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勇者の相棒、帰る ~召喚先は、あれから十年後の前世の世界~  作者: 星見だいふく
勇者、故国へ帰る編
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回顧録・凍る再会


十年前、亡国アリデバラン。


かつての国都ウラガーンの城門越え、一行は国都跡地を探索していた。吹雪は唐突に止み、真っ白な霧があたりを包んでいる。

今度は三メートル先も見えない――自分たちを先導するブルーパンサーについて、ライラたちは誘われるがままに歩いていた。


「ザカート、休まなくて大丈夫なのか?」


城門を守る巨大な番人を打ち破り、ついにザカートが生まれ育った国都まで到着したが……ザカートは休むことなく進んでいく。

ライラが声をかけても、ああ、と頷くばかり。


「フルーフから回復薬ももらったし、フェリシィの治癒術がよく効いた。俺なら大丈夫だ」

「そっか……オレたちは、おまえが攻撃を引き受けてくれたから、楽だったけど……」


城門を守る番人は、その攻撃をほとんどザカートに集中させていた。


巨大な番人は怪力に加え、その巨体に似合わぬ俊敏さでかなりの手練れであった。

数でこちらが上回っていたというのに……大勢を相手に戦うことに慣れていた様子だった。たぶん、いままでもあの番人に挑んだ者がいたのだろう。パーティーを組んで、魔王クルクスが生み出した魔の巣窟に挑んできた者たちが……。


「それにしても、国都の中に入ったら、いっそう何も見えなくなったな」

「ああ。ウラガーンの町のことは覚えているが……感覚で歩いているから、俺もいささか不安が……」


いったいブルーパンサーは、自分たちをどこへ連れて行こうとしているのか。

ライラたちがそんなことを本格的に考え始めた頃、ザカートが何かに気付いて足を止めた。




「絶対許さねえ……」


ジャナフの背にもたれ、ぐったりした様子でリラが呟く。その声は怒りに満ちていたが、いまのリラは、怒り狂う体力もなかった。


「す、すまなかった、ライラ……」

「謝っても許さねえ!おまえとはしばらく口聞かねーから!絶交だ、絶交!」


リラが叫べば、おろおろとジャナフとリラのそばをうろついていたザカートは涙目になり、いっそう狼狽する。

だがジャナフはため息をつき、子どもか、とカーラも姉の言いように呆れていた。


「ワシを挟んで痴話喧嘩するな。ライラ、大人しくしておれ」

「うう……この年で親父におんぶしてもらうなんて、屈辱だ……」


でも父の背から降りる体力もないので、大人しくおぶさっていることしかできない。

屈辱に、リラもちょっぴり涙目だった。


こうなってしまった原因は……ザカートとの情事にある。

あまり詳細には語れないが(自主規制的な意味で)、自分の懇願に応じようとしないリラに焦れ……あと、十年越しの想いを成就させた悦びで我を失ったザカートは、色々な感情と共にうっかり勇者の力まで暴走させてしまった。


もちろん、魔族のリラに勇者の力は抜群に効いた。

もろに食らってしまい、割と真面目に死にかけた。


慌てたザカートは、急いでフェリシィを呼びに行った――ザカートは、他人を回復する術は覚えていないのだ。

呼び出されたフェリシィは、明らかに情事の最中という状態のままのリラを治療した。ちょうどセラスがフェリシィの部屋に遊びに来ていたところだったから、彼女もおまけでくっついてきて。


意識を取り戻したリラは、状況を把握すると怒り狂った。平時であれば大暴れしたことだろう。

悲しいかな、それをする体力も残っておらず、恨めしげにザカートを睨むので精一杯だった……。


「さすがのわらわも、あれを茶化す気にはなれぬ。おぬし、真面目に危なかったぞ」


いつもだったらニヤニヤ笑ってからかってくるセラスにまで、大真面目に心配されてしまって。

リラはひたすら、ジャナフの背で撃沈するのだった。


「ライラ様……その、大丈夫ですか?お辛いのでしたら、出発は明日にしても――」

「いや、それはいいよ。どうせ出発したら、オレはおまえの背中でごろごろしてるだけなんだし……気を遣わせてごめん……」


竜のセイブルもリラを気遣ってくれたが、いまのリラには、気遣いとか同情が一番きつい。元気になったら、ザカートを一発ボコっておこう。


「それでは皆さん、そろそろ転移を始めますが……よろしいですか?」


プレジールの王ライジェルが、大きな魔法陣の外から声をかけてくる。

リラたちの足元には、プレジール国外まで移動できる転移魔法陣が描かれていた。アリデバランまではさすがに距離があるが、この魔法陣で、ある程度近くまで飛べるらしい。


「お母様、行ってらっしゃい。叔父様、気を付けてね。ザカート様と、ライラ様も……。ライラ様、これでお別れじゃないですよね?」


父リュミエールと共に見送るライラが、不安げにリラに尋ねてくる。ああ、とリラは頷いた。


「ザカートの物語を聞かせてやるって約束だもんな。約束は守るよ」


そう言って、リラは小指を立てた右手をライラの前に差し出す。幼いライラは不思議そうに首を傾げていたが、同じようにしてくれ、とリラに言われ、ぎこちなく小指を出した。


「オレの世界では、こうやって約束するんだ。ゆびきりげんまん――」


小指と小指を結び合わせて誓い合う、日本ではおなじみの仕草。リラの歌に合わせ、ライラも拙く歌った。




亡国アリデバラン、国都の跡地。

激しい吹雪は収まったものの、濃霧で何も見えない状態で。


「これ……霧じゃなく、ダイヤモンドダストじゃないですか?」

「ダイヤモンドダスト?その現象は知っているが」


フルーフとカーラが、白い吐息を吐き出しながら何やら話をしている。

ライラにはよく分からないことで、二人に振り返った。


「オレたちを取り巻いているものは、霧ではなく、氷の結晶だとフルーフは考えているらしい。極寒の地で起きるものだから、もちろんオレも見たことはない」

「ふむ。雪国も、色々と不思議な現象が起こるものなのだな」


ライラほどではないが、ジャナフも寒そうにしている。やはり南国育ちのジャナフも、寒さはちょっと苦手らしい。


「ええ、まあ。北国特有の現象ではありますが、さすがにこれは異様というか……」

「要するに、自然発生したものではないと言いたいのじゃな」


いまの状況を考え込むフルーフに対し、セラフが口を挟む。


「はい。ダイヤモンドダストが、霧と勘違いするほど濃密かつ大量に発生し、周囲を取り巻いている――これは、何者かが意図的に作り出した状況だと思うんです」

「ここに、どなたかいらっしゃる……?」


ぎゅっと杖を握り、フェリシィは周囲をきょろきょろ見回した。と言っても、数メートル先も見えない状況なのだが。


「門番に会った以外は、誰もいなかったけどな。こんなところに人間がいるとは考えにくいから、魔物かなんかかな――なあ、ザカート?」


ザカートを見てみれば、なんだか呆然と立ち尽くしている。

どうした、とライラが声をかけても、まだぼんやりとしていて。


「……ここは、城があった場所だ。俺の部屋はここにあった……このガレキ……部屋の壁紙と、色や模様が同じだ……」


ぽつりと呟くザカートに、みな黙り込む。


城は無惨に崩壊したと聞いていたが、もはや部屋の形すら残っていない。長い年月の間にさらに朽ちてしまったのだろう。わずかにガレキが落ちているだけで、ライラたちでは部屋の姿を想像することもできない。


「あっ。ブルーパンサー様が」


フェリシィが言った。

またブルーパンサーが駆け出して行く。だが今度は見逃すことはなかった。ブルーパンサーが通った場所は、白いもやが消えていく。

向かった先には、少女が……。


「女の子……?」


こんなところに?とライラが不思議そうに言えば、いや、とセラスが顔を険しくする。


「強く禍々しい魔力を感じる。友好的なものではなさそうじゃ」


彼女の銀色の髪は、白いダイヤモンドダストの中に溶け込んでいるようだった。毒々しい黒い衣装を身に纏い、勘の鋭いライラでも捕えにくいほど、気配を潜めている。


「道案内ありがとう、アスール。ここにお客様が来るなんて、初めてね」


自分にすり寄るブルーパンサーの頭を、少女は撫でた。誰かが自分たちを誘き寄せようとしているのでは、と考えてはいたが、どうやら彼女がブルーパンサーの主らしい。


「……お久しぶり。お兄様。あなたが来るのをアスールと一緒に待ち続けていたのよ。こんなに時間がかかるなんて、お兄様は予想以上に大したことのない勇者だったのね……」


少女が振り返り、ザカートを見て静かに言った。

銀髪だと聞かされていた。七年前に命を落としたはずの、五歳の少女――たしかに、年齢はあっていそうだ。生きていたら十二歳……それぐらいに見える。


「ローザ……」


ザカートの表情が、何よりも彼女の正体を物語っていた。

目を見開き、予想もしない展開に衝撃を受けている。生きているとは思ってもいなかったのだろう。実際、他に人はおらず、おおよそ人が住めるはずもない場所。

そんなところに少女が一人――彼女は、普通の人間ではなくなっている。


フラフラと、ザカートは無防備に妹に近寄ろうとするが……ローザの周囲が不可思議にキラキラと光り、やがて輝きが、嫌な感じで渦巻き始めた……。


「危ねえ!」


咄嗟に身体が動き、ライラはザカートをかばう。

槍のように先端がとがった氷の塊が、ザカートめがけて飛んできた――避けきれず肩に受けてしまい、痛みにライラは顔をしかめる。


槍は肩を突き刺すと粉々に砕け散り、血は出なかった。血の代わりに、槍が刺さった部分は分厚い氷に覆われている。


「姉者――」


カーラがすぐに手当しようとすっ飛んできたが、セラスが厳しく止めた。


「触るな!禍々しい魔力で氷結しておる――これは魔術でしか解除できぬ。下手に触れれば、治癒者も凍り付くぞ。ライラは魔族ゆえ、耐性がある――そうじゃ。これでもマシなほうじゃぞ。ただの人間でしかないおぬしらは、一瞬で半身が凍結する……」


セラスの炎が、ライラの肩を覆う氷を解かす。見た目の氷は解けたが、まだ冷気は残っているような気がした。


「ローザ、なぜ――」

「ザカート。おぬしも気付いておるのじゃろう。あの者が、魔性と化しておることに」


一人だけ生き残った少女。人も住めないような場所で。

本当はザカートも、すぐに分かっていたに違いない。


妹ローザは、奇跡的に生き残ったわけではなく、魔王クルクスがあえて生かしておいたのだと。

故郷へ戻って来た勇者と、殺し合いをさせるために。


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