美しき帝国
セイブルの背に乗り、アリデバランへ向かって飛ぶ。
……相変わらず、この地域は寒い。
「うう、寒い……前の時よりは寒さに慣れたと思ったけど、やっぱ寒いの苦手だ……」
ちゃんと防寒着も用意して、しっかり寒さ対策をしていたのだが、やはり寒い。
当たり前なのだが、日本の冬とは寒さの質もレベルも違うし、リラはできるだけ誰かにくっついて、暖を取るようにしていた。
特に、風除けとしても一番効果の大きいジャナフに。
でも、筋肉ってあんまりあったかくないんだな――暖を取るなら、柔らかくてあたたかい女性陣のほうがいいことを、この時リラは知った。思いっきり、どうでもいい無駄知識であった。
「姉者、そろそろアリデバランの国都ウラガーンが見えるぞ」
カーラに言われ、リラはジャナフにしがみついたまま弟が指差すほうを見た
アリデバランの国境を越えた頃からちらちらと雪は降っていたけれど、空は明るい。だから、遠目にも国都ウラガーンは良く見えた。
丸い屋根が特徴的な、白と金で彩られたアリデバランの城。城下町の建物は赤みがかった煉瓦造りだから、よりいっそう白い城の美しさを引き立てている。
でも、赤い煉瓦に白い雪がちらちらするのもよく映えていて。
「あっ、ちょっと待て。もしかして――」
ウラガーンに入るためにセイブルが高度を下げていたのだが、待ちきれずにリラは飛び降りた。
待ってください、とセイブルが慌てる声が聞こえる。
国都に入ろうとするリラを、門番が止めた。
「おーい、カーラ!」
通行証を求めてくる門番に、そっか、とリラは思い出した。
通行証なら、弟のカーラが持っている。リラがセイブルの上にまだ乗っているカーラに呼びかければ、カーラがため息をつくのが見えた。それでも、転移術でリラのところへ飛んできた。
「マルハマ王の遣いだ。王の親書と、通行書を……」
カーラが国都へ入る手続きをしてくれている間に、リラはさっさとウラガーンに足を踏み入れた。
白く積もった雪を踏めば、きゅっと柔らかい音がして、リラのうしろに足跡が残っていく。
やはりそうだ。国都ウラガーンの積雪は柔らかい。
アリデバランに入ってから国のほとんどは雪に覆われていたが、すっかり固くなってしまっていて、ほとんど足跡が残らなかったのだ。
でもウラガーンの雪は新しく、リラはさっそく雪を丸めて感触を楽しんでいた。
「子どもか……」
「何とでも言え。マルハマじゃ雪なんて降らないし、日本でも、ここまで見事な降り方をするところに住んでないから珍しいんだもん」
カーラは呆れているが、リラは唇を尖らせ、丸めた雪を弟めがけて放り投げる。
やると思った、とカーラは呟き自分めがけて飛んでくる雪玉を手でカードした。
「グリモワールから技術提供してもらって、ウラガーンは定期的に雪が解ける仕組みになっているんだ。だから、ここだけはいつも雪が新しく、他と比べても量が少ない。おかげで雪かきがずいぶん楽になった」
追いついたザカートが、雪で楽しんでいるリラに説明する。
小さくなっているセイブルに雪をぶつければ、セイブルはびっくりしていた。
「ウラガーンは一からすべて建て直しでしたから、町全体に熱導線を敷いて自動的に雪が解けるようにしてみたんです。好評そうで良かったです」
町の様子を眺め、フルーフも笑顔だ。
フルーフは雪が解ける仕組みを語りたいような顔をしていたが、難しい説明を聞くのはパスした。
「あら。みなさん、アスール様が私たちを迎えにきてくださいましたわ」
フェリシィが、民家の屋根を指し言った。
屋根の上から軽やかに走る足音が聞こえてきて、リラたちの前に飛び降りてくる。フェリシィの言う通り、それはブルーパンサーだった。
アスールはザカートに駆け寄り、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄ってくる。
迎えにきてくれたのか、とザカートもアスールの頭を撫でた。
「ローザに、俺が戻ったことを知らせてきてくれるか。俺たちも、すぐに城に向かう」
ザカートの言葉を理解したように、アスールは長い尻尾をふわりと振って、また駆け出して行った――屋根伝いに、軽やかな足取りで走って行く……。
「さては、おまえも人に仕事押し付けてる系の王様やってるな」
ローザの名前が出たことで、リラはあることを察した。
アリデバランの皇帝となったはずなのに、そのザカートがふらふら外国へ出歩いていて、国政はどうなっているのだろう――こっそり、それは気になっていた。
ジャナフやフルーフと一緒で、誰か代わりにやってくれる人に王様の仕事を押し付けているに違いない。
リラがジト目で見れば、ザカートは視線を泳がせた。
「妹のローザは優秀だし、アリデバランは落ち着いたから……。俺が国外の情報を持って帰ることは、アリデバランにとっては無駄じゃないぞ」
しどろもどろになってザカートは言い訳する。リラはため息をつき、苦笑いした。
別に、リラに言い訳する必要もないだろうに。
「僕もザカートさんも、ジャナフさんを見習っただけですよ。王は国にとって重要ですから、無理をするのは良くないと」
「おまえはもうちょっと後ろめたそうにしろ」
リラに言い訳する必要はないかもしれないが、堂々と胸を張って開き直るのも困り者だ。
アリデバランの町は、リラにとって初めて見る場所であった、以前の時は崩壊してしまっていたから……どんな町だったのか、想像することもできないほどに。
だから、ウラガーンを見て回りたい気持ちはあったが、さすがにそれは我慢することにした。
自分たちは、あくまで聖剣を取りに来ただけ。観光をしている場合ではない。
それでも、城へ向かう間、きょろきょろとリラは町を見回していた。
「待て」
きょろきょろ見回していたら誰かに呼び止められ、リラはぱちくりと目を瞬かせた。
いったい誰が、なんで――と思ったら、ザカートが城門の門番に止められていた。
「何の用があって城に近付く?」
まさか、とリラはぽかんとなった。
まさか……皇帝なのに、自分の城に入ろうとして警備に止められてる?
「……おまえ。自分のところの兵士に、顔を覚えられてないのか……?」
ジャナフですら、国都の兵士ぐらいなら顔を覚えている。いくらなんでも、国のことをおろそかにし過ぎでは。
「特に最近は国を離れていることが多かったからな。新入りだと、俺のことなんか分からないだろうな……」
ザカートは苦笑いで誤魔化していたが、さすがにこれにはカーラも呆れている。ジャナフとフルーフは、他人事ではない自覚があるのか、ちょっぴり気まずそうにしていた。
結局、ここでもカーラが取り成して城に入ることになり、城に入るとすぐにまた、アスールが出迎えてくれた。
アスールのすぐ後ろから、真紅の美しいドレスを着た女性が。
「お帰りなさい、お兄様――もう。ようやく帰ってきてくださった。前にお戻りになられたのは、いったいいつだったかしら」
わざとらしく拗ねた表情も美しい彼女は、ザカートの妹ローザだ。
十年前はあどけない少女だったが、すっかり大人の女性になって。でも、銀色の髪も、雪国の姫らしい凛とした美貌も変わりなく、一目で、十年前の彼女とその姿が繋がった。
すまない、と苦笑いで謝罪する兄にため息をついた後、ローザはリラに視線を向けた。
しばらくじっとリラを見つめ、微笑む。
「あなたが、いまのライラ様なのですね。お久しぶりです……またこうしてお会いできて、本当に嬉しいですわ」
「久しぶりだな、ローザ。すっかり美人になった――ルークのほうは、あんまり変わらないんだな」
ローザのそばに控える騎士は、誰かなんて考える必要もなかった。
彼のほうは、十年経ってもあんまり変化がない。さすがに十年前より老けてはいるけれど。
忠臣ルークは、リラに向かって頭を下げる。
「お久しぶりでございます――陛下。さっそくではございますが、すでに便りを受け取り、私共も事情は把握しております。聖剣を収めた宝物庫を開けますので、どうぞお持ちになってください」




