とはちょっと違っていて、各部屋に暖炉が付いているのが特徴的だ。
実際に使っている暖炉を見るのは初めてだから、リラはしばらくの間、ぱちぱちと燃える暖炉の火を眺めていた。
「……ん。フェリシィとセラスか?」
部屋の扉をノックする音が聞こえてきて、リラは扉に向かう。そこにいたのは、予想通りフェリシィとセラス。
お茶にしませんか、とフェリシィが笑顔で言った。
「いいぜ。ほら――オレの部屋でいいのか?」
フェリシィがお茶と茶菓子を持って、リラの部屋にあるテーブルに用意していく。
セラスは部屋のベッドに寝転がって寛ぎ、リラは苦笑いでフェリシィを手伝おうとして……また誰か、部屋にやって来る。
もう一度扉へ向かうと、今度はアスールを連れたローザが立っていた。
「押しかけて申し訳ありません。ライラ様に、これをお渡ししたくて」
ローザが差し出したものは、甘い匂いがただようケーキ。
アスールが、ローザが手にしているものを見上げてそわそわしている。リラはケーキを受け取り、くすりと笑った。
「そう言えば、昔もこうやってケーキを焼いてくれたな」
十年前を思い出して言えば、ローザも笑った。
「せっかくだから、部屋に寄ってけよ。ちょうどフェリシィとセラスも来ててさ。一緒に茶でも飲んでお喋りしようぜ」
十年前、アリデバランからグリモワールに戻った後のこと。
フルーフに勧められたとおり、ザカートは妹ローザ、騎士ルーク、ブルーパンサーのアスールを連れて来ていた。二人と一匹は、そこでザカートの帰りを待つことになったのだ。
魔王クルクスの城へ突入する前、ライラたちもしばらくはグリモワールに滞在することになり、ある日、ザカートに声をかけられた。
「ライラ。ローザがケーキを焼いたんだ。食べに来ないかと誘われて向かうところだったんだが、一緒に行かないか?」
ザカートに誘われ、ライラはあまり深く考えずに同行した。
そして部屋に着いてみて、まずったな、と思った。
ザカートとライラを出迎えたローザは、明らかにライラを見て動揺していた。楽しそうにしている兄の手前、ローザはライラのことももてなしたが……たぶん、自分はお邪魔虫だ。
目の前の美味しそうなケーキは、兄のために作った……ローザは、兄と二人で過ごしたかったはずだ。
なのに、ライラに割り込まれてしまって。おまけにザカートは、ライラに笑顔を向けて……。
「ローザが作ったケーキは美味しいだろう?母上がケーキ作りが得意な人で、ローザはいつもそれを手伝ってたんだ。もちろん、当時はまだ小さいから、本当にちょっと手伝うだけだったんだが……一人でも、上手に作れるようになったんだな……」
楽しそうに話しかけてくるザカートに適当に相槌を打ちながら、さっさと食べて退散するか、とライラはケーキをむしゃむしゃする。
だが皿が空っぽになると、ザカートはおかわりをすすめてきて。
「……ローザ。そんなぐちゃぐちゃになった部分をあげなくても……ライラ、俺のと交換するか」
兄に促されライラにおかわりを渡そうとしたローザは、ケーキの中でも、ちょっと失敗した部分を切り分けてきた。心なしか、表情も拗ねたようになっている。
ザカートが自分の皿と取り換えようとしたら、さっと手を伸ばして、兄を妨害した。
「ローザ……?さっきから思ってたんだが……もしかして、わざとライラに冷たくしていないか?どうしてそんな――」
「おまえが悪い」
妹の違和感に気付きだしたザカートの頭に、ライラはゴツンと拳骨を落とす。
かなり手加減したから痛くはなかったはずだが、ザカートは驚き、目を丸くしてライラを見た。
「ローザ。おまえ、本当はザカートと二人で過ごしたかったんだろ?ごめん、気付かなくって――ザカート、おまえもだぞ。可愛い妹を自慢したいのは分かるけど、まずは二人で過ごす時間を優先してやれ」
ぱちぱちと目を瞬かせるザカートに、ライラはなおも説教する。
「そりゃ、負けるつもりはないけどさ。オレたち、もうすぐ魔王との戦いに行くんだぜ?ローザからすれば、ようやく兄ちゃんに会えたのに、もしかしたら今度こそ永遠の別れになるかもしれないって、不安になるのも当然だ。できる時に、離ればなれだった時間を埋めておけ」
ライラはローザが切り分けてくれたケーキを手に立ち上がった。
ぱくっと、ケーキを口に放り込む。ぐちゃぐちゃになって不格好だけれど、味は美味しい。ローザが、兄を激励したくて、想いを込めて作ったものなのだろう……。
「ケーキ、美味かったぜ。ありがとな。ザカート、間違ってもローザを責めたりするんじゃねーぞ」
そして自室に戻ったライラは、途中で会ったフェリシィ、セラスに、ザカートの失敗談を面白おかしく喋った。
真面目なザカートも、デリカシーに欠けることをやらかしたりするんだな、とライラが面白がれば、おぬしが言うか、とセラスが呆れていた。
女三人で喋っているところへ、誰かがライラを訪ねてくる。
出迎えてみれば、小さい箱を持ったローザが。おずおずと、ローザは箱を差し出した。
「……あの。これ……」
「オレにか?もらってもいいのか?」
小さく頷くローザに、ライラはにっこり笑って箱を受け取る。
中身は見なくても分かった。甘い、良い匂い。
「意地悪してごめんなさい……」
「気にすんな――おまえ、いい子だな」
しゅんとなって謝罪するローザの頭を、ライラはぽんぽんと撫でる。
ザカートの妹だけあって、やっぱりローザも良い子だ。ザカートが自慢に感じて、ライラと引き合わせたがる気持ちもよく分かる。
「あ、そうだ。いま、部屋にフェリシィとセラスも来ててさ、お茶会ってのをやってるんだ。よかったらおまえも一緒に参加しないか?」
ライラの提案にローザはちょっと戸惑う様子を見せたが、セラスがひょっこり顔を出し、ローザを引っ張って部屋に連れ込んでしまった。
……たまには、こういう強引さもいいだろう。




