回顧録・ザカートが目覚める時
魔性と化したローザは氷を操り、その力は攻守一体を兼ねたものであった。
ローザが作り出したダイヤモンドダストは常に彼女の周囲をただよい、時に武器に姿を変えてザカートたちを攻撃し、時に盾となってザカートたちの攻撃を防ぐ。
ローザを覆う氷の盾――まるで卵のようにローザの全身を包み、あらゆる攻撃を防いでいる――それを破壊するには、強烈な攻撃が必要だった。フルーフの銃では火力が足りず、やはり破壊力に関してはジャナフやライラが適任……なのだが、氷には直接触れられない。
氷に触れると、接触箇所が瞬時に凍り付き、鋭い痛みが肌を刺した。
ジャナフの拳やライラの足を守るため、セラスが炎を宿らせて強化する――サポート系の術が苦手なセラスは、かなり苦戦しながら炎を操っていた。
おまけに、彼女に近づくと冷気が強まり、冷えた空気が肺の中まで侵入してきて、息を凍らせていく……。
ぐ、と小さく呻き、ジャナフはローザから飛び退いた。
片膝をつき、大きく息を吐き出して呼吸を整える。そんなジャナフを、フェリシィが回復する。
「親父、休んでろ!こんだけボロボロになってれば……!」
ジャナフの拳を叩きこんだおかげで、ローザの氷の盾はかなり脆くなり、一部が崩れ落ちている。もう一押しすれば――。
ライラはすぐさま飛び掛かり、豪快な蹴りで氷の盾を突き破った。
氷の盾は自動的に修復するので、破壊したらさっさと次の攻撃を仕掛けなくてはならない。だが修復の合間は防御が手薄にもなるので、ローザからの攻撃も激しくなり、ライラめがけて小さな氷の槍が飛び掛かってきた。
「いて、いてて!」
頑丈だから耐えるのは問題ないけれど、やはりこれだけ一斉に攻撃されると痛い。しかも、攻撃を受けた箇所が凍り出したから、フェリシィかカーラに氷を解いてもらわないと戦線復帰できないし。
だが、自分が避けるわけにはいかなかった。ローザの攻撃が息切れするまで、ライラがすべての攻撃を受けないと……。
ライラが下がると同時に、ザカートが飛び出して行く。魔を払う力を持ったマルハマの剣は、ローザ相手でも有効だった。
ローザは、氷で作った剣で兄の攻撃を凌いだ。
……きっとザカートが全力で攻撃すれば、いくら魔力で強化しているといっても、ローザの細腕ぐらい薙ぎ払うことができただろうに。
「……それが全力なの?七年間も故郷を見捨てて、その程度の力しか身に着けられなかったの?」
嘲笑うように、ローザが言った。
兄を蔑み見る表情は、可愛らしい顔立ちも台無しになるほど醜悪だ。可愛い少女の声はよく響き、ザカートの心をえぐった。
「こんな勇者のために、お父様やお母様が命を落とさなくてはならなかっただなんて。あなたのせいで、ウラガーンの民が大勢犠牲になったのよ……」
つばぜり合いとなったザカートの剣とローザの剣が、カタカタと小さく音を立てる。
互いに押し合って……ザカートのほうが圧されていた。明らかに、ザカートは動揺している。本来の力を、まったく出せていない。
「……あなたが死ねばよかったのに。あなた一人のために、どれだけの命が失われたことか――いっそ、生まれて来なければよかったのに!お兄様のせいで、みんなが不幸になったわ!」
ローザの周囲で白いものが渦巻き、嫌な予感がした。
カーラが治療途中だったが、それを振り切ってライラは動き、ザカートをかばった。フルーフの援護射撃もあって今度はちゃんと避けたけれど……そろそろ、勝負を決めないと。
「フェリシィ、ワシはもう良い――もう一度だ」
ライラとザカートに代わってジャナフが飛び出し、完全に修復してしまった氷の盾を破壊し始めた。
何度か破壊して気付いたのだが、完全無欠に見える氷の盾も、破壊されるたび、修復するたびに防御力は落ちている。
そしてライラたちもまた、戦いが長引けばどんどん厳しい状況に追いやられることになる。
いくらジャナフとライラの回復力が高いと言っても、呼吸が困難になるほどの冷気はきついし、それを回復するフェリシィとカーラにも限界がある。
距離を取っているからライラとジャナフほどではないが、フルーフたちも冷気の影響は受けているから、じわじわとダメージが身体を蝕んでいる――次の攻撃で、本格的にローザを止めるべきだろう。
自分を治療するカーラを止め、ライラも立ち上がった。
「ザカート、今度はオレも親父を手伝う。一気にたたみ掛けて、盾を壊す――ザカートも、さっきより早めのタイミングで仕掛けてこい。オレたちでちゃんとかばうけど、多少のダメージは覚悟してくれ」
しかしザカートからの返事はなく、あれ、とライラは振り返る。ザカートもフェリシィの治療を受けていたが、顔をうつむけ、その表情は暗い。
「おい。大丈夫か?ちゃんとオレの話、聞いてたか?」
「……無理だ」
ザカートが呟く。
自分の問いかけに対する返事になってなくて、ライラは顔をしかめた。
「できない……ローザを殺すなんて。俺には無理だ――」
「――おまえ、何言ってんだ?」
ザカートの胸ぐらをつかみ、ライラが言った。
「オレたちが何のために戦ってると思ってんだ。妹を殺す?当たり前だろ、そんなことさせるために、命賭けて戦うかよ!」
ライラがそう怒鳴れば、ザカートは顔を上げ、ライラを見た。
……情けない顔だ。勇者のくせに。
でも、ザカートも普通の人間なんだ――勇者の使命と過酷な運命を押し付けられたけれど、いつもそれに苦しんで、悩んでいる、どこにでもいる青年なのだ。
一人の人間が背負うには、あまりにも重すぎる。だから……助けになりたいと、いつも思ってきた。
「助けるんだよ――おまえが!おまえならできる!どうしたらいいかなんてオレにも分かんねーけど、勇者のおまえなら、絶対に妹を助けられる!自分を信じろ!オレはおまえを信じて、親父と一緒に突っ込んで行くからな!」
ザカートを軽く突き飛ばし、ライラはローザのもとへ飛び込んで行ってしまった。
残されたザカートは呆然と彼女の後ろ姿を見送り……ザカートの後ろで、カーラが苦笑する声が聞こえた。
「無茶苦茶だな。根性論ですらない……だが姉者らしい」
カーラに振り返り、ザカートも思わず苦笑いしてしまう。
カーラの言う通り、無茶苦茶な言い分だ。でも、そんな彼女に、いつもザカートは助けられてきた。
時には、理屈を超えたバカみたいな信念が、奇跡を起こす……。
「ザカート、手を出せ。勇者の痣があるほうだ」
言われるがままに差し出した手に、カーラが自分の手を重ねる。
あたたかいものが一気に身体に流れ込み、ザカートは大きくため息をついた。
「もう残りカスみたいな力だが、少しぐらいは役に立てる……はずだ。封印の力……いまのオレにはこの程度だ。王太后にはまだまだ及ばない」
封印術は、呪術師が得意とする――ジャナフの生母ティカの封印術は、カーラより上だったそうだ。それを思い出して、カーラは自虐しているらしい。
ザカートから見れば、カーラも十分人並外れて優秀なのに。
「ザカート様。私からも……」
治療を終えたフェリシィも、ザカートに向かって手を差し出した。フェリシィとも手を重ね……勇者の痣が、白い光を放つ。
フェリシィが渡してくれた力は、浄化……勇者の力と並んで、魔に強い効果のある力。
「残念ながら、私もいまはこれが精一杯。ローザ様をもとに戻すには遠く及ばぬ力ではございますが、少しでもザカート様のお役に立てれば」
「……ありがとう、二人とも。この力で、絶対にローザを助けてみせる」
ザカートも立ち上がり、改めてローザに振り返った。




